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第35話 ハンプティ・ダンプティ
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電車を乗り継いで約1時間半。流れる景色に別れを告げ、やって来ました夢の国。それは砂漠に湧いたオアシスであり、歩き疲れて辿り着いた桃源郷であり、生命の起源であるエデンであり―――
人々はそれを、テーマパークと呼ぶ。
「という訳で正解は、デヅニーランドでしたっ!!」
デヅニーランド。国内最大の遊園地であり、年間来場者数1000万人を越える超ビッグでグレイトなデートスポットだ。園内には多種多様なアトラクションときゃわゆいマスコットキャラで溢れている。ここへ来たら、後は脳死で楽しむだけ。日常なんて地平線の彼方へ追いやっておしまい!
「デートと言ったらやっぱここだろ!どうだ?お前もちょっとは俺のこと見直し……」
「……っ」
ここで初めて、心和の表情が変わった。しかしそれは歓喜に満ちた笑みなどでは無く、今しがた彼女が浮かべている感情は―――絶句。
「あれ、心和ー?心和さーん?え?」
会話を試みるも全く反応が無い。そこにあるのは、夢の国を前にただ呆然と立ち尽くす少女の姿。こんなはずじゃなかったのに、どうして。
「……朝日くん」
「はい」
「ごめんなさい、テーマパーク苦手です」
「だろうね」
「こればかりは本当にすみません。言い忘れてました」
心和の性格からして、人の多い場所は苦手なんじゃないかとは思った。が、ネットで検索をかけたところ一番人気がここだったため、まあ大丈夫だろうとタカをくくっていたのだが。
「ダメだったかぁ……どうする?今から別の場所に」
「いや、良いです。交通費勿体ないので」
「まあ、そうね?……よし、来ちまったもんはしゃーない。こういう時こそ、モテ男の力の見せ所ってもんだ。ぜってー楽しませてやる。そしてあわよくば好きに」
「なりません」
「即答すな、悲しい」
さすが心和。どこまでも硬派な女だ。しかし今回は特に条件が悪い。はてさてどうしたものか。
考え込む俺を他所に、心和は問いかける。
「あの、前々から思ってたんですけど。なんでそんな好きになって欲しいんですか?」
「だから言ったじゃん、嫌われんのやなんだよ。皆に好かれてたい愛されたいピーポーなの俺は」
「気にしすぎです。それに私に好かれたところで、嬉しくもなんともないでしょ」
「何言ってんの?嬉しいに決まってんじゃん」
「……え」
そもそも好かれて嬉しくなかったら、こんな勝負持ちかけてすらいないだろう。誰かから好意を向けられるほど嬉しいことなんて無い。その誰かには、勿論心和も該当する。付き合うかどうかは別として、嫌われてた人からの印象がガラリと変わってくれたらと、ここ最近は強く思ってたり。
「君って、ほんと。変人というか、なんというか……」
心和は呆気に取られた顔で、円な目をぱちくりさせている。俺はそんなにおかしな事を言ったのだろうか。
「なんだよ、なんか文句あんのー?」
「いえ別に。ここまで来たら、私も楽しむ努力をしようと思いまして」
「お?やっと分かってきたか。感心感心」
「はぁ……ほんと君のことは、よく分からないです」
ならば分からせてやるさ!恋(?)の駆け引き出張版、ここに開幕!
「嫌です、ほんとに嫌」
「良い機会だろ?トラウマ克服しようって」
手始めに、遊園地のド定番であるジェットコースターへと誘導したのだが。初っ端からこれである。レールの上を登り、うねり、急降下する形姿はさながらドラゴン。その気迫に圧倒されてしまったのか、自称高所恐怖症である心和は完全に怖気付いてしまった。ちなみに俺は絶叫系大好きマンなのクッソわくわくしている。早く乗りたい。乗るにはコイツを説得しなきゃいけない。
「克服しなくていいトラウマがあるの知ってますか?知りませんよねあーそうですかお一人でどうぞ」
「一人だと周りから可哀想な人認定されちゃうだろうが!」
「別にいいでしょそのくらい。元々頭が可哀想なんですから」
「どーゆう意味よそれっ!」
俺達が騒いでいるせいで、周囲からは好奇の目を向けられている。周りから見ればただの痴話喧嘩にしか思えないのだろう。だがこれは、至って重要な議論なのだ。
「じゃあ分かった。ジャンケンして俺が負けたら諦めてぼっちコースターキメてくるよ。でもお前が負けたら一緒に乗ってお願い♡」
「嫌ですよ、二分の一で負けるじゃないですか」
「ジャンケンしないなら諦めない~閉園まで騒ぎ立ててやる。マジでするぞ?良いのか?」
さすがにそれは応えたのか、渋々「……分かりました」と拳を差し出される。完全に運ゲーだが、頼む神様!俺に、力をっ―――!
「それじゃ、ベルトお締めしますね~」
結果。勝てたは勝てたんだけど。コースターに乗ってからいよいよ心和のテンションがおかしい。さっきからずっと般若心経を唱えている。なんで覚えてるんだよ。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時」
「心和サンしっかり~?ヒッヒッフーですよヒッヒッフー」
「ちょっと黙っててください今煩悩を捨ててるので」
『お待たせ致しました。くるくるオウルジェット、まもなく発車します。オウルと共に夜の森の逃避行をお楽しみくださいませ』
そうこうしている内に、出発の時間が来てしまった。俺としては楽しみでソワソワしているのだが、果たしてアイツは……。
「くるくる?え、回るの?回るんですか?ちょっと待って聞いてないです。そんなオプション追加しないで下さいよどういう神経してるんですかお願い殺さないで」
どうやら煩悩を捨てることに失敗した模様。まさかここまでパニックになるとは。さすがに強引過ぎたかもしれない。
「ちょっとお嬢さん、落ち着きなはれ~?くるくるはくるくるオウルくんっていうキャラクターの名前」
『それでは出発致します!いってらっしゃ~い♪』
軽快な声と共に、死刑宣告(心和限定)が出された。陽気に手を振るスタッフさんがどんどん遠ざかっていく。レールの上を徐々に、徐々に上昇するコースター。
「うお~、たっけ~!てか心和大丈夫?」
「照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色《くうふいしき》色即是空《しきそくぜくう》」
「じゃないですよね、すいません」
高揚する俺とは裏腹にどんどん震えが強まっていく心和。手前の持ち手を内出血しそうな勢いで握りしめ、青ざめた顔で小刻みに震えている姿は、まるで産まれたての小鹿だ。正直ちょっと面白い。
コースターがレールの頂上まで到達すると、遊園地の景色が一望出来た。遠くに観覧車やメリーゴーランド、マスコットに群がる人々が見える。
「お母さん今までありがとう」
らしくない、か細い声が聞こえた瞬間。目線は強制的に下降し、全身は風を纏う。右へ左へ、上へ下へ。体を揺さぶられるスピードに昂奮で満ちた叫び声や、感嘆する声が一斉に飛び交った。
「わっはは、すっげ。ひゃっほ~!」
「ぁああ、ぁ……」
瞳を白黒させる心和を他所に、俺は一人で楽しんでしまっている。肌に触れる風が大変心地良い。あと3周はいけそうだ。唯一心配なのは、降りた時心和がリバースしてしまわないか、ということ。そしたら楽しませるどころでは無くなってしまう、のだが。
「ま、なんとかなるっしょ!」
今はただ、このスリルを全身で味わおう。
◇◇◇
「あの、そろそろ正気に戻ってくれませんかね……」
「く、そくぜしき、じゅそう、ぎょ、し……」
リバースは回避したものの。まさかジェットコースター一つでここまで壊れるとは思ってもみなかった。若干罪悪感もあるが、普段俺の事を散々言っているツケが回ってきたんだろう。今回は天に味方される俺であった。
「場違いだってわかってるんだけどさ、お母さん今までありがとうは面白かった、から、げ、元気出せよ……フッ、ふへっ、へへへへへ」
「その笑い方本当に気色悪いし癇に障るのでやめてください」
おっと、般若心経botがいきなり自我を取り戻した。心和は俺の事をよく分からないと言うが、コイツも大概だと思う。
「地に足が着いていることが、こんなに幸せなんて……今まで知りませんでした」
「いちいち大袈裟だな~お前。まあ、気ぃ取り直してどっか行こうぜ。メリーゴーランドでも乗るか?」
「……しき」
「へ?」
「なら、お化け屋敷……暑いので、涼みたいです」
「……よっしゃゴーカートだな、そうと決まれば行こう、すぐ行こう」
「言ってませんが」
報復のつもりなのだろうか。ここへ来て、俺が苦手な方の絶叫系を提案されてしまった。苦手なこと言ってないよね?なんで分かるの?ピンポイントで当てて来ないでよ。
人々はそれを、テーマパークと呼ぶ。
「という訳で正解は、デヅニーランドでしたっ!!」
デヅニーランド。国内最大の遊園地であり、年間来場者数1000万人を越える超ビッグでグレイトなデートスポットだ。園内には多種多様なアトラクションときゃわゆいマスコットキャラで溢れている。ここへ来たら、後は脳死で楽しむだけ。日常なんて地平線の彼方へ追いやっておしまい!
「デートと言ったらやっぱここだろ!どうだ?お前もちょっとは俺のこと見直し……」
「……っ」
ここで初めて、心和の表情が変わった。しかしそれは歓喜に満ちた笑みなどでは無く、今しがた彼女が浮かべている感情は―――絶句。
「あれ、心和ー?心和さーん?え?」
会話を試みるも全く反応が無い。そこにあるのは、夢の国を前にただ呆然と立ち尽くす少女の姿。こんなはずじゃなかったのに、どうして。
「……朝日くん」
「はい」
「ごめんなさい、テーマパーク苦手です」
「だろうね」
「こればかりは本当にすみません。言い忘れてました」
心和の性格からして、人の多い場所は苦手なんじゃないかとは思った。が、ネットで検索をかけたところ一番人気がここだったため、まあ大丈夫だろうとタカをくくっていたのだが。
「ダメだったかぁ……どうする?今から別の場所に」
「いや、良いです。交通費勿体ないので」
「まあ、そうね?……よし、来ちまったもんはしゃーない。こういう時こそ、モテ男の力の見せ所ってもんだ。ぜってー楽しませてやる。そしてあわよくば好きに」
「なりません」
「即答すな、悲しい」
さすが心和。どこまでも硬派な女だ。しかし今回は特に条件が悪い。はてさてどうしたものか。
考え込む俺を他所に、心和は問いかける。
「あの、前々から思ってたんですけど。なんでそんな好きになって欲しいんですか?」
「だから言ったじゃん、嫌われんのやなんだよ。皆に好かれてたい愛されたいピーポーなの俺は」
「気にしすぎです。それに私に好かれたところで、嬉しくもなんともないでしょ」
「何言ってんの?嬉しいに決まってんじゃん」
「……え」
そもそも好かれて嬉しくなかったら、こんな勝負持ちかけてすらいないだろう。誰かから好意を向けられるほど嬉しいことなんて無い。その誰かには、勿論心和も該当する。付き合うかどうかは別として、嫌われてた人からの印象がガラリと変わってくれたらと、ここ最近は強く思ってたり。
「君って、ほんと。変人というか、なんというか……」
心和は呆気に取られた顔で、円な目をぱちくりさせている。俺はそんなにおかしな事を言ったのだろうか。
「なんだよ、なんか文句あんのー?」
「いえ別に。ここまで来たら、私も楽しむ努力をしようと思いまして」
「お?やっと分かってきたか。感心感心」
「はぁ……ほんと君のことは、よく分からないです」
ならば分からせてやるさ!恋(?)の駆け引き出張版、ここに開幕!
「嫌です、ほんとに嫌」
「良い機会だろ?トラウマ克服しようって」
手始めに、遊園地のド定番であるジェットコースターへと誘導したのだが。初っ端からこれである。レールの上を登り、うねり、急降下する形姿はさながらドラゴン。その気迫に圧倒されてしまったのか、自称高所恐怖症である心和は完全に怖気付いてしまった。ちなみに俺は絶叫系大好きマンなのクッソわくわくしている。早く乗りたい。乗るにはコイツを説得しなきゃいけない。
「克服しなくていいトラウマがあるの知ってますか?知りませんよねあーそうですかお一人でどうぞ」
「一人だと周りから可哀想な人認定されちゃうだろうが!」
「別にいいでしょそのくらい。元々頭が可哀想なんですから」
「どーゆう意味よそれっ!」
俺達が騒いでいるせいで、周囲からは好奇の目を向けられている。周りから見ればただの痴話喧嘩にしか思えないのだろう。だがこれは、至って重要な議論なのだ。
「じゃあ分かった。ジャンケンして俺が負けたら諦めてぼっちコースターキメてくるよ。でもお前が負けたら一緒に乗ってお願い♡」
「嫌ですよ、二分の一で負けるじゃないですか」
「ジャンケンしないなら諦めない~閉園まで騒ぎ立ててやる。マジでするぞ?良いのか?」
さすがにそれは応えたのか、渋々「……分かりました」と拳を差し出される。完全に運ゲーだが、頼む神様!俺に、力をっ―――!
「それじゃ、ベルトお締めしますね~」
結果。勝てたは勝てたんだけど。コースターに乗ってからいよいよ心和のテンションがおかしい。さっきからずっと般若心経を唱えている。なんで覚えてるんだよ。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時」
「心和サンしっかり~?ヒッヒッフーですよヒッヒッフー」
「ちょっと黙っててください今煩悩を捨ててるので」
『お待たせ致しました。くるくるオウルジェット、まもなく発車します。オウルと共に夜の森の逃避行をお楽しみくださいませ』
そうこうしている内に、出発の時間が来てしまった。俺としては楽しみでソワソワしているのだが、果たしてアイツは……。
「くるくる?え、回るの?回るんですか?ちょっと待って聞いてないです。そんなオプション追加しないで下さいよどういう神経してるんですかお願い殺さないで」
どうやら煩悩を捨てることに失敗した模様。まさかここまでパニックになるとは。さすがに強引過ぎたかもしれない。
「ちょっとお嬢さん、落ち着きなはれ~?くるくるはくるくるオウルくんっていうキャラクターの名前」
『それでは出発致します!いってらっしゃ~い♪』
軽快な声と共に、死刑宣告(心和限定)が出された。陽気に手を振るスタッフさんがどんどん遠ざかっていく。レールの上を徐々に、徐々に上昇するコースター。
「うお~、たっけ~!てか心和大丈夫?」
「照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色《くうふいしき》色即是空《しきそくぜくう》」
「じゃないですよね、すいません」
高揚する俺とは裏腹にどんどん震えが強まっていく心和。手前の持ち手を内出血しそうな勢いで握りしめ、青ざめた顔で小刻みに震えている姿は、まるで産まれたての小鹿だ。正直ちょっと面白い。
コースターがレールの頂上まで到達すると、遊園地の景色が一望出来た。遠くに観覧車やメリーゴーランド、マスコットに群がる人々が見える。
「お母さん今までありがとう」
らしくない、か細い声が聞こえた瞬間。目線は強制的に下降し、全身は風を纏う。右へ左へ、上へ下へ。体を揺さぶられるスピードに昂奮で満ちた叫び声や、感嘆する声が一斉に飛び交った。
「わっはは、すっげ。ひゃっほ~!」
「ぁああ、ぁ……」
瞳を白黒させる心和を他所に、俺は一人で楽しんでしまっている。肌に触れる風が大変心地良い。あと3周はいけそうだ。唯一心配なのは、降りた時心和がリバースしてしまわないか、ということ。そしたら楽しませるどころでは無くなってしまう、のだが。
「ま、なんとかなるっしょ!」
今はただ、このスリルを全身で味わおう。
◇◇◇
「あの、そろそろ正気に戻ってくれませんかね……」
「く、そくぜしき、じゅそう、ぎょ、し……」
リバースは回避したものの。まさかジェットコースター一つでここまで壊れるとは思ってもみなかった。若干罪悪感もあるが、普段俺の事を散々言っているツケが回ってきたんだろう。今回は天に味方される俺であった。
「場違いだってわかってるんだけどさ、お母さん今までありがとうは面白かった、から、げ、元気出せよ……フッ、ふへっ、へへへへへ」
「その笑い方本当に気色悪いし癇に障るのでやめてください」
おっと、般若心経botがいきなり自我を取り戻した。心和は俺の事をよく分からないと言うが、コイツも大概だと思う。
「地に足が着いていることが、こんなに幸せなんて……今まで知りませんでした」
「いちいち大袈裟だな~お前。まあ、気ぃ取り直してどっか行こうぜ。メリーゴーランドでも乗るか?」
「……しき」
「へ?」
「なら、お化け屋敷……暑いので、涼みたいです」
「……よっしゃゴーカートだな、そうと決まれば行こう、すぐ行こう」
「言ってませんが」
報復のつもりなのだろうか。ここへ来て、俺が苦手な方の絶叫系を提案されてしまった。苦手なこと言ってないよね?なんで分かるの?ピンポイントで当てて来ないでよ。
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