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4.恵みの雨と希望の虹
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この国の人々は、魔法を使って生活している。
魔法といっても、火の玉を出せたり、ドラゴンを召喚できたりといった大掛かりなことは全くできない。風の魔法で埃を集めて掃除をしたり、薪に火をつけたりといった生活魔法だ。なくても問題がないといえなくもないが、手間がかかる。
「えいっ! えいっ!」
目が覚めて少し落ち着いたリアンは一通りの魔法を試し、
「やはり、だめですね」
2歳児でもできるようなことが、全てできなくなっていた。
「今日はこのぐらいにしておきましょう。明日からは聖女の力の確認をしていきますので、ゆっくりお休みください」
ゆっくりといっても、もう空が暗くなり始めていた。リアンの体調によっては、明日も休ませてもらおう。そんなことを考えながら、蝋燭に火を灯す。その様子を、リアンはまじまじと見つめていた。
「改めて見ると不思議ですね。指の先から当たり前のように火が出るなんて」
昨日まではリアンもそうだったのに、彼女はもう一生こうした生活を送ることはできない。大したことはできない魔法だが、昨日まで当たり前に使えていて、皆が使える中で自分だけ使えなくなるというのは、どんな気持ちなのだろう。
「こういう使い道しかできないけどな」
風を起こしてリアンの足元へ。ワンピースタイプの寝巻きの裾が柔らかく揺れる
「フィー! こんなことをしたら捕まりますよ!」
下着が見えたわけでもなく、少し裾が揺れたくらいだったがリアンは真面目だ。普通に怒られた。
「分かった分かった」
「もう……ノア様に言いつけますよ」
「それはやめてくれ」
ノア様こと第一王子に知られると碌なことにならない気がする。乱れてはいなかったが、軽く寝巻きを整えてリアンは隣に腰掛けた。そのまま小さな頭を俺の肩にちょこんと乗せる。
「嫌いになりません?」
分かりきったことを聞かれるものだ。
「魔法が使えなくなったくらいで嫌いになってたら、今、隣にはいないな」
「そうですか」
リアンは俺の手を握り、満足したのか気持ち良さそうに目を瞑る。
「……そうですね」
それに、リアンが傍にいてくれたから、今俺がここにいる。そんなことくらい分かっているだろうに、いつまでもリアンは確信してはくれない。リアンが嫌いになることはあっても、その逆は決してないのだと。
「明日から、どうなるんでしょう」
「きっと聖女様としても愛されるようになるよ」
「フィーから?」
「みんなからだよ」
肩から頭を下ろし、こちらを見上げてくる。
「フィーは?」
今日のリアンは、随分と甘えてくる。
「知ってるだろ?」
「ちゃんとフィーから聞きたいんです」
明日からの生活への不安からだろう。それが、少しでも取り除けるのだとしたら。
「好きだよ、リアン」
その言葉に頬を染める彼女を見て、愛しい気持ちが強くなる。聖女となった彼女も、今はまだ普通の少女のままだった。
◇ ◇ ◇
次の日。リアンの聖女としての初仕事は、第一王子との話の通り雨を降らすことだった。俺達における生活魔法と同じように、聖女ならば意識さえすれば簡単にできるものらしい。箒を使わず掃除ができることとはレベルが桁違いに感じるが、聖女の力とはそういうものなのだろう。
「間に合ったか」
やや髪こそ乱れているが、息も切らさずに別の仕事から駆けつけた第一王子が隣に並んだ。少しあちらへ避けておくか。
「避ける必要があるか?」
「畏れ多くて」
「大丈夫だ。私は構わん」
相変わらず、俺が構うから避けたい気持ちは察してくれないようだ。
「山の様子はいかがでしたか?」
「ああ。土砂が流れるような心配はないだろう。……雨の量によるところではあるが」
昨日の意地の悪い問答の前に、山の補強には取り掛かっていたらしい。焼けたものをある程度取り除き、土砂崩れを防止するために柵の設置等を兵士に命じていたようだ。植樹は一度雨が降ってからとのことだが、現在生えているユークリアだけでどこまで水を吸収できるのかを見てから判断したい思惑だろう。
「お手並み拝見だな」
紛い物の聖女の初仕事。どこまで、どんなふうにできるのかは未知数だ。祈りを捧げ、聖女の力が発動する。天に紡がれた魔法陣から灰色の雲が少しずつ出始め、やがて、滴が地上に落ち始めた。
「成功だ!」
周囲が久々の雨に色めき立つが、雨粒の勢いが弱い。これでは、すぐに干上がってしまうだろう。リアンもそれが分かってか、祈る手が白くなるほどに力を入れているが、結果が伴わない。
「聖女様、落ち着いて。雨をイメージしてください」
神官は声をかけると同時に、俺に目配せする。精神安定剤の出番か。
「聖女様の好きな雨は、どんな雨ですか?」
リアンの傍に行き、背中を撫でる。強張っていた体から少しずつ力が抜け始めた。
「虹の、前の雨」
あの日2人で見た綺麗な虹。寄り添うように並んだ2つの虹に、自然と笑顔が溢れた。その前に降っていた雨も、虹への布石というだけではなく、静かに2人だけの空間を作り出してくれたようで、嫌いじゃなかった。
リアンも、同じだったんだな。
滴が数を増し、雨となって辺りを優しく包み込む。荒んだ大地を潤す恵みの雨。なんてことはない空からの滴に誰もが目を奪われ、感嘆の息を漏らしていた。
昼まで続いたところで、本日の雨降らしは終了となった。山や川の様子を見ながら、明日どのように行うか検討されるのだろう。
「フィー。フィー」
祈りを終えたリアンに服の裾を引っ張られる。
「できました!」
得意げな顔をしてこちらを見てくるリアンが指し示す方向を見ると。
「ああ」
綺麗な2つの虹が、寄り添うようにかかっていた。
後に、これが希望の虹として語り継がれるまでになることなどは知らず。
あの日と同じように、ただ、2人で虹を見上げていた。
魔法といっても、火の玉を出せたり、ドラゴンを召喚できたりといった大掛かりなことは全くできない。風の魔法で埃を集めて掃除をしたり、薪に火をつけたりといった生活魔法だ。なくても問題がないといえなくもないが、手間がかかる。
「えいっ! えいっ!」
目が覚めて少し落ち着いたリアンは一通りの魔法を試し、
「やはり、だめですね」
2歳児でもできるようなことが、全てできなくなっていた。
「今日はこのぐらいにしておきましょう。明日からは聖女の力の確認をしていきますので、ゆっくりお休みください」
ゆっくりといっても、もう空が暗くなり始めていた。リアンの体調によっては、明日も休ませてもらおう。そんなことを考えながら、蝋燭に火を灯す。その様子を、リアンはまじまじと見つめていた。
「改めて見ると不思議ですね。指の先から当たり前のように火が出るなんて」
昨日まではリアンもそうだったのに、彼女はもう一生こうした生活を送ることはできない。大したことはできない魔法だが、昨日まで当たり前に使えていて、皆が使える中で自分だけ使えなくなるというのは、どんな気持ちなのだろう。
「こういう使い道しかできないけどな」
風を起こしてリアンの足元へ。ワンピースタイプの寝巻きの裾が柔らかく揺れる
「フィー! こんなことをしたら捕まりますよ!」
下着が見えたわけでもなく、少し裾が揺れたくらいだったがリアンは真面目だ。普通に怒られた。
「分かった分かった」
「もう……ノア様に言いつけますよ」
「それはやめてくれ」
ノア様こと第一王子に知られると碌なことにならない気がする。乱れてはいなかったが、軽く寝巻きを整えてリアンは隣に腰掛けた。そのまま小さな頭を俺の肩にちょこんと乗せる。
「嫌いになりません?」
分かりきったことを聞かれるものだ。
「魔法が使えなくなったくらいで嫌いになってたら、今、隣にはいないな」
「そうですか」
リアンは俺の手を握り、満足したのか気持ち良さそうに目を瞑る。
「……そうですね」
それに、リアンが傍にいてくれたから、今俺がここにいる。そんなことくらい分かっているだろうに、いつまでもリアンは確信してはくれない。リアンが嫌いになることはあっても、その逆は決してないのだと。
「明日から、どうなるんでしょう」
「きっと聖女様としても愛されるようになるよ」
「フィーから?」
「みんなからだよ」
肩から頭を下ろし、こちらを見上げてくる。
「フィーは?」
今日のリアンは、随分と甘えてくる。
「知ってるだろ?」
「ちゃんとフィーから聞きたいんです」
明日からの生活への不安からだろう。それが、少しでも取り除けるのだとしたら。
「好きだよ、リアン」
その言葉に頬を染める彼女を見て、愛しい気持ちが強くなる。聖女となった彼女も、今はまだ普通の少女のままだった。
◇ ◇ ◇
次の日。リアンの聖女としての初仕事は、第一王子との話の通り雨を降らすことだった。俺達における生活魔法と同じように、聖女ならば意識さえすれば簡単にできるものらしい。箒を使わず掃除ができることとはレベルが桁違いに感じるが、聖女の力とはそういうものなのだろう。
「間に合ったか」
やや髪こそ乱れているが、息も切らさずに別の仕事から駆けつけた第一王子が隣に並んだ。少しあちらへ避けておくか。
「避ける必要があるか?」
「畏れ多くて」
「大丈夫だ。私は構わん」
相変わらず、俺が構うから避けたい気持ちは察してくれないようだ。
「山の様子はいかがでしたか?」
「ああ。土砂が流れるような心配はないだろう。……雨の量によるところではあるが」
昨日の意地の悪い問答の前に、山の補強には取り掛かっていたらしい。焼けたものをある程度取り除き、土砂崩れを防止するために柵の設置等を兵士に命じていたようだ。植樹は一度雨が降ってからとのことだが、現在生えているユークリアだけでどこまで水を吸収できるのかを見てから判断したい思惑だろう。
「お手並み拝見だな」
紛い物の聖女の初仕事。どこまで、どんなふうにできるのかは未知数だ。祈りを捧げ、聖女の力が発動する。天に紡がれた魔法陣から灰色の雲が少しずつ出始め、やがて、滴が地上に落ち始めた。
「成功だ!」
周囲が久々の雨に色めき立つが、雨粒の勢いが弱い。これでは、すぐに干上がってしまうだろう。リアンもそれが分かってか、祈る手が白くなるほどに力を入れているが、結果が伴わない。
「聖女様、落ち着いて。雨をイメージしてください」
神官は声をかけると同時に、俺に目配せする。精神安定剤の出番か。
「聖女様の好きな雨は、どんな雨ですか?」
リアンの傍に行き、背中を撫でる。強張っていた体から少しずつ力が抜け始めた。
「虹の、前の雨」
あの日2人で見た綺麗な虹。寄り添うように並んだ2つの虹に、自然と笑顔が溢れた。その前に降っていた雨も、虹への布石というだけではなく、静かに2人だけの空間を作り出してくれたようで、嫌いじゃなかった。
リアンも、同じだったんだな。
滴が数を増し、雨となって辺りを優しく包み込む。荒んだ大地を潤す恵みの雨。なんてことはない空からの滴に誰もが目を奪われ、感嘆の息を漏らしていた。
昼まで続いたところで、本日の雨降らしは終了となった。山や川の様子を見ながら、明日どのように行うか検討されるのだろう。
「フィー。フィー」
祈りを終えたリアンに服の裾を引っ張られる。
「できました!」
得意げな顔をしてこちらを見てくるリアンが指し示す方向を見ると。
「ああ」
綺麗な2つの虹が、寄り添うようにかかっていた。
後に、これが希望の虹として語り継がれるまでになることなどは知らず。
あの日と同じように、ただ、2人で虹を見上げていた。
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