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8.帰還までの無駄に長い道のり
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森に逃げたのは悪手だった。
案外としつこく探してくる村人の目から逃れようと思ったのだが、予想外に深い。土地勘のない森の中を進むことは良い手段とは言えず、村の出口から人がいなくなるのを待っての脱出になりそうだった。
が。
草むらに隠れていたところを、あっさりとあの男に見つけられた。そのまま袋を被せられる。
「逃すから大人しくしててくれ」
やはりあの言動はわざとか。聖女が倒れて願いは聞き入れられない、と吹聴してくれたお陰でリアンを追及する声はすぐに止んだ。その分全てが俺に向いて今この有様であるが。
俺を被せた袋ごと担ぎ上げ、森を抜けて出口とは別に村の外へ。袋の中だから見ることはできないが、獣道か何かを通ったらしい。お陰で袋越しに枝が何度か刺さった。袋から出された時には、森の外、馬車の前に放り出されていた。……馬車?
「すまなかった」
「いえ、こちらも助かりました……。この馬車は?」
「神官さんが乗りゃ分かるっつってたな」
「……ああ」
あまり分かりたくない予感がする。
「兄ちゃん本当にすまなかったな。お陰で助かった」
「いえ、ぞっこんだと噂の奥様にもよろしくお伝えください」
「……ありがとな」
照れ臭かったのか、がしがしと乱暴に頭を撫でた後また森の奥へと消えて行った。さて、こちらもありがたいが中身が消えていてくれると良いのだが。
「不思議なものだな。私の服よりもそちらの方が余程似合うのではないか」
悪い予想は覆らないものか。第一王子ことノア様の姿がそこにあった。
「忠誠心に溢れているのに全く不思議なものですね」
「全くだ。それほどまでに忠誠心に溢れた男が感謝の一言もないとはな」
こればかりは皮肉を受け入れざるを得ない。
「……第一王子の有り余る御心遣いに感謝します」
「気にするな。礼は働きで返してもらおう」
さっき感謝の一言もないとか文句を言っていた口が何を言うか。そして、この借りが高くつきそうなことにため息もつきたくなる。
「王都までの移動手段は考えていなかったので助かりました。ありがとうございます」
「なに。神官から報告を受けて、万一のことを考えて待機していただけだ」
となると、あの男も神官からこの計画を聞かされてきたのか。俺が移動手段を考えていないことを万一のこと扱いされているようで少々気に触るが。
「ご迷惑をおかけしますが、もう一つお願いがあります」
「奇遇だな。こちらも二、三点伝えておくことがある」
なんで一つに対してあっさりと二つ三つが出てくるのかはこの際気にしては駄目なんだろう。リアンのためだ。
「ご存知かもしれませんが、リアンが先程聖女の力を使用して病の治癒を行いました。つきましてはノア様のお名前をお借りできないかと」
「なるほど。私に責任を被れと」
今回の話は、村だけでは留まらないだろう。村の人間や、噂を聞きつけた人間が城まで陳情に来るかもしれない。聖女の役目は他にもある以上、そちらにかまけてばかりはいられないし、来た者順に治せば間違いなく不公平感を生む。
一度例外を起こしてしまったが、誰もが納得できるルールがなければこの先が余計に面倒なことになる。
「念のため準備は進めておいたからな。明日にでも触れを出そう。病のある者の把握と順位付け、一日あたりの人数制限くらいで問題ないか」
こちらの考えを読まれているかのように既に動いているのでタチが悪い。
「十分です。ありがとうございます」
「では、こちらからはとりあえず三点」
とりあえずということは、後で何点かは増えるのだろう。先が思いやられる。
「一点目。出る前に伝えておくべきだったが、今後はプライベートでも聖女には敬語で接するように。人目が増えればうるさく言う者も多いだろう」
プライベートでもというのは面倒ではあるが、納得はいく話だ。了承し、続きを促す。
「二点目。認識阻害魔法を解除してもらおうか」
馬車が大きく揺れる。この王子なら、と思ってはいたが、やはり気付かれていたか。
「……どこまでご存知ですか」
「君の出自から全ての調査が完了した。恐らくは君以上に詳しいだろうな」
隠すだけ無駄なようだった。言われた通りに魔法の解除を行う。俺が、自分の瞳にだけかけている、何の意味もない認識阻害魔法を。
「それが、先見の瞳か」
深い蒼の瞳。世界を探しても数の少ないこの瞳は、先見の瞳と呼ばれる。さきみ。先を見る、魔法のような瞳。遺伝せず突然変異で現れることから知る者も少なく、その特性から人に知られれば忌避されるか利用されるか。基本的には、持ち主にとって無用の長物だ。
「どの程度見える」
「機密事項です」
「今回の件も見えていたか」
「機密事項です」
「なるほど。大体わかった」
何もわからないような回答をしたはずなのに、この王子の耳には別の言葉でも聞こえたのだろうか。
「三点目。聖女付きの騎士の序列を正式に決定した。以後は、私の配下として動いてもらう」
今までもほぼそんなふうに扱われていた気がするが、改めて言われると気が重い。こちらも渋々ではあるが、了承する。
「私は、君の力など全く必要としない」
配下に加えておいて、あんまりな言い分ではあるが、この何でもできる第一王子なら、確かにそうなのだろう。
「今回の件も予測の範囲内だ。先見で見えていようがいまいが、私なら対処可能だ。自惚れるな」
「……それは、失礼しました」
「伝えることは以上だ。次は配下としての指示に移る」
まだあるのか。ため息を無理やり噛み殺して言葉を待つ。
「私が欲しいのは君の考えだ」
先見の力を否定した第一王子は、虚をつかれた俺を無視してそのまま続ける。
「力などどうでも良い。君が見たもの、知ったこと、経験、感情、全てから何に思い至ったのか。それを知りたい。間違っていようがいまいが、自信があろうがなかろうが構わん。私と違う考えであろうと全て伝えて欲しい」
ああ、つまりはそういうことか。
先見の力ではなく、俺自身を登用すると。
どうにも回りくどくて分かりづらいが、この力を積極的に利用して何かするのではなく、先見の力で得た情報とそれから導き出された俺自身の考えを聞き、そのほかの情報も鑑みて総合的に判断するつもりなのだろう。
となると、力を全く必要としない、という言葉には矛盾が生じるが、力を使うかどうかは完全に俺に任せるので、ノア様自身は力の使用を感知しないということか。全く、言い方をもう少し考えて欲しいものだ。
「私は常に最良を選択してはいるが、独善的であってはならないからな。君のような一般人の一意見にも耳を傾ける価値はあるだろう」
「……一般人ですか」
「君は王族か?」
「違いますね」
「ではそうだろう」
何でも完璧にこなせるこの人からすれば、多少の能力があっても全て一般人なのだろう。まあ、有難い話だ。
「全てを得た上で私が判断する。責任は全て私が取るので遠慮などというつまらぬ言い訳はしないように」
「畏まりました。仰せのままに」
その後、しばらく話をして、というよりは第一王子直々の指導を受けてげんなりしたところで王都が見えてきた。
「さて、これからが忙しくなるな」
すでに憔悴した身に、その言葉が冷水のように被さり思わず身震いした。
案外としつこく探してくる村人の目から逃れようと思ったのだが、予想外に深い。土地勘のない森の中を進むことは良い手段とは言えず、村の出口から人がいなくなるのを待っての脱出になりそうだった。
が。
草むらに隠れていたところを、あっさりとあの男に見つけられた。そのまま袋を被せられる。
「逃すから大人しくしててくれ」
やはりあの言動はわざとか。聖女が倒れて願いは聞き入れられない、と吹聴してくれたお陰でリアンを追及する声はすぐに止んだ。その分全てが俺に向いて今この有様であるが。
俺を被せた袋ごと担ぎ上げ、森を抜けて出口とは別に村の外へ。袋の中だから見ることはできないが、獣道か何かを通ったらしい。お陰で袋越しに枝が何度か刺さった。袋から出された時には、森の外、馬車の前に放り出されていた。……馬車?
「すまなかった」
「いえ、こちらも助かりました……。この馬車は?」
「神官さんが乗りゃ分かるっつってたな」
「……ああ」
あまり分かりたくない予感がする。
「兄ちゃん本当にすまなかったな。お陰で助かった」
「いえ、ぞっこんだと噂の奥様にもよろしくお伝えください」
「……ありがとな」
照れ臭かったのか、がしがしと乱暴に頭を撫でた後また森の奥へと消えて行った。さて、こちらもありがたいが中身が消えていてくれると良いのだが。
「不思議なものだな。私の服よりもそちらの方が余程似合うのではないか」
悪い予想は覆らないものか。第一王子ことノア様の姿がそこにあった。
「忠誠心に溢れているのに全く不思議なものですね」
「全くだ。それほどまでに忠誠心に溢れた男が感謝の一言もないとはな」
こればかりは皮肉を受け入れざるを得ない。
「……第一王子の有り余る御心遣いに感謝します」
「気にするな。礼は働きで返してもらおう」
さっき感謝の一言もないとか文句を言っていた口が何を言うか。そして、この借りが高くつきそうなことにため息もつきたくなる。
「王都までの移動手段は考えていなかったので助かりました。ありがとうございます」
「なに。神官から報告を受けて、万一のことを考えて待機していただけだ」
となると、あの男も神官からこの計画を聞かされてきたのか。俺が移動手段を考えていないことを万一のこと扱いされているようで少々気に触るが。
「ご迷惑をおかけしますが、もう一つお願いがあります」
「奇遇だな。こちらも二、三点伝えておくことがある」
なんで一つに対してあっさりと二つ三つが出てくるのかはこの際気にしては駄目なんだろう。リアンのためだ。
「ご存知かもしれませんが、リアンが先程聖女の力を使用して病の治癒を行いました。つきましてはノア様のお名前をお借りできないかと」
「なるほど。私に責任を被れと」
今回の話は、村だけでは留まらないだろう。村の人間や、噂を聞きつけた人間が城まで陳情に来るかもしれない。聖女の役目は他にもある以上、そちらにかまけてばかりはいられないし、来た者順に治せば間違いなく不公平感を生む。
一度例外を起こしてしまったが、誰もが納得できるルールがなければこの先が余計に面倒なことになる。
「念のため準備は進めておいたからな。明日にでも触れを出そう。病のある者の把握と順位付け、一日あたりの人数制限くらいで問題ないか」
こちらの考えを読まれているかのように既に動いているのでタチが悪い。
「十分です。ありがとうございます」
「では、こちらからはとりあえず三点」
とりあえずということは、後で何点かは増えるのだろう。先が思いやられる。
「一点目。出る前に伝えておくべきだったが、今後はプライベートでも聖女には敬語で接するように。人目が増えればうるさく言う者も多いだろう」
プライベートでもというのは面倒ではあるが、納得はいく話だ。了承し、続きを促す。
「二点目。認識阻害魔法を解除してもらおうか」
馬車が大きく揺れる。この王子なら、と思ってはいたが、やはり気付かれていたか。
「……どこまでご存知ですか」
「君の出自から全ての調査が完了した。恐らくは君以上に詳しいだろうな」
隠すだけ無駄なようだった。言われた通りに魔法の解除を行う。俺が、自分の瞳にだけかけている、何の意味もない認識阻害魔法を。
「それが、先見の瞳か」
深い蒼の瞳。世界を探しても数の少ないこの瞳は、先見の瞳と呼ばれる。さきみ。先を見る、魔法のような瞳。遺伝せず突然変異で現れることから知る者も少なく、その特性から人に知られれば忌避されるか利用されるか。基本的には、持ち主にとって無用の長物だ。
「どの程度見える」
「機密事項です」
「今回の件も見えていたか」
「機密事項です」
「なるほど。大体わかった」
何もわからないような回答をしたはずなのに、この王子の耳には別の言葉でも聞こえたのだろうか。
「三点目。聖女付きの騎士の序列を正式に決定した。以後は、私の配下として動いてもらう」
今までもほぼそんなふうに扱われていた気がするが、改めて言われると気が重い。こちらも渋々ではあるが、了承する。
「私は、君の力など全く必要としない」
配下に加えておいて、あんまりな言い分ではあるが、この何でもできる第一王子なら、確かにそうなのだろう。
「今回の件も予測の範囲内だ。先見で見えていようがいまいが、私なら対処可能だ。自惚れるな」
「……それは、失礼しました」
「伝えることは以上だ。次は配下としての指示に移る」
まだあるのか。ため息を無理やり噛み殺して言葉を待つ。
「私が欲しいのは君の考えだ」
先見の力を否定した第一王子は、虚をつかれた俺を無視してそのまま続ける。
「力などどうでも良い。君が見たもの、知ったこと、経験、感情、全てから何に思い至ったのか。それを知りたい。間違っていようがいまいが、自信があろうがなかろうが構わん。私と違う考えであろうと全て伝えて欲しい」
ああ、つまりはそういうことか。
先見の力ではなく、俺自身を登用すると。
どうにも回りくどくて分かりづらいが、この力を積極的に利用して何かするのではなく、先見の力で得た情報とそれから導き出された俺自身の考えを聞き、そのほかの情報も鑑みて総合的に判断するつもりなのだろう。
となると、力を全く必要としない、という言葉には矛盾が生じるが、力を使うかどうかは完全に俺に任せるので、ノア様自身は力の使用を感知しないということか。全く、言い方をもう少し考えて欲しいものだ。
「私は常に最良を選択してはいるが、独善的であってはならないからな。君のような一般人の一意見にも耳を傾ける価値はあるだろう」
「……一般人ですか」
「君は王族か?」
「違いますね」
「ではそうだろう」
何でも完璧にこなせるこの人からすれば、多少の能力があっても全て一般人なのだろう。まあ、有難い話だ。
「全てを得た上で私が判断する。責任は全て私が取るので遠慮などというつまらぬ言い訳はしないように」
「畏まりました。仰せのままに」
その後、しばらく話をして、というよりは第一王子直々の指導を受けてげんなりしたところで王都が見えてきた。
「さて、これからが忙しくなるな」
すでに憔悴した身に、その言葉が冷水のように被さり思わず身震いした。
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