虚しくても

Ryu

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第二十一章

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平成十七年十二月十六日
約十年ぶりに実家に帰った。
父とも母とも、言葉を交わす事はなかったけれど、、、
二人とも、年を取っていた。
和希は小学校六年生になっていた。
「兄ちゃんの事、覚えてるか?」
「覚えてない、、、」
当然だ、、、
「そいつとしゃべんな」
襖の向こうから、弟の怒声だけが飛んできていたけれど、私はそれを無視して帰り支度を始めた。
すると、父が腰を上げて
「送ってっちゃる」
と、言ってきた。
こんな事は考えられなかったんだけれど、私は父の運転する車で送ってもらう事になった。
車の中では会話も何もなかった。
重苦しい空気だけがただよっていた。
その空気を、父のひと言がかき消した。
「淋しいんよ、、、」
突然、ぼそりと父がそうこぼした。
「、、、、、」
「あれは俺とは口もきかんのよ、、、」
「、、、、、」
「晃久は俺と目がおうたら、何やコラぁ~っち怒鳴ってきよる、、、」
「和希は?」
「和希も俺とはしゃべらん、、、」
頭にきた。
全身の血が逆流しているような感覚になった。
今すぐ弟を半殺しにでもしてやりたかった。
しかし、私には何も言う事は出来ない。
そんな資格もありはしない。
本当にハラワタが煮えくり返っていた。
そして、何も出来ない自分自身に、どうしようもなく苛立っていた。
だけどそれ以上に、、、
昔の、あの怖かった父は一体どこへいってしまったのか、、、
その切なさの方が大きかった。
私の部屋は、マンションの五階にあった。
父を見送った私は、、、
私の存在が家族の事をそんな風にさせてしまったんだろうかと、、、
ずっと悩みにふけっていた。


「お父さんに言うからな」
「お願いやから、それだけはやめて」
幼少期の私は、、、
母から、父に言いつけてやると言われただけで泣きじゃくっていた。
「木刀持ってけぇ、このガキしょう叩き殺しちゃる」
酒を飲んで暴れて物を壊す父の事が、ただただ恐ろしくて仕方がなかった。
だけど、いつの頃からか私は泣くのをやめた。
泣けば母から何をされるか判らない。
だから私は自分自身を守るため、阿呆になった。
「お母さんにはあっ君だけ、こいつなんかどうでもいい」
目の前で弟を撫でまわしながら、あの呪文を繰り返されても、、、
私は耐えた。
弟にはトーストとジャムとサラダに牛乳という朝食が用意されて、、、
私の前には一本のバナナが無造作に投げられるだけでも、、、
私は耐えた。
汚い物を見るような目で見られても、、、
私は耐えた。
押し入れに閉じ込められても、、、
私は耐えた。
理不尽な暴力にも、、、
私は耐えた。
母の気分次第で、燃えている煙草を押しつけられ、、、
あちこちに根性焼きをされても、、、
私は耐えた。
血が出たりすれば
「汚え」
と、怒鳴られた。
そして、その私の血で汚れた顔や床を、、、
雑巾で自分で拭かされていた。
それでも私は耐えた。
「この子、ちょっとおかしいから」
周辺の人達にそう言われても一向に構わなかった。
阿呆になって、、、
ただただ耐える。
それだけが自分自身を守る術だった。
下坂部のアパートの天井には小さな傷があった。
その傷の真下が私の寝床だった。
私にはその傷が恐ろしい鬼の顔に見えていた。
その鬼の顔を見ながら、、、
私は、毎晩、死について漠然と考え、、、
そして悩んでいた。
毎日が苦しくて、、、
自分の存在に虚しさしか感じる事が出来なかったからだと思う。
「アホ」
「クズ」
「死ね」
弟からつぶやき続けられても、、、
私は耐えた。
阿呆になって、、、
ただただ耐え続けていた。
だけど、、、
小学校高学年の頃には、彫刻刀やカッターナイフを使っての自傷行為を繰り返すようになっていた。
中学校時代には、何度となく高所からの飛び降り自殺を試みた事もあった。
生きている事が、ただ虚しかったんだと思う。


私は本当に色んな記憶をなくしていたようだ、、、
色んな事を思い出していくうちに、、、
幼い頃から抱き続けていただろう、どうにもならない虚無感まで思い出してしまった。
私は一体何のために生きているんだろうか、、、
本当に判らない、、、
虚しかった、、、
ただただ虚しかった、、、
父は確かに怖かった。
幼い私にとって、父は恐怖の対象でしかなかった事も事実だった。
だけど、父は仕事しかしてこなかった。
大工一筋の人だった。
そんな父が、何故そんな思いをしなければならないのだろう。
父がそんな風にされる理由は、私には見つける事が出来ない。
私の存在のせいなんだろうか、、、
本当に私は一体何のために生きているんだろうか、、、
虚しかった、、、
ただただ虚しくて仕方がなかった、、、
どうにもならない虚無感だけを抱いたまま、私はベランダから身をおどらせていた、、、
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