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第26話 熱のせいで

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突然のことで上手く頭が回らない。今、あの冷徹女に寄りかかられているという状況に、全くもって理解ができないのだ。だって、理由がない。しかし背中に感じる温もりは紛れもなく―――

(心和の、体温……)

   心臓は鼓動を加速したまま、動き続けている。この意味不明な状況下でも、触れられているということだけは分かった。それも女子に。心和に。

「こ、心和。あの、いくら勝負をしているとはいえですね?付き合ってもない男子にこういうことするのは……」

「……きょー先輩」

「は?」

「響先輩は、どこですか?部活動報告を、しに行かないと……」

   真面目に、今日の心和はどこかおかしい。ボーッと遠くを見つめていて、さっきくしゃみもしていた。そしてこの支離滅裂な言動、まさかっ……!

「心和、ちょっと顔上げて」

「ん?顔、です」

   心和を背中から離し、表情を確認。
  頬は赤く蒸気し、視線は虚ろ。額に汗が滲み出て、呼吸も荒い。
   俺の独断と偏見による診断結果:熱

「心和瑞月さん、こんにちは。聞こえていますか?私の言葉が分かりますか?」

「馬鹿にしないで下さい。木琴と鉄琴の違いくらい分かりますよ」

「う~ん幻聴。めっちゃ夏風邪ですね、うふふふふ。おら保健室行くぞ」

   俺は心和の腕を引っ張り保健室へ連れていこうとする。が、心和はその手を振り払った。

「自分で歩けます。老人じゃないんですから……保健室ですよね。朝日くん、また怪我しちゃったんですか?」

「俺じゃない。怪我してるのはお前の頭……とにかく、保健室行って、少し休め。多分それじゃ、駅までもたないぞ?」

「余裕ですよ。ほら、この通、りっ!」

   心和は保健室の方向に向かって全速力でダッシュする。は、速い!さすが体育祭の時先陣切ってただけはある!

   ……が、僅か数メートルで動きが止まってしまう。そしてそのまま、バタリと廊下に倒れ込んだ。

「うお、えええええ?!おまっ、お前なぁ。無理するからそんなことに……大丈夫か?」

「ほけん、しつ……けんし……つ」

   倒れたまま立ち上がらない心和。おそらく、立ち上がれないのだろう。
   俺は心和の前方まで来ると、背中を向けてしゃがみ込んだ。

「致し方なし。ほら心和、おぶってやるから、背中乗れ」

「……やです。なんか君の背中不潔そうなので」

「現在進行形で廊下に寝転がってるやつに言われたくないね!それとも、おぶられる体力も無いのか?」

「あります、ありますよ。そんくらい……」

   何に対抗心を燃やしているのか、心和はむすっとしながら背中に乗る。
   ここ最近、女子を保健室に運ぶことが多いような……俺前世は担架だったのかもしれない。

「わわ。お、落ちそうです。怖いです」

「はいはい大丈夫だからね~。いざ保健室へ、出発進行っと」

「降ろしてください。揺れる、揺れます!……あ、意外と落ち着くかも」

   本日の心和さんは、情緒が忙しいご様子。

◇◇◇

「ありゃま、38.5はちどごぶもある。夏風邪引いちったかな~?」

   高熱の表示された体温計を見ながら、金平先生は頭を搔いた。心和はというと、ベッドの上で布団を被っている。

「しっかしおんぶしてくるとは……君達、短期間で仲良くなったねぇ。先生嬉しいよ」

「そうです、仲良しなんですよ~」

「仲良くないですが。勘違いするのも大概にしてくださいよ、脳筋ナルシスト」

「こういう時だけ語彙力戻るのやめて」
  
「はは。ま、どっちでもいいけどね。ほんじゃ、私は保護者の方に連絡してくるから。朝日、監視よろしく~」

   金平先生はご機嫌な様子で保健室を出ていく。いやなんで嬉しそうなんだよ。

「ここを通して下さい。私は伝説の剣マスターソード、略してマスタードを取りに行かなきゃいけないんです」

「あら不思議。略すとただの調味料!……じゃなくて、そんなモノ無いから。マスターソードは、ラノベの世界に置き去りにされているのです」

   今日の心和、マジで何言ってるか分からない。風邪引くと語彙力よわよわになるタイプか……。酔っぱらいの世話してる気分だ。

  そういえば、俺はここ数年風邪を引いていない。小学校の頃は割と病気がちだった気がするけど、中学に上がってからは皆勤賞を獲得した程の健康優良児だ。ぶっちゃけ休みたい気もするけど、元気に越したことはないだろう。

「そして、さっきからこっちを見てる心和さんは誰かな~……なんか用?」

「……なんでいるんですか」

「語彙力だけでなく記憶まで喪失したか!ここまで運んできたの誰だっけ~?俺だよね。感謝よろしく」

「あぁ、そうでしたね。はい、思い出しました。……あざす」

「雑感謝どうも。てか、お前がそういう口調なの、珍しいな」

「悪いですか?」

「いや別に。別に~」

   弱っていようとも、俺への刺々しい態度は相変わらず。逆に少し安心した。

「保健委員、見つかりましたか?結構待ってるつもりなんですけど」

  おっと、まさかその件を今思い出すとは。意味不明な発言したり急に真面目になったり、今日のコイツのテンションに置いてけぼりにされてる、ぶっちゃけ。

「実はその件で、残念なお知らせがあります。なんと委員会は有期雇用契約につき、一年間委員の変更は出来ないそうです」

「……は?」

   これはデタラメではなく、本当《マジ》の話である。代理の委員を探す前に、念の為担任と金平先生に確認を取ったが、「出来るわけないじゃん‪。何、めんどくさいの?頑張って~‪w」と煽られるだけだった。

「えっ……最悪。最悪です。あでも、私一週間以内にキュンとさせられなかったらやめて下さいって、言いましたよ」

「保健委員をな。勝負をやめろとは言っていない。てなわけで、お前が嫌がろうと、俺はお構いなく勝負を続けさせて貰う。ごめんなっ」

   いつも舐めている俺に揚げ足を取られたのが癪なようだ。心和は思いっきりこちらを睨んでいる。ノーダメージ。視線が弱々しいですこと。

「そんな……私は二、三日の延長だと思って承諾したのに……弱ってる時こんなの聞きたくなかった」

「お、一応自分が弱ってる自覚はあんだな。お利口さんだネ~^^*」

「……マジでムカつくんですが」

   少しだけ、いつもの調子が戻ってきたようだ。このテンション、謎の安心感ある。でも俺はMじゃない!

「朝日くんのばーか。ばかやろう……ふふ、ばかひくん」

   ……前言撤回、まだ本調子では無いようです。あと今の言い方、ちょっと可愛いのやめろ。
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