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幼少期編
mission1 現状を把握せよ!
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「先輩。僕もう帰りますけど、まだされます?」
後ろから聞こえる声は去年入社した後輩のもの。見上げると時計はもう23時を回っていた。もうそんな時間か。その割には全く片付いていない仕事にげんなりする。
「もう少しだけやって帰るわ。お疲れ」
「顔青くなってますよ……。大丈夫ですか?」
心配そうな声に適当な返事をすると、気の利く後輩はせめて、とお菓子を差し入れて帰って行った。口に放り込むと、その糖分に体が喜んでいるのが分かる。疲れてるなぁ。
さて、もう一踏ん張り。
そうして、終わらない仕事になんとか目処をつけた頃には日も超えてしまっていた。明日もまだ仕事なのに。ため息をついたところで休日は早く来てはくれないのだが。
「あー、もうどっか行きたいなー。仕事のことなんか考えなくていい世界で楽しく過ごしてみたい」
叶うわけもない希望は一人きりのオフィスに悲しく響く。パソコンに向き直りファイルを保存、電源切ろうとマウスを動かす。と、そこに見慣れないアイコンがあることに気がつく。
『水玉ハッピース』
途中で切れているのか、ファイル名もよくわからない。ファイル名だけでも表示できないかとそこへマウスを動かす。
が、その動きは途中で止まった。ぐにゃりと歪んだ視界はあっという間に暗くなり何も見えなくなった。マウスを掴んでいたはずの手もいつの間にか空を切っている。座っていたはずの椅子も消えて浮遊感だけが残る。
あ、これ、まさか、死、
そんな考えを打ち消すかのように急に光が差し込んでくる。眩しさに目を開けられずにいると、耳元に楽しげな声が響く。
『水玉ハッピーステップ♪』
思いの外大音量で耳鳴りを覚えるほどのその声。複数人の女性が言ったその言葉に記憶の扉が開かれる。
水玉ハッピーステップ♪
90年代後期にアカライトカンパニーが出したギャルゲー。全年齢対象ながらその限界まで詰め込んだかのようなイチャラブシーンがあるとされ、深いシナリオにイラストからも分かる魅力的なヒロインの数々。
複雑なパラメータシステムがあり、シナリオ管理には独自のシステムを採用、やり込み要素もかなりあり、会社の処女作でありながらも、雑誌で度々特集され注目を浴び、あの年代の覇権と目されていたあの作品。
そして、実際はそうはならなかった作品だ。
嫌がらせかと思われるほどの致命的な複数のバグ。致命的でないバグも数知れず。凶悪なパラメータ設定と合わさりクリアどころか二章に辿り着いた人間すら数%という始末。
ヒロインとのデートにすら漕ぎ着けられない中、迎えられたバッドエンドはなぜか十数種類もある親友との濃厚ホモエンド。
きっと、開発陣は思ったのだろう。
『これだけ色々なヒロインと濃厚イチャラブエンドを迎えて、バッドエンドは親友とならインパクトもあるしそうした需要にも応えられるだろう』
などと。
そこに力を入れるならバグの一つでも無くせば良かったのに。肝心の本編に辿り着けないじゃないか。
返金祭りにまで追い込まれ会社は倒産。ゲームは伝説となり、当時は名だたるプレイヤーがHP上で、最近では動画配信者が実況していまだにその存在だけは多くの人に知られているものの、ヒロインとのエンドに辿り着いた者は誰一人いない。
エンディングの概要は攻略本(ただし攻略はできない)でしか知ることができないお粗末さ。その攻略本ですら正式に出版されたものではなく雑誌の付録のため、よくある『真実は君の目で確かめてくれ!』的な浅すぎる内容で情報は無に等しかった。
当時フルプライスで購入した自分でさえ苦労して辿り着いたものがホモエンドだったショックにパソコンごと窓から投げそうになったくらいだ。
幾度挑戦してもバグかホモの結果に嫌気がさして完全に触らなくなってしまった。今、ゲームは多分押し入れでよく眠っておいでのことだろう。
さっき耳元で響いたのはそんなゲームのタイトルコールだった。懐かしい。
『あなたの手で幸せを掴み取ってくださいね……』
そうそう、これはヒロインの桐生すみれがスタートボタンを押すと言うセリフだっけ。盛大な煽り文句として使われてたな。
そんなことを考えているとようやく視界が開けてきた。自分の部屋とは違う天井、本棚、机、床。視線を動かした先には自分のものとは思えない小さな手があった。動かすと確かに動く。いつもより体も起こしやすい。顔は分からないが子供の体になっている。
これは、もしや。
最近流行りの転生ものというやつでは?
なんて思ってはみるが普通に考えて夢の可能性が濃厚だろう。死んだとは断定できないし過労死したなんて思いたくもないし。会社であのまま倒れて夢を見てるんだろうか? 納期が来週だから明日までに覚めてくれると助かるんだけど。
しかし意識がはっきりしすぎているな……。昔ながらの確認方法として頬を抓ってはみる。痛いは痛いが、夢の中でも痛みを感じることもあるもんな。なんとも言えない。
もしかして転生の可能性もあるんじゃ。
恐ろしい可能性は考えないようにしつつ、逆に楽しいことでも考えてみることにした。
もし、あのクソゲーの世界に転生だったら最悪だよなー。ほぼ100%バグがホモかだから。まあ、主人公が親友を選ばなきゃいいだけなんだけどな。しかしあのゲーム俺もあれだけやったのに全然クリアできなくてーー。
そこから昔を思い出し、一人トークは幼稚園くらいまで遡ったというのに、一向に目は覚めなかった。いつもの部屋に戻れる気配がない。
危機感は目覚めた時からあった。自分のものとは違うこの部屋は決して見覚えがないものじゃない。
この部屋は、水玉ハッピーステップ♪ で主人公が高校時代使用していた部屋だ。
あー、嫌な予感しかしない嫌な予感がする悪寒がする吐き気がする!
もし、もしもだよ。攻略するとして既知の知識だけでこのクソゲーの攻略なんてできるものだろうか? 異世界ものだと『そんな知識があるなんて!』なんて展開も期待できるが、この世界では無双要素がひとつもない。
というか誰も攻略できていない未知の世界だ。俺にアドバンテージが全くない。何もない。悲しい。
なんでよりにもよってこんな世界に。同じゲームならエロゲーに転生したかった……。
階下からは悲観している自分を呼ぶ声が聞こえる。この世界では朝になったのか。転生だとしたら何か行動しなきゃならない。悲しい気持ちをこらえてベッドから降りると鏡の中の自分と目があった。
主人公じゃなかった。
主人公じゃ、なかった。
幼い頃から外国人設定でもないのに金髪の髪。口調は乱暴なくせにいつも気にかけてくれる優しい友人。
その性格と可愛らしい童顔で主人公を魅了してしまい、ヒロイン達と違って幼少時代である第1章からもいきなりエンディングを迎えてしまう可能性もある魔性の存在。
古井戸ほまれ
主人公の親友。濃厚ホモエンドのお相手。幾人かのプレイヤーをその道に引き摺り込んだと言われる姿が、鏡の中からこちらを引きつった顔で見ていた。
mission
【濃厚ホモエンドを回避せよ!】
後ろから聞こえる声は去年入社した後輩のもの。見上げると時計はもう23時を回っていた。もうそんな時間か。その割には全く片付いていない仕事にげんなりする。
「もう少しだけやって帰るわ。お疲れ」
「顔青くなってますよ……。大丈夫ですか?」
心配そうな声に適当な返事をすると、気の利く後輩はせめて、とお菓子を差し入れて帰って行った。口に放り込むと、その糖分に体が喜んでいるのが分かる。疲れてるなぁ。
さて、もう一踏ん張り。
そうして、終わらない仕事になんとか目処をつけた頃には日も超えてしまっていた。明日もまだ仕事なのに。ため息をついたところで休日は早く来てはくれないのだが。
「あー、もうどっか行きたいなー。仕事のことなんか考えなくていい世界で楽しく過ごしてみたい」
叶うわけもない希望は一人きりのオフィスに悲しく響く。パソコンに向き直りファイルを保存、電源切ろうとマウスを動かす。と、そこに見慣れないアイコンがあることに気がつく。
『水玉ハッピース』
途中で切れているのか、ファイル名もよくわからない。ファイル名だけでも表示できないかとそこへマウスを動かす。
が、その動きは途中で止まった。ぐにゃりと歪んだ視界はあっという間に暗くなり何も見えなくなった。マウスを掴んでいたはずの手もいつの間にか空を切っている。座っていたはずの椅子も消えて浮遊感だけが残る。
あ、これ、まさか、死、
そんな考えを打ち消すかのように急に光が差し込んでくる。眩しさに目を開けられずにいると、耳元に楽しげな声が響く。
『水玉ハッピーステップ♪』
思いの外大音量で耳鳴りを覚えるほどのその声。複数人の女性が言ったその言葉に記憶の扉が開かれる。
水玉ハッピーステップ♪
90年代後期にアカライトカンパニーが出したギャルゲー。全年齢対象ながらその限界まで詰め込んだかのようなイチャラブシーンがあるとされ、深いシナリオにイラストからも分かる魅力的なヒロインの数々。
複雑なパラメータシステムがあり、シナリオ管理には独自のシステムを採用、やり込み要素もかなりあり、会社の処女作でありながらも、雑誌で度々特集され注目を浴び、あの年代の覇権と目されていたあの作品。
そして、実際はそうはならなかった作品だ。
嫌がらせかと思われるほどの致命的な複数のバグ。致命的でないバグも数知れず。凶悪なパラメータ設定と合わさりクリアどころか二章に辿り着いた人間すら数%という始末。
ヒロインとのデートにすら漕ぎ着けられない中、迎えられたバッドエンドはなぜか十数種類もある親友との濃厚ホモエンド。
きっと、開発陣は思ったのだろう。
『これだけ色々なヒロインと濃厚イチャラブエンドを迎えて、バッドエンドは親友とならインパクトもあるしそうした需要にも応えられるだろう』
などと。
そこに力を入れるならバグの一つでも無くせば良かったのに。肝心の本編に辿り着けないじゃないか。
返金祭りにまで追い込まれ会社は倒産。ゲームは伝説となり、当時は名だたるプレイヤーがHP上で、最近では動画配信者が実況していまだにその存在だけは多くの人に知られているものの、ヒロインとのエンドに辿り着いた者は誰一人いない。
エンディングの概要は攻略本(ただし攻略はできない)でしか知ることができないお粗末さ。その攻略本ですら正式に出版されたものではなく雑誌の付録のため、よくある『真実は君の目で確かめてくれ!』的な浅すぎる内容で情報は無に等しかった。
当時フルプライスで購入した自分でさえ苦労して辿り着いたものがホモエンドだったショックにパソコンごと窓から投げそうになったくらいだ。
幾度挑戦してもバグかホモの結果に嫌気がさして完全に触らなくなってしまった。今、ゲームは多分押し入れでよく眠っておいでのことだろう。
さっき耳元で響いたのはそんなゲームのタイトルコールだった。懐かしい。
『あなたの手で幸せを掴み取ってくださいね……』
そうそう、これはヒロインの桐生すみれがスタートボタンを押すと言うセリフだっけ。盛大な煽り文句として使われてたな。
そんなことを考えているとようやく視界が開けてきた。自分の部屋とは違う天井、本棚、机、床。視線を動かした先には自分のものとは思えない小さな手があった。動かすと確かに動く。いつもより体も起こしやすい。顔は分からないが子供の体になっている。
これは、もしや。
最近流行りの転生ものというやつでは?
なんて思ってはみるが普通に考えて夢の可能性が濃厚だろう。死んだとは断定できないし過労死したなんて思いたくもないし。会社であのまま倒れて夢を見てるんだろうか? 納期が来週だから明日までに覚めてくれると助かるんだけど。
しかし意識がはっきりしすぎているな……。昔ながらの確認方法として頬を抓ってはみる。痛いは痛いが、夢の中でも痛みを感じることもあるもんな。なんとも言えない。
もしかして転生の可能性もあるんじゃ。
恐ろしい可能性は考えないようにしつつ、逆に楽しいことでも考えてみることにした。
もし、あのクソゲーの世界に転生だったら最悪だよなー。ほぼ100%バグがホモかだから。まあ、主人公が親友を選ばなきゃいいだけなんだけどな。しかしあのゲーム俺もあれだけやったのに全然クリアできなくてーー。
そこから昔を思い出し、一人トークは幼稚園くらいまで遡ったというのに、一向に目は覚めなかった。いつもの部屋に戻れる気配がない。
危機感は目覚めた時からあった。自分のものとは違うこの部屋は決して見覚えがないものじゃない。
この部屋は、水玉ハッピーステップ♪ で主人公が高校時代使用していた部屋だ。
あー、嫌な予感しかしない嫌な予感がする悪寒がする吐き気がする!
もし、もしもだよ。攻略するとして既知の知識だけでこのクソゲーの攻略なんてできるものだろうか? 異世界ものだと『そんな知識があるなんて!』なんて展開も期待できるが、この世界では無双要素がひとつもない。
というか誰も攻略できていない未知の世界だ。俺にアドバンテージが全くない。何もない。悲しい。
なんでよりにもよってこんな世界に。同じゲームならエロゲーに転生したかった……。
階下からは悲観している自分を呼ぶ声が聞こえる。この世界では朝になったのか。転生だとしたら何か行動しなきゃならない。悲しい気持ちをこらえてベッドから降りると鏡の中の自分と目があった。
主人公じゃなかった。
主人公じゃ、なかった。
幼い頃から外国人設定でもないのに金髪の髪。口調は乱暴なくせにいつも気にかけてくれる優しい友人。
その性格と可愛らしい童顔で主人公を魅了してしまい、ヒロイン達と違って幼少時代である第1章からもいきなりエンディングを迎えてしまう可能性もある魔性の存在。
古井戸ほまれ
主人公の親友。濃厚ホモエンドのお相手。幾人かのプレイヤーをその道に引き摺り込んだと言われる姿が、鏡の中からこちらを引きつった顔で見ていた。
mission
【濃厚ホモエンドを回避せよ!】
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