虚しくても

Ryu

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第二十七章

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京都刑務所を出所した私は、武庫之荘にマンションを見つけて、そこで生活を始めた。
ヘルパーさんが見つかるまでの間は、誠が私の身の回りの世話をしてくれていた。
誠はテキ屋をしているので、わりと自由がきくようだった。
年が明けた頃、、、
近所にある、介護センターブライトンから管理者が面談に来てくれた。
「ブライトンで管理者をしてます、、、」
彼女は、名刺を差し出してきた。
「手帳です」
私は、身体障害者手帳と障害者福祉サービス受給証を彼女に手渡した。
「拝見させてもらいます」
彼女は、私の身体障害者手帳を、暫くの間、食い入るように見ていた。
何の言葉もないまま、どれぐらいたっただろうか?
「もしかして、小田北のリュウジ君ですか、、、?」
「えっ?」
「あたしの事、覚えてませんか、、、?」
「、、、、、」
そう言われて、暫く、記憶を探ってはみたんだけれど、彼女の顔にも、名刺に記載されている名前にも、私は全く覚えがなかった。
「大庄の奈津代ですけど、判りませんか、、、?」
「、、、、、」
そう言われて、努力はしてみたけれど、どうしても思い出せなかった。
彼女の話では、久々知のアパートに遊びに来ていたそうなのだが、その話を聞いても、彼女の事を思い出す事は出来なかった。
私は何となくごまかして、彼女には帰ってもらった。
その日の夜に、彼女から電話がかかってきた。
「リュウジ君」
「はい」
「プライベートで会ってくれへん?」
「、、、、、」
私は彼女に対して、何の感情も抱いてはいなかった。
だけど、特に断る理由も見付からなかった。
次の休日に約束をして電話を切った。
約束の時間にインターホンが鳴った。
「開いてんで」
玄関を開けて入って来たのは、彼女ではなく、座敷わらしのような可愛い子供だった。
その小さな子供は、てくてくと私のそばまで歩いて来た。
「はい、これ~」
小さな子供は、笑いながら私に珈琲を差し出してきた。
「お名前は~?」
「レオ~」
「ありがとうレオ、いただくわなぁ~」
私は、レオから珈琲を受け取った。
「この子な、生まれた時、八百グラムしかなかってん、、、」
「、、、、、」
「父親にも、父親の家族からも、気持ち悪いって言われて、、、」
「、、、、、」
私は、レオの事が可愛くてたまらなくなった。
その後、レオの口から一緒に暮らして欲しいと言われた時、私は笑って応えていた。
不思議なもので、彼女に対しては何の感情も抱いてはいなかったのに、可愛い子供がいるだけで一緒にいる事が出来た。


五月の始め、家族が一人増えた。
赤ちゃんが出来たとか、そういう事ではない。
淡路島に捨てられていたという子犬を、もらい受けたのだ。
生後一ヶ月もたっていない、やっと目が見え始めたぐらいの小さな子犬だった。
私は、子犬に五右衛門と命名したんだけれど、彼女から猛反対された。
子犬は女の子だから、プリンだと譲らなかった。
でも、彼女がその名前で呼ばれる事は一度もなかった。
私がぷぅと呼び続けていたので、いつの間にか彼女の名前はぷぅになっていた。


一緒に暮らしてから判った事があった。
猜疑心が強いのか、、、
彼女は、私が眠っている間に私の携帯電話を見ていた。
そして、アドレス帳に知らない名前を見つけると、やはり私が眠っている間に電話をかけるといった行為を繰り返していたようだった。
彼女は、普段は明るい感じなんだけれど、急にわめき散らして暴れ出す事があった。
理由も何もないのに、突然わめき散らして暴れ出す。
そして、家具等を無茶苦茶にしてしまう。
レオの事を殴ったり、手におえる状態じゃなくなってしまう。
私自身も、これまでに聞いた事もないような汚い言葉で罵られる事があった。
「あんたの事縛って、あんたの目の前で、あんたの親と子供じわじわ苦しめてなぶり殺しにしたる」
そう言われた時には少しぞっとした。
ただ、暴れたあとは必ず極端に大人しくなっていた。
そして、そういった事は結構な頻度で繰り返されていた。
彼女自身、自分が子供を虐待している事は認識していたみたいで、自分から児童相談所に電話した事もあるようだった。
ただ困った事に、彼女は日常的に詐欺まがいのような事をしていた。
何度、やめるように言っても、彼女が耳を貸してくれる事はなかった。
それが原因で、彼女と口論になる事があったんだけれど、私と口論になったあと、彼女の矛先は必ずレオに向いていた。
それを止めたりすれば、かえって暴力が酷くなるばかりだった。
私は、彼女に対しては何の感情も抱いてはいなかったんだけれど、レオとぷぅの事は可愛くてたまらなかった。
それでも、これ以上私が一緒にいるのは、レオにとってもよくないと思えた。
「レオ捨てて、二人でどっか行こう」
ある日、彼女が口にした。
それまでは、彼女に対して何の感情も抱いてはいなかったのに、その言葉を聞いた途端、激しい嫌悪感を覚えた。
それからは彼女とは距離を取って、レオとぷぅの様子だけ見ようと考えた。
レオとぷぅと離れる事はとても辛かったけれど、私は潮江にある車椅子対応の障害者住宅に引っ越した。


別居を始めてから、彼女の妊娠が判った。
赤ちゃんが生まれたら私が引き取って、レオとぷぅの様子を見ながら育てていくつもりでいたんだけれど、、、
平成二十六年十二月
赤ちゃんが悲しい事になってしまった、、、
私は彼女に、姫乃という名前をつけて、ずっとお参りを続けている、、、


年が明けた頃、彼女のお姉さんから電話があった。
「リュウちゃん」
「はい」
「あの子の事やねんけどな、、、」
「はい」
「あの子、病気なってん、、、」
「、、、、、」
「声がな、、、」
お姉さんの話では、彼女は失語症になって、ずっと自宅に引きこもっているという事だった。
私は、レオとぷぅの事が心配でならなかった。
何度か、レオとぷぅの食事を届けに行きはしたんだけれど、いつも玄関のドアにぶら下げて帰るだけだった。
私が玄関の前に来ると、ぷぅはすぐに気付いて駆け寄ってくる。
「クゥ~ン」
「クゥ~ン」
鼻を鳴らしながら、玄関の向こうをカリカリ引っ掻いているのが聞こえていた。
かと思えば、ぷぅの声が遠ざかっていく。
奥に引きずられていく様子が見えるようだった。
遠ざかっていくぷぅの声に胸をかきむしられるような思いがしていた。


五月のレオの誕生日、、、
レオが欲しがっていたラジコンを、誠に手伝ってもらって運んできた。
出会った時はまだ保育園だったのに、レオも今日で九歳になった。
「なんなんよ~」
インターホンを押しかけた時、中から声が聞こえてきた。
失語症の筈の彼女の声だった。
知らない男の声も聞こえてきていた。
不思議と怒りも何も感じなかった。
それどころか、何故か私は、ほっとしたような感覚になっていた。
私は膝の上のラジコンを、玄関前にそっと置いて、誠を振り返った。
「行こか」
「ええの?」
「おう」
「判った」
私達は車に戻った。
「銭湯でも行く?」
「ええなぁ~」
誠は、静かに車を出してくれた。
「飲む?」
「、、、、、」
差し出された缶ジュースは、午後の紅茶ミルクティーではなかったけれど、少しハゲてきた誠の顔は、優しく微笑んでくれていた。
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