上 下
8 / 32

8.帰還までの無駄に長い道のり

しおりを挟む
 森に逃げたのは悪手だった。


 案外としつこく探してくる村人の目から逃れようと思ったのだが、予想外に深い。土地勘のない森の中を進むことは良い手段とは言えず、村の出口から人がいなくなるのを待っての脱出になりそうだった。


 が。


 草むらに隠れていたところを、あっさりとあの男に見つけられた。そのまま袋を被せられる。


「逃すから大人しくしててくれ」


 やはりあの言動はわざとか。聖女が倒れて願いは聞き入れられない、と吹聴してくれたお陰でリアンを追及する声はすぐに止んだ。その分全てが俺に向いて今この有様であるが。


 俺を被せた袋ごと担ぎ上げ、森を抜けて出口とは別に村の外へ。袋の中だから見ることはできないが、獣道か何かを通ったらしい。お陰で袋越しに枝が何度か刺さった。袋から出された時には、森の外、馬車の前に放り出されていた。……馬車?


「すまなかった」
「いえ、こちらも助かりました……。この馬車は?」
「神官さんが乗りゃ分かるっつってたな」
「……ああ」


 あまり分かりたくない予感がする。



「兄ちゃん本当にすまなかったな。お陰で助かった」
「いえ、ぞっこんだと噂の奥様にもよろしくお伝えください」
「……ありがとな」



 照れ臭かったのか、がしがしと乱暴に頭を撫でた後また森の奥へと消えて行った。さて、こちらもありがたいが中身が消えていてくれると良いのだが。



「不思議なものだな。私の服よりもそちらの方が余程似合うのではないか」



 悪い予想は覆らないものか。第一王子ことノア様の姿がそこにあった。


「忠誠心に溢れているのに全く不思議なものですね」
「全くだ。それほどまでに忠誠心に溢れた男が感謝の一言もないとはな」


 こればかりは皮肉を受け入れざるを得ない。


「……第一王子の有り余る御心遣いに感謝します」
「気にするな。礼は働きで返してもらおう」


 さっき感謝の一言もないとか文句を言っていた口が何を言うか。そして、この借りが高くつきそうなことにため息もつきたくなる。


「王都までの移動手段は考えていなかったので助かりました。ありがとうございます」
「なに。神官から報告を受けて、万一のことを考えて待機していただけだ」


 となると、あの男も神官からこの計画を聞かされてきたのか。俺が移動手段を考えていないことを万一のこと扱いされているようで少々気に触るが。


「ご迷惑をおかけしますが、もう一つお願いがあります」
「奇遇だな。こちらも二、三点伝えておくことがある」


 なんで一つに対してあっさりと二つ三つが出てくるのかはこの際気にしては駄目なんだろう。リアンのためだ。



「ご存知かもしれませんが、リアンが先程聖女の力を使用して病の治癒を行いました。つきましてはノア様のお名前をお借りできないかと」
「なるほど。私に責任を被れと」



 今回の話は、村だけでは留まらないだろう。村の人間や、噂を聞きつけた人間が城まで陳情に来るかもしれない。聖女の役目は他にもある以上、そちらにかまけてばかりはいられないし、来た者順に治せば間違いなく不公平感を生む。


 一度例外を起こしてしまったが、誰もが納得できるルールがなければこの先が余計に面倒なことになる。


「念のため準備は進めておいたからな。明日にでも触れを出そう。病のある者の把握と順位付け、一日あたりの人数制限くらいで問題ないか」


 こちらの考えを読まれているかのように既に動いているのでタチが悪い。


「十分です。ありがとうございます」
「では、こちらからはとりあえず三点」


 とりあえずということは、後で何点かは増えるのだろう。先が思いやられる。


「一点目。出る前に伝えておくべきだったが、今後はプライベートでも聖女には敬語で接するように。人目が増えればうるさく言う者も多いだろう」


 プライベートでもというのは面倒ではあるが、納得はいく話だ。了承し、続きを促す。



「二点目。認識阻害魔法を解除してもらおうか」



 馬車が大きく揺れる。この王子なら、と思ってはいたが、やはり気付かれていたか。


「……どこまでご存知ですか」
「君の出自から全ての調査が完了した。恐らくは君以上に詳しいだろうな」


 隠すだけ無駄なようだった。言われた通りに魔法の解除を行う。俺が、自分の瞳にだけかけている、何の意味もない認識阻害魔法を。



「それが、先見の瞳か」



 深い蒼の瞳。世界を探しても数の少ないこの瞳は、先見の瞳と呼ばれる。さきみ。先を見る、魔法のような瞳。遺伝せず突然変異で現れることから知る者も少なく、その特性から人に知られれば忌避されるか利用されるか。基本的には、持ち主にとって無用の長物だ。


「どの程度見える」
「機密事項です」
「今回の件も見えていたか」
「機密事項です」
「なるほど。大体わかった」


 何もわからないような回答をしたはずなのに、この王子の耳には別の言葉でも聞こえたのだろうか。


「三点目。聖女付きの騎士の序列を正式に決定した。以後は、私の配下として動いてもらう」


 今までもほぼそんなふうに扱われていた気がするが、改めて言われると気が重い。こちらも渋々ではあるが、了承する。



「私は、君の力など全く必要としない」



 配下に加えておいて、あんまりな言い分ではあるが、この何でもできる第一王子なら、確かにそうなのだろう。


「今回の件も予測の範囲内だ。先見で見えていようがいまいが、私なら対処可能だ。自惚れるな」
「……それは、失礼しました」
「伝えることは以上だ。次は配下としての指示に移る」


 まだあるのか。ため息を無理やり噛み殺して言葉を待つ。



「私が欲しいのは君の考えだ」



 先見の力を否定した第一王子は、虚をつかれた俺を無視してそのまま続ける。


「力などどうでも良い。君が見たもの、知ったこと、経験、感情、全てから何に思い至ったのか。それを知りたい。間違っていようがいまいが、自信があろうがなかろうが構わん。私と違う考えであろうと全て伝えて欲しい」


 ああ、つまりはそういうことか。


 先見の力ではなく、俺自身を登用すると。


 どうにも回りくどくて分かりづらいが、この力を積極的に利用して何かするのではなく、先見の力で得た情報とそれから導き出された俺自身の考えを聞き、そのほかの情報も鑑みて総合的に判断するつもりなのだろう。


 となると、力を全く必要としない、という言葉には矛盾が生じるが、力を使うかどうかは完全に俺に任せるので、ノア様自身は力の使用を感知しないということか。全く、言い方をもう少し考えて欲しいものだ。


「私は常に最良を選択してはいるが、独善的であってはならないからな。君のような一般人の一意見にも耳を傾ける価値はあるだろう」
「……一般人ですか」
「君は王族か?」
「違いますね」
「ではそうだろう」


 何でも完璧にこなせるこの人からすれば、多少の能力があっても全て一般人なのだろう。まあ、有難い話だ。



「全てを得た上で私が判断する。責任は全て私が取るので遠慮などというつまらぬ言い訳はしないように」
「畏まりました。仰せのままに」



 その後、しばらく話をして、というよりは第一王子直々の指導を受けてげんなりしたところで王都が見えてきた。




「さて、これからが忙しくなるな」




 すでに憔悴した身に、その言葉が冷水のように被さり思わず身震いした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

処理中です...