上 下
5 / 65
幼少期編

mission4 楽しい夏休みを満喫せよ!

しおりを挟む
「とりあえずこんなもんか……」

 ゲームの目的や日数、ヒロインの概要。手始めにはこんなところだろう。なかなか骨の折れる作業だったが、やはりアウトプットは大切だ。情報が整理しやすい。細かい内容についてはこれからカッスの話も取り入れつつまとめていくとしてーー。

『あ、そうそう。忘れてたぷん』

 言って、カッスは体をゴソゴソして一冊の本を取り出した。どこに収納場所があるのかは置いておいて、取り出したのは本というよりは雑誌の付録のような薄っぺらい冊子。

『神様から預かったものだぷん。前任者達も見てたからあげるぷん』

 冊子の表紙には水玉ハッピーステップ♪ のパッケージイラスト。超攻略ガイド! の文字も踊っている。コンプマガジン3月号の別冊付録。ゲームの目的や日数、ヒロイン達の概要が書いてあるこのゲーム唯一の攻略本だ。


『ぐぇっ! ぐぇっ! ぐぇっ!』
「返せ返せ時間を返せっ! どう考えても無駄に使っただろうが!」


 カッスをはたいたところで、一瞬にして不要な紙切れとなった画用紙にかけた時間は戻ってこない。泣きたい気持ちを堪えながら攻略本を開く。

「画用紙に書いた情報とほぼ同じだな……。当然こっちの方が情報量は多いけど。今日がスタートで主人公が家にやってきて」

 チャイムの音が聞こえた。どうやら玄関からだ。


『来たぷん』
「早いんだよ展開がっ!」


 頼むから準備をさせてくれ。攻略本だってまだ1ページしか読めていないのに。とりあえず攻略本はカッスが保管し、画用紙はベッドの下に隠すことにした。階下から呼ぶ声に応えつつ階段を降りると、玄関には大人が二人、子供が一人。

『主人公の赤来戸太郎とその両親ぷん』

 主人公の両親が、大学時代から仲の良い古井戸家に二週間ほど息子の太郎を預けに来たんだったか。仕事の都合とのことだがここは攻略には絡まないだろう。

 問題は主人公の太郎だ。視線をそちらに移すと、


「なにあれ」


 邪魔に感じないのが不思議なくらいの前髪。鼻の上まで覆い尽くされ、動いて髪が揺れても異様なまでに全く目が見えない。

『赤来戸太郎ぷんよ?』
「それを聞いてんじゃねぇよ! なんだあの顔は!」

 カッスは俺以外には見えないらしく、はたから見れば空中に話しかける変なやつに見えるらしい。そのため、小声で話しかける。


『ああ、主人公はプレイヤーが感情移入しやすいように顔が見えないぷん』
「いるけども! よくそういう主人公いるけど!」


 現実(現実ではないが)で再現されると違和感がすごい。下からはどうなっているのか覗き込んでみると……そこには深淵が広がっていた。
 こっわ! 怖ぇよ! ホラーだよ! 本当にこいつと恋愛なんかしてくれるのかよヒロイン達は!

「ほまれ。遊んでないでちゃんと挨拶しなさい」

 一人で遊んでいるように見えたのだろう。ほまれの母親に叱られてしまった。

「……はじめまして」
「嫌ねぇ、ほまれくん。春休みも会ったじゃないの」

 太郎のお母さんに笑われてしまった。案外頻繁に会ってるんだな。ちらりと太郎の方を見やるとニコニコしていた。口元だけだけど。鼻から上は相変わらず見えない。

「さあさあ、中に入って。昼ごはんまだでしょう? ほまれも朝食べてないからお腹空いたでしょう?」

 大人達が先にリビングに移動し、その後を俺と太郎がついていくことになった。


「た、太郎?」


 呼び方はこれで合ってたっけ? 頻繁に会ってるくらいだし、名前呼びで間違いはないはずだが。

「え? いつも渾名で呼んでくれるのに」

 あったな、渾名設定! いつも名前と同じにしてたから忘れてたわ! デフォルトの渾名なんて使ったことないし……こんなところで本名プレイの弊害に悩まされるとは。

「あ、ああ。たーちゃん?」

 こっちがほーちゃんならたーちゃんでいいだろう。製作者もこんなところに頭使ってないだろうし。


「えぇっ!? 僕の渾名はドラゴンだよ」


 使ってたよ頭! どっから出てきたドラゴン! 絶対先の展開に関係ないし、ヒロイン達から呼ばれて嬉しいか!?

「ごめんドラゴン……今日はちょっと調子が悪いみたいだ」

 人に向かってドラゴンとか呼びかけるの恥ずかしい……。俺が痛い人みたいだ。

『さっきからどうしたぷん? お腹でも痛いぷん?』
「痛いのは頭だよ……」

 開始早々心が折れそうだ。泣きたい。


「頭がいたいの?」


 カッスに向けて言った言葉は太郎にも聞こえていたらしい。


「よしよし。いたいのいたいの、とんでけー」


 撫でられた小さな手は優しく、温かいもので。痛みなんてもともとなかったけど悲しい気持ちが飛んでいってしまった。はにかんだ顔はとても可愛らしく、つい手を伸ばしてしまいそうに


「うわぁああああああ!?」


 なにこれなにこれなにこれ! あっぶな! あっぶな! 今俺何しようとしてた!?

『ほまれの場合でもあるぷんか……。システムの強制力みたいなものぷんで、何かのエンドへの誘導する力が働くぷん』

 歴代のプレイヤー達を呑み込んだのはそれか。危うくバッドエンドへの道を歩んでしまうところだった。

「だ、大丈夫?」
「な、なーんちゃって! すっかり良くなった、良くなったよ! ありがとなドラゴン!」

 これ以上事態がややこしくなってもいけないので、とりあえず元気そうな様子を見せておく。太郎の方はなるべく見ないようにして。


『どっ、どっひゃぁー! なーんちゃってなんて久しぶりに聞いたぷん!』


 うるさいんだよこのカッス! もう! このマジカッス! どひゃー使うやつなんてこっちだって初めて見たわ! カス! カッス!
 そう言いたい気持ちはグッと堪えてリビングへ向かう。


「ほーちゃん」


 呼ばれた先。太郎の方を見て思う。




「楽しい夏休みにしようね」




 パラメータさえ上げればどんなヒロインともエンディングを迎えられる太郎もまた、魔性なのではないか、と。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

僕(じゃない人)が幸せにします。

暇魷フミユキ
恋愛
【副題に☆が付いている話だけでだいたい分かります!】 ・第1章  彼、〈君島奏向〉の悩み。それはもし将来、恋人が、妻ができたとしても、彼女を不幸にすることだった。  そんな彼を想う二人。  席が隣でもありよく立ち寄る喫茶店のバイトでもある〈草壁美頼〉。  所属する部の部長でたまに一緒に帰る仲の〈西沖幸恵〉。  そして彼は幸せにする方法を考えつく―――― 「僕よりもっと相応しい人にその好意が向くようにしたいんだ」  本当にそんなこと上手くいくのか!?  それで本当に幸せなのか!?  そもそも幸せにするってなんだ!? ・第2章  草壁・西沖の二人にそれぞれの相応しいと考える人物を近付けるところまでは進んだ夏休み前。君島のもとにさらに二人の女子、〈深町冴羅〉と〈深町凛紗〉の双子姉妹が別々にやってくる。  その目的は―――― 「付き合ってほしいの!!」 「付き合ってほしいんです!!」  なぜこうなったのか!?  二人の本当の想いは!?  それを叶えるにはどうすれば良いのか!? ・第3章  文化祭に向け、君島と西沖は映像部として広報動画を撮影・編集することになっていた。  君島は西沖の劇への参加だけでも心配だったのだが……  深町と付き合おうとする別府!  ぼーっとする深町冴羅!  心配事が重なる中無事に文化祭を成功することはできるのか!? ・第4章  二年生は修学旅行と進路調査票の提出を控えていた。  期待と不安の間で揺れ動く中で、君島奏向は決意する―― 「僕のこれまでの行動を二人に明かそうと思う」  二人は何を思い何をするのか!?  修学旅行がそこにもたらすものとは!?  彼ら彼女らの行く先は!? ・第5章  冬休みが過ぎ、受験に向けた勉強が始まる二年生の三学期。  そんな中、深町凛紗が行動を起こす――  君島の草津・西沖に対するこれまでの行動の調査!  映像部への入部!  全ては幸せのために!  ――これは誰かが誰かを幸せにする物語。 ここでは毎日1話ずつ投稿してまいります。 作者ページの「僕(じゃない人)が幸せにします。(「小説家になろう」投稿済み全話版)」から全話読むこともできます!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート

猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。 彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。 地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。 そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。 そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。 他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

処理中です...