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第34話 強制連行

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トップスにグレーのTシャツ、ボトムスはジーンズにベルトを締める。Tシャツの上には薄手の白シャツを羽織って爽やかな印象に。  
   腕時計を左腕に装着。安物ではあるが、それなりに雰囲気は出るだろう。襟を正して鏡の前に立つ。そこには、スタイリッシュなクールガイが映っていた。

「やべぇ……今日の俺一段とかっこいい」

   今日は一応、仮にも擬似デート(?)なのだ。私服には気合いを入れたい。かと言って気合いを入れすぎると「あれ、コイツもしや私の事好き?」と勘違いされることもあるので注意しよう。

「ふわぁ……おはよう、お兄ちゃん。朝からどうしたの」
  
  ワックスで自前のくせっ毛を整えつつ己の眉目秀麗さに酔いしれていると、翼が洗面所へ入ってきた。猫柄のパジャマ可愛すぎて怖い。

「おはよ翼。ねぇ、どうよ俺。めっちゃおしゃれじゃん?」

「うん、お兄ちゃんにしては割といい感じだね」

ってなんだよ。ちょっと傷つくんだが」

「冗談だよ、すっごく似合ってる!結構彼氏感出てるね」

「え、彼氏感出ちゃってる?……別に俺彼氏じゃないからな。そう見えるのは色々不都合かも」

「め、めんどくさい……」

     翼は未だ眠そうに、隣で歯を磨き始める。少しだけ伸びた背を見て、なぜだか急に寂しさを覚えた。でも髪のあちこちが跳ねて見事な寝癖が完成しているあたり、まだまだ子供だなとも思ったりして。

「ん、どしたのお兄ちゃん」

「いーや、なんでも。今日翼は部活か」

「うん、練習試合なんだよね。正直ちょっと憂鬱。だからさお兄ちゃん、僕の分まで楽しんできてよ」

   なんて純朴な子なのでしょう。人の幸せを一番に願う神の申し子……一周まわって末恐ろしいな。

「ありがとう……今度翼ともデートしてやるからな」

「僕はいいよ。本当に、いい」

   う~ん若干引き気味だな弟よ。まあ可愛いからよし。
   とはいえ、気合を入れすぎてしまったが、問題は心和が集合場所に来るか否かである。
例のメッセージ、既読はついたがそのままスルーされてしまった。まあ分かってたけどね?でも律儀なアイツのことだ。来てくれないこともなくもなくもないかもしれない。
   万が一。いや十が一くらいの確率で来なかったとしたら、俺のメンタルはバベルの塔と化す。

(きっと大丈夫だ。頑張れ男前、ファイッ)







   家から徒歩15分。並木道を通り過ぎ交差点を渡ると、周辺が一気に都会的になる。波のように押し寄せる人混みを掻き分け、改札前の窓口へ向かった。待ち合わせ場所としては、そこが一番目立つだろう。階段を一歩一歩上っていく。足を踏みしめる毎に、額に汗が滲み始めた。

(む、無駄足な気がしてきた……アイツ基本真面目だけど、こういうのをサボるのを関しては頭一つ抜けてるんだよなぁ)

   尚、今のは完全に偏見である。あくまで俺の中ではこういうイメージなだけであって、実際の人物像とは大きく異なる可能性があるので要注意。何に言い訳してるんだ俺は。
   電車が出発して少し経ったせいか、改札前の人混みは落ち着いてきている。ここで数分待っても来なかったら周辺を探し、それでも尚居なければ帰ろう。うん、そうしよう。
   

   同級生のピンスタやSwitterスウィッターなどを監視しつつ、時間を潰した。流れるように行き交う人々が、目の前を通り過ぎては現れ、また通り過ぎてゆく。「あ、いたいたー!」などととちらほら声が聞こえる。目的の人物を見つけたであろう声だ。その中に、俺宛てのものはない。

「……」

   来ねぇ!やっぱりかあのイケメンアレルギー!この場所に来てからかれこれ15分は経っている。電車通学である心和が駅で迷う可能性は低い。となると……

(別の場所に居るかそもそも来ていないかの二択……後者の方が確率は高い。が、ひとまず前者にかけてみよう)

   現在の所在地は西口。東口へ回り込み、近くの窓口や待ち合わせスポットにも足を運んでみたが、心和の姿は見受けられない。LINUを送信しても既読はつかず、時間だけが過ぎていった。

(やっぱりか……何やってんだろ、俺)

   途端に虚しさが押し寄せる。心和に向ける恋愛感情はなくとも、告白しようと呼び出した場所に相手が来なかった時の気持ちを、朝日は理解した。

「あー、帰ろ」

   ここで悲観的になっていても来ないものは来ないんだ。今はとにかく、帰りたい。
   家路に着くため元来た道を戻ろうとする。
……と、急にシャツを引っ張られる感覚が。

「やっと見つけました」

「その温厚さの欠片もない冷徹な声は……」

    くるりと後ろを振り返る。白いレースのブラウス、ビスケット色にチェック柄のジャンパースカート。そしてラセットブラウンの小さなリュックを背負った容姿は清楚そのものであり、制服時よりも彼女特有の幼さのような、愛らしい印象が際立っていた。

「心和!?」

「自分で呼んでおいてなんですかその反応は。もしや認知症……」

「俺はそんな老いぼれじゃない!てか、私服……」

「変でしょうか。そう思われているなら、思いの外傷つきます」

    そんなことは無い。むしろその真逆、似合いすぎていて怖いくらいだ。しかし彼氏でもない男に可愛いなどと言われてみろ。世の女子は戦慄し、相手に対する印象が気色悪いで埋め尽くされるだろう。特に、心和の場合は。

「くぁわっ……ぁ」

「?何してるんですか、歯軋り?」

「ぅい……んーや、新鮮だなと思って」

「はあ、これ褒められてるんですかね」

「どっちでもねーよ。分かったら付いてきなさい」

    喉元まで出かかった言葉を飲み込み、改札へと向かう。認めよう、今回の心和はマジで可愛い。マジで腰抜かすかと思った。だからこそ、このデートで優秀な成績を残したいところなのだが。

「はいはい、連行されればいいんでしょ」

「なんか囚人と看守みてぇなやり取りだな、これ。言っとくけど、許可したのはお前だからなっ!」

「迷惑をかけたのは事実なので、たまには大人しく言うことを聞きます。……それに断ったらまた面倒くさそうだし」

   本人は小声で言っているつもりだろうが、こちらにはばっちり聞こえている。心和の気質として、変なところで諦めが良いきらいがある。コイツも相当な変わり者だと感じる今日この頃。

「で、どこに行くんですか」

「それは行ってのお楽しみ。見てろよ、ぜってー楽しませてやるからさ」

   と言いつつ、波乱の予感がしている朝日なのであった。何か、何かが起こる気がしてならないっ!
   
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