虚しくても

Ryu

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第十章

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私は、西成で覚せい剤をシノギにしている組織と縁を持ち、売人から場代を納めさせる側の人間になった。
あの木村のオッサンと同じだ。
私が場代と言っているのは、場所代の事だ。
ミカジメという言葉を耳にした事があると思うが、それとはまた少し違う。
両方とも賃貸料と考えれば、同じようなものなんだけれど、西成でいう場代というのはそのまんま字の通りだ。
売人が立っているその場所を貸してやるから、その対価となる賃貸料を支払え。
そう考えれば判りやすいだろう。
場代はその場所によって金額が異なる。
一日、一万円そこそこの所もあれば一日、十万円以上する所もある。
客がよく来る場所程、場代も高くなるという訳だ。
この頃の私は豊中市の庄内にアパートを借りて、そこで生活していた。
西成という地区から少しでも距離をとりたかったからだ。
西成が普通の町じゃないからなのか、西成警察も普通ではない。
覚せい剤の取り引きをしている現場も、売人の顔も、西成警察はほとんど把握している。
そして、売人もその事を承知の上で取り引きしているのだ。
だから、デビューして一日で逮捕される売人もいれば、一週間で逮捕される売人、一ヶ月もつ売人もいる。
西成で一年もてば有名人になれる事は間違いないだろう。
西成には飛田新地という昔ながらの遊郭がある。
その飛田新地の守りをしているのは西成警察で、顧問か相談役をしているのが、あの有名な元大阪市長だという事は知られた話だった。
本当かどうかは知らないし、この頃がどうだったかなんて事も、勿論、判らない。
とにかく、西成という町が普通じゃない事だけは確かだ。
この頃、私の兄弟分が谷町にある覚せい剤の密売所を取り仕切っていた。
私は必要な時だけ密売所に出て、それ以外は庄内で過ごしていた。
そして、覚せい剤の配達などを始めて、シノギの範囲を広げていった。
尼崎のポン中仲間達のところにも、たまに顔を出したりしていたけれど、仲間達からはシノギなんかかけずに覚せい剤を渡してやるようにしていた。


平成八年の秋
私は尼崎のポン中仲間の家へと向かって歩いていた。
突然、腰から両足のつま先にかけて、ビリっと電気が走ったような衝撃を感じた。
かと思えば両足がつったようになって、両足とも痺れ始めて、動く事が出来なくなった。
その辺の物にしがみつきながら、何とか近くにある大隈病院までたどり着いた。
「これは難しいなぁ~ 私もこんなん見た事ないんやけど、、、ここ」
医師がレントゲンに写し出されている骨を指さした。
「これは第三腰椎になんねんけど、おたくの場合、これが生まれつき出来てない状態やねんなぁ~」
その医師の話では、人間の体というのは、外側から出来始めて、最後に真ん中がくっついて完成するという事だった。
私の場合、第三腰椎が完成しきれておらず、真ん中で分離している状態のようだ。
「これは、ほっといたら半身不随になる危険もあるから骨を移植せなあかんなぁ~」
難しい顔で医師から告げられた。
この医師は普段、兵庫県立塚口病院に勤めているからという事で、当分、そちらでの入院を勧められた。
だけど、この時には何とか歩けるぐらいにまで戻っていたので入院は断った。
当面、その県立塚口病院に通院しながら様子をみる考えを伝えた。
そして、手術自体は兵庫医大で行う予定を入れてから、大隈病院をあとにした。


平成八年十一月
私は二十歳になった。
成人してからほんの数日が過ぎた頃、尼崎東警察が家宅捜索令状と逮捕状を持って私の事を迎えに来た。
罪状は覚せい剤の譲渡と他人使用だった。
尼崎のたまり場に遊びに来ていた下新庄のユミが、覚せい剤を使用しておかしくなって、猫のように路上駐車してある車の下にもぐりこんだまま、誰かの名前を呼び続けていたところを通報されて、逮捕されたようだ。
それならそれで留置場か拘置所から手紙でもくれれば私は面会にも行ったし、差し入れだってしてやれたのだ。
しかしユミは御丁寧にも私の事だけじゃなく、たまり場にいた人間、全員の事をチンコロしてくれていた。
覚せい剤と注射器は谷町の密売所に置いていたので、庄内のアパートからは何も出なかった。
尿検査の結果もシロだったので不起訴になるだろうと考えていたのだが、世の中そんなに甘くはなかった。
私はユミへの覚せい剤譲渡と他人使用で起訴された。
起訴された私は尼崎東警察署から尼崎拘置所へと移監されて、クリスマスと正月と成人式を拘置所で過ごす羽目になってしまった。
尼崎拘置所には雑居房もあるにはあるのだが、ほぼ独居房だ。
入浴時間や運動時間以外は独居房でじっと座って生活しなければならない。
判決は懲役一年二ヶ月、執行猶予三年。
これが、私の初めての前科となった。
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