虚しくても

Ryu

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第二十六章

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平成二十一年四月二十九日
いよいよ明日は入院だというのに、私は尼崎南警察に逮捕された。
容疑はコンビニ強盗、それも三件になっていた。
逮捕された私は、何が何だか判らなかった。
青天の霹靂とはこういう事を言うのだろうか?
事件を担当したのは、強行班の田内班長と神澤部長。
私は、当初の取り調べから、私が歩けない事は医者とヘルパーさんに聞いてくれとしか言えなかった。
勿論、警察だって私が歩けない事は熟知している。
五月に入って、入院しに来ない私の事を兵庫医大の主治医が心配してくれていた。
そして、私が尼崎南警察署に勾留されている事をつきとめて、クレームを入れてくれたからだ。
「貴方達は一体何を考えてるんですか?」
主治医が、かなり強く抗議してくれたと聞いている。
手術をしなければならないので、すぐ私を兵庫医大に連れて来るように申し入れてくれたようだった。
勿論、警察がそんな事を受け入れる訳がない。
兵庫医大で歩行不可能と言われてしまえば警察は終わりだろうし、ましてや私は全面的に否認をしている。
とは言え、手術は早急にしなければならなかった。
私の左下腿は開放骨折後、偽関節になっていた。
しかも、創外固定を外してしまっているので、危険な状態なのは間違いなかった。
実際、勾留に耐えられるような体ではなかった。
当然の事だが、全面否認のまま検察官調べになった。
担当は真鍋検事だった。
「このまま認めなかったら起訴してやる」
「、、、、、」
「でも認めたら起訴はしない」
「、、、、、」
「この先は言わなくても判るな?」
「、、、、、」
「お前に手術が必要な事も判ってる」
「、、、、、」
「認めたら手術も出来るだろ」
「、、、、、」
「お前、ヤクザだったんだろ」
「、、、、、」
「ヤクザだったら判るよな」
「、、、、、」
「もう一度、よく考えて来い」
誘導尋問が検事、刑事の常套手段だという事は判りきっている事だった。
それなのに、まんまと真鍋検事に騙された。
だが、その事に気付いた時にはすでに手遅れだった。
通常の状態だったら騙されるような事はなかったかも知れない。
起訴されてから撤回してもどうにもならなかった。
「認めたんちゃうんかいな?」
「ワシが歩けん事は医者とヘルパーに聞かんかい」
「そのヘルパーが、お前が犯人や言うとんねん」
「、、、、、」
「兵庫医大の先生はお前は歩かれへん言うてるわ」
「、、、、、」
「せやけど高木さんがお前が犯人や言うとんねん」
「、、、、、」
警察は、高木さんとフレンドのヘルパーさんが犯人だと考えていた。
高木さん自身、その事は最初から判っていた。
田内班長と神澤部長は、高木さんを逮捕するとも言っていた。
それが突然、どういう事なんだろうか?
真鍋検事に騙されてから、私は歩けない事を主張する以外は、検事とも刑事とも一切口をきかないようにしていた。
ただ、田内班長と神澤部長の話が、あながち嘘とは言えなかった事をあとで知る事になる。
高木さんが、私が犯人であるかのような供述を始めていたのは間違いなかったようだ。
起訴された後、私は尼崎拘置所に移監された。
移監されてすぐに、豊中市の庄内で暮らしている時に知り合った宗教家の哲ちゃんと、西宮市の鳴尾でたむろしている時に知り合った、此花区の誠が面会に来てくれた。
そして、病院に診断書を取りに行ってくれた。
ところが、兵庫医大の主治医のところには、私が歩けると証言して欲しいと、田内班長と神澤部長が行っており、、、
かかりつけの主治医のところには、診断書を書かないように圧力をかけていた。
兵庫医大の主治医は、田内班長と神澤部長の依頼をはねのけて、歩行不可能という診断書を作成してくれた。
かかりつけの主治医も、警察の圧力に屈する事なく、歩行不可能という診断書を作成してくれた。
勿論、警察の圧力に屈した医者もいた。
兵庫医大の診断書と意見書にカルテとレントゲン写真。
かかりつけの主治医の診断書と意見書。
介護センターケアネットの上申書。
介護センターライフケアキョウエイの上申書。
尼崎市役所のケースワーカーの上申書。
京都ダルク施設長、武士さんの上申書。
公判では、それらの物を証拠として提出した。
勿論、その全てが、私が歩行不可能である事を証明してくれていた。
だけど、それら全てを検察に不同意にされた。
検察に不同意にされてしまうとその証拠を裁判官が見る事はないらしい。
日本の司法には正義も何もない。
日本の司法は崩壊していると言えるだろう。


高木さんが、検察側の証人として出廷してきた。
宣誓してから、検察官による証人尋問が進んでいた。
コンビニの防犯カメラに写っていた犯行状況の写真を検事が示した。
「この写真を見て、、、」
「リュウジ君が歩いてる写真を見て驚きました」
「では、高木さんはこの写真に写ってる人物が被告人だと、、、」
「はい」
「この写真はどうですか?」
「似てます」
「では、この写真はどうですか?」
「似てます」
この人達は一体何をしているのだろうか?
私には理解する事が出来なかった。
その写真には、コンビニ内を歩き回っている初老に近い男が写っていた。
走って逃走している写真もあった。
私は三十二歳、写真に写っている男は、どんなに若く見ても五十歳は過ぎているだろう。
明らかに年齢が違うし、体格もまるで違っていた。
それより、そもそもサングラスをかけているので顔は判らなかった。
ただ、サングラスをかけていても、私とは似ても似つかない感じなのは誰が見ても明らかだった。
フレンドの他のヘルパーさんは、サングラスをかけているので判らないが、私とは似ていないと証言した。
私と同じマンションに住んでいる住人は、私とは別人だと証言した。
被害者であるコンビニの店員さん等までもが、私は犯人じゃないと供述していた。
高木さんの証言には、狐につままれたような感じという表現しか見付からなかった。
高木さんはこれまで、私が逮捕されてから、毎週二回か三回、欠かす事なく面会に来てくれていた。
それが、この証人出廷の後は全く来なくなってしまった。
そればかりか、高木さんは誰からの電話にも出なくなってしまった。
弁護士からの電話であってもだ。
それが、全てを物語っているんだろう。
兵庫医大の主治医が、出廷して私が歩けない事を証言してくれると申し出てくれた。
だけど、これも検察が認めなかったので叶わなかった。
判決、懲役三年。
私は京都刑務所に服役する事になった。
検察、警察、裁判所、そして高木さんへの恨みだけを抱いて、私は最後まで務めた。
服役中、高木さんから何通か手紙が届いていたけれど、私は読まずに全て捨てていた。
彼女が真犯人の一人だったのかなんて事は、私に判る訳がない。
だけど、もし彼女が真犯人の一人だったとしても、何の興味も抱かなかった筈だ、、、
いつか、高木さんへの恨みは消化出来るんだろうか、、、
平成二十四年十二月十五日
私は京都刑務所を満期出所した。
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