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13.自信
しおりを挟むというわけで、言い訳になっていない言い訳をして、第三王子はおそるおそるリアンに顔を向けた。
「し、失礼致しました。新しい聖女様が就任された話は聞いていたのですが、情報に疎くて……申し訳ありません」
「ご存知の通り私は紛い物ですから敬語は不要です。もしよろしければ、先程と同じようにお話しいただけると嬉しく思います」
「で、ですが……」
「その代わり、フィー共々アリー様と呼ばせてください」
リアンはしれっと俺も巻き込んでこちらに目配せした。とはいえ、現聖女であるリアンはともかく、庶民出身のただの近衛騎士が愛称で呼ぶわけにはいかないが。
ただ、第三王子としてはそこは気にならなかったようであっさりと快諾した。それに対して俺が断れば、ならば聖女に対して敬語を使わないのもという話になり、ならば敬語を全てやめてみればと言われれば、第一王子の御命令がありとややこしい問答を何回か繰り返した上で、俺とリアンは敬語で接する代わりに愛称で呼び、リアンが固辞したことから第三王子は敬語は使わないという形に収まった。
立場の違いとは本人が気にせずとも厄介なものだ。
「フィーも人が悪い。あんな言い方じゃ聖女様が来たなんて普通思わないじゃないか」
「それは失礼致しました。ただ、あの時は第一王子のお名前を出すのが得策かと思いまして」
「それは兄上から必ずなんて言われたなら、通さないわけにはいかないだろう?」
必ずとまでは言われていないことはこの先も黙っておこう。
「私は事情をよく存じ上げませんが、アリー様は御病気で臥せっていらっしゃるとお聞きしました」
そして、こういった時には肝が据わるらしいリアンが上手く誘導してくれた。俺は先程知っている体を装って事情を聞き出そうとしたが、聖女研究信奉者なら話が早い。事情を知らない聖女様のために説明を、ということであれば、その性質からまず断れまい。
「情けないことではあるが、幼い頃から何かにつけて熱を出す体質なんだ。そのせいで兄上達のように表に出ることもあまりなくて……その。最近になってようやく、熱を出す頻度は減ってきたんだが」
病弱というのは嘘ではなかったらしい。そして、病弱でなくともあの第一王子達の立ち振る舞いを見れば、それだけで自信も喪失するだろう。体が少し動くようになったからといって、何の功績もなく国民に知られてもいない彼が横に並び立つことを躊躇する気持ちも容易に理解できる。
「その上、聖女様の力を失って国がこんなことになってしまって……。父上達が色々と動かれてるのは分かってはいるが、何もできない自分が出て行っても……きっと、民を失望させてしまう。皆が大変な時に、余計な不安を与えても……」
部屋で体が動く日に公務を手伝いつつ、それでも姿を表さないのはそれが理由か。もちろん自分か傷付くことが怖いと言う気持ちもあるのだろうが、真っ先に国民のことを考えるあたり、彼もまたこの王族に名を連ねる者の一人だということを実感させる。
「私は与えましたよ」
リアンは、さらりと言ってのける。
「前例のないことに皆は不安しかありませんでした。諦観の念で見るものもいれば、この前行った村では直接罵倒してくる者もいました」
そんな仕打ちに怯えていた彼女は、俺の前以外では弱音を吐かない。
「それでも、紛い物であっても。私は聖女でありたいと思います。皆を守りたいと思いますし、何より私を絶対的に信じてくれるフィーがいますから」
言って、こちらに笑いかける。人前で言われると反応に困るが、言われること自体は嬉しいものだ。それだけ、リアンも俺を頼りにしてくれているのだから。
「私はアリー様を信じます。不勉強で内容までは分かりませんが、これほど研究されているのは国民皆のためですよね。先程フィーと話していた時に出ていた……清掃魔法と攻撃魔法の組み合わせ等も、王族の方は使用しないものですから」
リアンの言う通り、積まれた本や研究内容を記した紙は、生活魔法への転用方法や干魃後の土地形成のための魔術式等、国民のためを思って研究していたことが一目で分かるようなものばかりだった。
聖女の力についての分析も、一般人が使える治癒魔法の応用でそれに近付けることができないか、といった研究内容となっており、ゆくゆくは聖女の負担も減らすことができるようなことまで考えられている。それこそ、隠すような疚しい研究は一切していなかった。
「ただ……部屋の中で理論を組み上げているだけで、実際に使えるかどうかは」
「ヨゼフィーナの井戸は、素晴らしいものでしたよ」
それは、第三王子が嬉しそうに語っていた内容だ。
「威力が大きすぎて牛舎まで壊した跡も、抉れた地面も、井戸蓋の破片も。全てが愛しく思えました」
失敗も、他の人からはくだらないと思われるような試行錯誤の後も、全て。全てが彼女の功績に繋がっている。
「いつまでも、このままではいられないとは……分かっていたんだ」
きっと、彼に必要だったのはほんの些細なきっかけだった。
「フィー、少し頼んでもいいか?」
決意の色を宿した瞳に、断る理由はない。
「仰せのままに」
その言葉を受けて瞳を細めて笑った顔は、案外と第二王子にもよく似ていた。
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