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5.結界の再構築、重責を添えて

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 雨を降らせ、虹の橋がかかった次の日から毎日。リアンは聖堂にて祈りを捧げていた。荒れた国を立て直すにあたって問題は山積みだが、本来真っ先に行うべきは国の加護となる結界を再構築することだ。

 結界さえあれば、負傷した軽傷なら数刻で治り、病原菌の繁殖も防ぎ、作物も育ちやすくなる。国全体を守るそれは、加護の力を持つ聖女にしか扱うことができない。

 尤も、結界があっても効果が目に見えないそれは、ただあることが当たり前となっており、なくなる前までは反聖女派の攻撃材料としても使われていた。なくなった今だからこそ、聖女の有難みを認識できる機会となった訳だが、それには犠牲が多すぎた。


「そろそろ外へ出ましょうか」


 これまでの祈りで薄膜のような結界は張ることができた。ただ、国全体を覆う強固なものとするためには、国の端から端まで周り結界の支点を作る必要がある。前聖女様も八つほど支点を作られ、日々の祈りの他に時折そちらにも力を込めることで、結界を維持してきた。


「少し不安ですね」


 外へ出ることを提案した神官と話を終え、二人きりになってようやくリアンが不安を口にする。先程までは任せてくださいと言わんばかりだったのに。


「聖女として人前に出るのは、初めてですから」


 この前、虹をかけたあの日は城の近くで人払いもして行ったため、敵意を向ける人間は存在しなかった。


 ただ、今度は勝手が違う。


 加護の結界よりも雨を先に降らせたのは、少しでも民衆に聖女が誕生したことの安心感を与える目的があったから。

 ということもあるが、紛い物の聖女への不信感を取り除く目的の方が大きい。いきなり現れた仕事もできない紛い物の聖女を歓迎できる余裕は皆にないからだ。そういう意味では、久方ぶりの雨は目に見えて分かりやすい。


「確かに、まだ聖女としては未熟だからな」


 重ねた手が強張る。


「酷い言葉をかけられるかもしれないし、石を投げられるかもしれない。子供にも怖がられて猫には砂をかけられるかもしれない」
「猫まで!?」


 我ながら適当なことを言っているものだ。


「大丈夫だよ」


 不安げに瞳を揺らしているリアンの頭を優しく撫でて。


「俺の声だけ聞いていればいい。石を投げられても取って投げ返す。加護の力を見せれば子供達もきっと分かってくれるよ」
「……猫は?」


 適当なことを言った俺に対して、頬を膨らませて些細な抵抗を見せる。それは考えていなかった。


「飼って躾けようか」
「ノア様に怒られますよ」
「やめておこう」


 あの人の前では獅子でも慄いて跪きそうだ。猫なら尚更怯えそうだし誰も幸せにならないだろう。


「では、明日フィーは声が聞こえるようにずっと私の傍で話していないといけませんね」
「話の種を仕入れてこないといけないな」
「歌でもいいですよ」
「それは変な人だ」


 聖女の隣でずっと歌っている方が奇異の目で見られるだろう。


「おやすみなさいフィー。明日が楽しみです」
「おやすみ、リアン」


 そうして、落ち着いたリアンを確認して部屋を出る。昨日見えた光景。回避できればいいが、そうでないのなら対処しておく必要があるだろう。


「神官様、明日のことですが」


 念には念を入れて。考えすぎかとも思われかねない俺の提案を聞いて、神官様は案外あっさりと承諾された。


「ノア様からも伺っていますよ。有望な騎士様が入られたとか」


 その際にあの人の後ろ盾があったことは、特に知りたくはなかった。




◇ ◇ ◇




 人手不足ではあるが、紛い物でも聖女を失えばこの国に未来はない。そう考えてか、厳重に警護された中で、支点のある村へと向かった。小国とはいえ、王都から最も遠いこの村までを馬車に揺られるのはなかなか難儀だった。この国難を脱した際には、道の整備から始めてほしいとさえ思う。


「支点には祠があります。その祠の中にある石に力を込めることで加護が発動し、結界がより強固なものへと変わるのです」


 そんな神官からの話を受けて、馬車を降り、祠までの移動を開始する。祠まで馬車が使えれば良かったのだが、生憎そうもいかない。村の人から奇異なものを見るような視線を浴びながらの移動は、正直良い気はしない。


「そんなこんなで、疲れたお話でした」
「フィー、途中で面倒くさくならないでください」


 宣言通り話を仕入れてはきたものの、案外と時間がかかったせいで尽きてしまいそうだ。

「そろそろ歌でも構いませんよ」
「勘弁してくれ」

 とりあえず他の話でも。……不服ではあるが、この前第一王子から聞いた話でもするか。と、口を開こうとした時、子供達の声がそれを遮った。

「聖女様! 聖女様だ!」
「まだちっちゃいね! ハユと同じくらい!」
「こら、アンタ達騒がないの!」

 慌てて母親らしき人が止めに入り、頭を下げられる。リアンはそれを受けてにこやかに笑い、手を振って応えた。これだけで済めばいいが。


「けっ! 何が聖女だ」


 友好的でない人間というのは、どこにでもいるものだ。周囲の空気が一気に緊張したものに変わる。

「貴様、失礼であるぞ!」
「だってそうじゃねぇか! 雨を降らしたくらいで他に何をしたってんだ。あれだってたまたま雨が降っただけだろ!」

 警護兵の注意もものともせず男は騒ぎ立てる。男を止める村人がいないのは、恐怖からか、同調からか。どちらにしてもこの状態は不味い。口を開きかければ、今度はそれを止めたのはリアンだった。大丈夫、と言わんばかりに笑って強く頷き、そのまま男の前まで歩みを進める。


「この度聖女となりました。リアン・ペリアーナです」


 齢九歳の彼女は、改めて宣言し、


「まだ日も浅く目立った功績は確かにありません。ですが、今日。ここに聖女たる証明をし、いずれ国も、貴方も救ってみせます」


 啖呵を切った。重責を負って苦しむのは自分自身だろうに。


「……小娘がっ。ガキの遊びじゃ」


 彼女に伸びかけた手は、今度は俺が制止する。


「遊びかどうかは今回の支点作成を見て判断していただければ」


 そして、彼女の啖呵に敬意を表して。



「もし彼女が上手くできなければ、その酒瓶で私を思い切り殴りつけていただいて結構ですよ」



 男の手から力が抜け、そのまま降ろされる。



 さて、追加で重責を与えられた紛い物の聖女は。



 勝手なことをと言わんばかりに、可愛らしく頬を赤らめてこちらを睨みつけていた。
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