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幼少期編
mission16 鹿峰わかなを攻略せよ!
しおりを挟む鹿峰わかな。
緑髪のポニーテールで高校時代は陸上部のエース。分かりやすい活発系女子。攻略本によれば、好みのタイプが学力・体力が高い相手であり、太郎のパラメータからいえば最も攻略がしやすい相手。
そんな本命の彼女がいる海辺に今日はやってきていた。
「というわけで太郎。あの子はお前の運命の相手である可能性が高い。全力で気に入られてこい」
「分かった!」
太郎が素直で助かった。今日は朝びゃおを読んで乙女心を学んできたはずだし、昨日よりはマシだろう。
確か、親と喧嘩してここにいるんだっけ。鹿峰は体育座りをして分かりやすく落ち込みながら海を見ている。この時期に海水浴客が周りに全く存在しないのは不気味ではあるが、まあそういうものなんだろう。
さて、太郎を見守っておくか。
「こんなところにいた」
鹿峰は体育座りのまま振り返り、太郎を見て。
「え、誰……?」
そりゃそうだろうよ。そういうセリフはそこそこ仲の良い奴がいなくなった彼女を探し回った後で言うセリフだ。びゃおで勉強したんだろうが、雑誌ゆえに連載途中の漫画も多い。しまったな。
「僕は赤来戸太郎。渾名はドラゴンだよ」
太郎はそう言って、当たり前のように隣に腰掛けた。度胸あるな。
「え、ドラゴン……? あ、ああ、うん。えっと……赤来戸くん? アタシ達、どこかで会ってたっけ?」
鹿峰の言葉に疑問符が多すぎる。そろそろ助けた方がいいだろうか。
「そっか……忘れちゃったんだね」
忘れるも何も初対面だ。アイツの頭の中ではどんなストーリーが展開されてるんだ。
「あ、ご、ごめんね! 私バカだからさ! 物覚え悪くって」
鹿峰が遣う必要のない気を遣っていた。
「大丈夫だよ」
「え?」
本当に何が大丈夫なんだろうな。
「何回君が忘れたって、絶対に僕は忘れない。
ーーーー何度だって、君を夢中にさせてみせるよ」
なんか良いセリフ言ってる。そろそろさすがに止めるか。
「はい、カット」
「え?」
「え?」
太郎も鹿峰もぽかんとしてこちらを見ている。特に鹿峰はこの状況についていけなさすぎてアホみたいな顔をしていた。可哀想に。
「ごめん、びっくりさせたな。なんか君が落ち込んでる風だったから、コイツが面白いこと言って慰めてくるってこっち来てこうなっちゃったんだよ」
「え、ほーちゃん。ちが」
何か言いたげな太郎の口には、ポケットに持っていた飴を放り込んでおく。
「いちごだ! おいしい!」
これでこっちはなんとかなった。
「あ、あはは! そっかそっか! びっくりしちゃったよもー。まったく、からかっちゃって! まったくぅ!」
心底安心したらしい。鹿峰はバシバシこちらを叩いてくる。結構痛い。
「で、なんで泣いてたんだ?」
鹿峰は思い出したのか、すぐにまた顔が曇ってしまった。そうはいっても小学一年生の悩みなんて大したことないだろう。
「実は……アタシ、スピードスケートの選手を目指してて」
どうコメントしていいか分からない悩みがきた。
「テレビで見てすごいカッコよくてさ、運動するの好きだし、絶対選手になってオリンピック行くんだって思ったんだけど」
「ふごいねー」
壮大な夢に対して相槌が適当すぎるだろう。あと、飴舐めながらだから唾がちょっとこっち飛んだぞ。すごいも言えてないし。
「へへっ、ありがとっ。でも……選手になるためにはスポンサーシップ契約とかが必要な場合もあるみたいで」
もうちょっとアドバイスしやすい話にしてくれよ。未知の領域すぎてその話が正しいかどうかも判別できんわ。
「実力だけでなく、語学力も必要になってくるだろうし、お金もかなりかかるだろうからクラウドファンディングとか、いろんな方法を模索していくことが重要になってくるし」
この時代にクラウドファンディングの認知度がどれくらいあるかは知らないが、とにかく話についていけない。
「そもそもアタシ滑れなくて」
「一番重要なとこ!」
長々言う前にそこを言えよ! そこなら分かるわ! 滑れないなら無理だよ!
「お父さんにも同じこと言われちゃった。アタシはさ、ハード面から整えるタイプだから、まず滑れないことよりも先に外堀を埋めて欲しかったんだけど」
ソフト・ハードや外堀の使い方も正しいかは分からんが、要するに滑れもしないくせに金集めとスポンサー探しと留学でもねだったわけか。
もっと怒られろ。
「やっぱり無理なのかな。アタシにフィギュアスケートの選手なんて」
種目が変わっていた。アタシバカだからって言ってる奴で本当にバカな奴初めて見た。しかし、アレだな。
コメントが非常にしづらい。
どこからツッコんでいいのか分からない上に鹿峰の親に悪い点が一つも見当たらない。まずはそのおめでたい頭をなんとかしろくらいしかアドバイスができない。けど、それ言ったら仲良くはなれないんだろうな。詰んだ。
「なれるよ!」
太郎が全肯定しちゃっていた。どうすんのこの先?
「ちょっと待ってね」
ガリガリボリボリ。かなり大きい音を立てて飴を飲み込んでから、再び太郎は口を開いた。
「何の話だったっけ?」
お前は学力高い方だろうが。
「そうそう。諦めなければ夢は必ず叶うって誰か忘れたけど言ってたの聞いたことあるし、諦めずに努力し続ければきっとなんとかなるよ!」
最後の方だけ聞けば良いセリフだが、全体的にふわっとしすぎて何も響かないな。
「なんとか……なるかな?」
「なるよ!」
何がそこまで太郎に自信を持たせているんだろうか。
「スケートも、留学も、資金繰りも、お小遣いも、新しい服も、ゲームも、シールも。みんななんとかなるかな!」
「なるよ!」
欲望ダダ漏れじゃねぇか。なるわけないだろ。どうやって収集つけるんだよ一体。
「まあ、君がちゃんと努力すればだけど」
「え?」
「え?」
いきなりの謀反に、俺も鹿峰も耳を疑った。
「諦めずに努力すればなんだってなんとかなるよ。君がお父さんに怒られるのは努力が足りないんだよ。物を買ってもらって満足できるようじゃダメだよ。まずはそれに見合う器にならないと」
まともなこと言ってる。
「で、でもアタシ滑れなくて」
「努力」
「金メダル欲しいわけで練習とかちょっと」
「努力」
「今のままのアタシで」
「努力」
めちゃくちゃ正論をぶつけていた。というか、小学一年生ということを差し引いても、鹿峰がなかなかクズなんだが。
「はぁ……努力しなきゃダメかぁ」
まあ、今の鹿峰には必要だろう。項垂れられても慰める言葉がこれっぽっちも出てこない。
「うん。今のままだと本当にバカなだけだからね」
優しさ。
「へへへ……コイツは一本取られちゃったね」
何も取られてねぇよ。
「うん、でもなんかスッキリした気がする。本音を言うなら、もう少し優しくしてほしかったけど」
本音は言わなくていいよ。甘えるな。
「アタシ鹿峰わかな。今日はありがとねっ!」
にっこり笑った顔は、さすがに可愛かった。お前の可愛さ多分9割イラストのお陰だから感謝しとけよ。
「優しくないし頭良いの鼻に掛けてそうな感じがあるけど、なかなか良い奴じゃん!」
だから本音は隠しとけ。中身は本当ダメだな。ハードにソフトが追いついていないとはまさにこのことだよ。
「またどっかで会ったら遊ぼう! その時はアイスでも奢ってくれると嬉しいな!」
強欲な一言を残して鹿峰は去っていった。成功したのかこれ?
「鹿峰さん……また会いたいな」
ギャルゲーの主人公が出会いでよく言うセリフはとりあえず言ったものの。
「さっ、ほーちゃん。帰ってコロパンしよ!」
コイツはコイツで鹿峰のことなんて何とも思ってなさそうだった。
コロパンはしない。
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