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1.きっとそれは、夢のような物語

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「それでは、こちらにお乗りください」


 城まで俺達を送ってくれるはずの馬車は、本当に質素なものだった。他国の乗り合いの馬車の方が上等にも思えるくらいに。


「行こう、リアン」


 緊張や不安からか固まっている彼女を促して、2人馬車に乗り込む。中も掃除が行き届いているとは言いにくい。本来、あの王が客人にこのような扱いをするはずはないのだが、今のこの状況が、如何にこの国が未曾有の事態に見舞われているかを示していた。



 聖女の急死。



 通常、どの国も形は違えど聖女の加護に守られて成り立っているものだが、聖女が急死し、加護を失ったこの国は大規模な干魃と山火事に見舞われ、疫病も流行りあっという間に瀕死の状態になってしまった。

 それまでは、税金の無駄遣いだの国のお飾りだのと適当なことを言っていた少数派の人間すら一様に押し黙るほど、聖女のありがたみを皆が痛感したのだ。


「フィー」


 過度な緊張のせいか強張った顔が青白くなっている。


「そちらに行っても……いいですか?」


 きっと、城に入れば2人でいられる機会も少なくなるだろう。甘えられるうちに甘えておいてほしい。立ち上がり、隣に座ろうとした彼女の手を引き、膝の間に座らせる。


「ここまではお願いしていません」
「じゃあ、俺からお願いします」


 俺の軽口を受け入れてくれたようで、リアンはそのまま大人しくなった。腕を回して閉じ込めると、小さな手で触れて応えてくれる。



 リアン・ペリアーナ。




 今日から、紛い物の聖女となる9歳の女の子である。



 本来ならば、聖女がいるうちに次期聖女が誕生し、上手く受け渡しがされるはずだが、今回は次期聖女が生まれるまでに聖女がいなくなってしまった。空白期間で何があったかは、先の通りである。

 それをなんとかしようと、必死に調べ上げて、ようやく『聖女と血の近い者のみに許される代理制度』に行き着いたわけだ。年齢等の要件があり、それをクリアしなければならない上、言わば紛い物の聖女。国を立て直せる保証などない。



 急死した聖女の姪というだけで、いきなり大役を任された彼女。



 皆の途方もない思いを小さな体に一身に受け、押し潰されそうになりながらも国のために聖女を務めることを決めた、ただの女の子だ。



『小娘に聖女なんて務まるのかよ』



 その声に、腕の中の小さな体がびくりと震える。


『ままごとじゃねーんだぞ』
『言っても無駄だろ。この国は終わりだよ』


 この馬車に、俺達が乗っているとも知らずに、皆好きなことを言う。


『偽物の聖女なんて何になるんだよ! もっと酷いことになったら誰が責任取るんだよ』
『おかーさん、おなかすいた』
『我慢してね。きっと、新しい聖女様が何とかしてくださるから』
『早く本物の聖女様が御生まれになるといいねぇ』


 中傷、多大な期待、無関心。どの声も、今の彼女には重すぎる。そう思い、耳を塞ごうとしたが、止めたのは彼女自身だった。



「聖女なら……きちんとどの声も聞いて、応えなければなりません」



 体が震えても、傷付いても、目尻に涙を溜めても。それでも、見えないところでも、彼女は聖女であろうとする。ならば。



「覚悟ができているなら、わざわざ聞く必要もないだろ」



 もう一度、今度はちゃんと耳を塞ぐ。自分から、傷つきにいく必要はない。


「フィー! 離してください!」
「今はただのリアンだろ」


 耳を塞いでいるので、どんなふうに聞こえているから分からないけれど。ちゃんと届くだろうか。



「城に着くまでは、聖女じゃないから。その間の時間は俺に頂戴」



 ただのリアンとして、傷つくことなく、そばにいてほしい。



 了承してくれたのか、大人しくなったリアンは耳を塞ぐ俺の手に自分の手を重ねた。それでも、結構外の声が伝わってくるし、何か気を紛らわせれば良いんだけれど。……そうか。



「光の中に生まれくる」



 幼い頃、母親がよく歌っていた、聖女の歌。



「祝福受けし、神の子よ」



 リアンも一緒に歌い出す。小さい頃は、よくこうして歌ったものだ。2人で四番まで歌う頃には、もう城まであと少しになっていた。


「紛い物の聖女でも」


 それまで目を瞑って歌っていたリアンが、驚いた様子でこちらを見る。即興で作った歌詞だから、メロディとは多少ズレてしまうが。




「皆が認め愛すだろう」




 いつの日か。きっとそんな日が来るように。願いを込めて歌い上げる。


「フィー……」


 耳に当てていた手は外し、頭を撫でる。彼女を独り占めできる時間は、あとわずかしか残されていない。


「リアン。楽しい話をしよう」
「楽しい話ですか?」


 それは夢のような、未来の話。


「聖女の仕事を全うしてここを出る時は、もっと良い馬車を用意してもらおう。その時は、沿道にも人が集まって、パレードみたいにして。皆がリアンを讃えるんだ」
「なんですか? その話」


 今日初めてリアンが笑う。


「今は迎えも一人だけど、見送りには王様も王妃様も……兵士達も皆だな。全員に見送りさせて」
「豪華な見送りですね」
「ああ。で、新しい家を建ててもらって、そこで幸せな余生を過ごす」
「余生って」


 私は何歳まで聖女を務めるんですか、とリアンは軽く小突いてきた。少しは元気が出ただろうか。


「でも、うん。そうですね」


 俺の手を握り、微笑みかけてくれる。




「その余生では、フィーも隣にいるんですよね?」




 いられたら、良いと思うよ。想いを込めて、手を握り返す。



「でも、次の聖女様が生まれなかったら、ずっと聖女で……それだと結婚できないですね」
「その時は専属の雑用係にでもなれるよう交渉しようかね」



 この先何があっても。そばにいられるように。




「お二方、到着いたしました」





 そして、新しい生活が始まる。




 これは、紛い物の聖女であるリアン・ペリアーナが、国のため、皆のために働き。





 ひとつひとつ信頼を積み重ね、本物の聖女以上に慕われるようになり。





 やがて、皆から"追放"されるまでの、物語である。
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