上 下
26 / 36

第25話 恋だとか想いとか

しおりを挟む
「本っ当に、兄がご迷惑をおかけしました!」

   遅くまで帰らない両親に代わり、先輩の家まで翼が迎えに来てくれた。弟にお迎えされるって、真面目に申し訳ない。着替えのTシャツと短パンまで持ってきてくれたし、翼には頭上がらねぇな。

「ほらお兄ちゃん、ちゃんとお礼」

「ありがとうございましたッ!」

「迷惑なんて、いいのよ全然。お兄さんのおかげで、こうして貴方と出会えたんだから」

「え、え?あ、はい。そうなんですか……?」

   出たよ、先輩の年下好きアピ。ここでおねショタフィールド展開しようとすんのはマジでやめて欲しい。

「ちょっと、うちの弟に色目使わないで下さいよ~」

「弟?弟って言った?……まさか現代にリアル男の娘が存在するなんて、薄い本が厚くなる事案だわ」

「だーかーら!翼をそういうのに巻き込まないで下さい。先輩の変態、年下好き!」

「お兄ちゃん、薄い本ってなんのこと?」

「よーしよしよし翼は何も知らなくていいんだ。だからそれ以上の追求はよしてくれ。お兄ちゃんが死ぬ」

「わ、分かった……」

  最近になって本性表しやがったなこのロリショタコンパイセン。もはやキャッチコピー意味わからん。

「そうよ、翼くんは何も気にしなくていいの。だからちょっとうちに住んでみない?」

「えー!……どうしよっかな」

「はいそこ!ちょっと悩んでるんじゃありません!翼には、ホームスイートホームがあるだろ?」

   多分翼、先輩の家の内装を見て悩んだんだろう。コイツ意外と現金なとこあるからなぁ。

「それもそうだね。あんま長居しても申し訳ないし、そろそろ帰ろうか。今日は、本当にありがとうございました。紫水さん」

「紫水さんなんて野暮ったい言い方やめてちょうだい。響さんと、そう呼んで欲しいわ」

「り、了解です……」

「あーはいはいお邪魔しました~!」

   翼を無理やり押し出すようにドアを開けた。夜の涼風が頬を掠める。

「あ、そうだ先輩。いっそ私と貴方が付き合えば、なんて。冗談でも言わない方が良いですよ。俺だったからよかったけど、男はそういうの、結構勘違いするんですからね」

  仮にも女性。もし勘違いをさせてやばい男に狙われでもしたら、ちょっと胸糞悪い。紫水先輩ならなんとか出来ちゃいそうな気もしなくないが。

「そうね。貴方みたいな木偶の坊に狙われるなんて、私もごめんよ。次から気をつける」

「またそうやって俺のこと罵るんだから……ほんじゃ、また学校で」

ぱたり、とドアが閉まった。紫水響はドアが閉まったのを確認してから、誰にも聞こえないように呟く。

「……ほんと、生意気な後輩」




帰り道。翼がコソコソと俺に聞いてきた。

「ねぇお兄ちゃん。響さんと何かあったの?やましい事とかした?」

「してねぇよ。ただお茶をご馳走になってただけ」

「ふぅん……」

「そんな訝しげに俺を見ないでっ!マジだから!ほんとに何もしてないから!」

◇◇◇

   さて。体育祭の汚名返上をするため、俺は次なる作戦を考えた。その名も、『ドキドキ!壁ドンパニック♡』
   作戦内容は名前の通りである。通りがかった心和に壁ドンし、甘い言葉を囁く。これのために少女漫画読み漁って、練習までしたんだからな。

「声かけて、壁ドンして、俺結構本気だから、俺結構本気だから、俺結構本気だから……よし」

   リハーサルもバッチリだ。いける!俺の顔面ならイチコロだ!

『その孤独に、貴方は向き合える?』

  ふと、紫水先輩の言葉が蘇る。心和には恋愛に関するトラウマがあると先輩は言っていた。でも心和曰く、初恋はまだらしい。となると、他人の恋慕に巻き込まれた……って感じか?

(トラウマって言うくらいだし、怖がらせちゃったらどうしよう……いや、怖気付くな俺!ここで逃げたら、昨日の練習が無駄になるだろ!)

   とりあえず、人前でやるのはさすがの俺も恥ずかしいので、どっか人気のない所に誘い込みたいんだが……ん?この言い方だと語弊しかない。

(まあここは普通に……)

   俺は心和の席まで近寄ると、爽やか笑顔全開で話しかけた。

「心和さん。ちょっと大事な話があるんだけど、今いいかな?」

「はくしょっ、ん……」

「心和さん、聞いてる?大事な話が……」

「……」

   おいマジか。コイツ無視決め込みやがったぞ。

「心和さーん。あれ?聞こえてない?心和さん、こーよーりさーん」

「……」

「無視されるのはちょっと、傷つくな~……なんて」

「……あ。え?なんですか?」

   コイツあからさまに居るの今気づいた、みたいな反応しやがって!

「大事な話があるから、ちょっといいかな?」

「……はい、分かりました」

   あれ?無視してた割には素直?

「どうせまたしょうもないなんとか作戦なんでしょ。乙です」

「おい、あんまクラスでそのこと言うな変人だと思われんだろ」

「元々じゃないですか」
  
  呆れられてんなこれ。はいはい付き合えばいいんでしょ的な。だがしかし、コイツも乙女の端くれ。少女漫画の一つや二つ読んだことあるだろう。そして壁ドンに「キュンっ♡」としたことも。今回はかなり期待できるのではないだろうか!

◇◇◇

  俺は屋上へ続く階段へと心和を案内する。ここは人が来ないスポットなので存分にかっこつけられる。やましいことはしませんからね!一切!

「……変態」

「まだ何もしてませんが?!」

「まだってことは、これからしようと思ってるんですか。こんな所に呼び出す時点で、もう決まったようなものですよね。はい、起訴」

「違います!大事なお話って言ったよね?人の話聞いて」

    俺は深く息を吸い込むと、壁に追い込む形で心和にずずいと近づく。そして、思い切り壁に両手をついた。こうすることによって、相手は逃げ道を失う。

「あのさ、お前は単なるお遊びだと思ってるんだろうけど。俺、結構本気だから」

   ……き、決まったァー!かっこいい、俺最高にかっこいい!ちょっと急展開すぎる気もするが、イケボ&最高のシチュエーションだ。

(さあ心和、どんな反応を……ってあれ?)

   心和は壁についた腕の下をくぐり抜けようとしている。え、そんな逃げ方あります?

「ちょ、おい逃げんな」
  
   俺は逃がすまいと、心和を追いかけるように壁へ手をつく。それでも逃げようとする心和。しばらく、この意味不明な追いかけっこ?が続いた。

「ねぇなんで逃げるのさ。ねぇ!」

「だって、やっぱりしょうもないじゃないですか。それに壁ドンとか古すぎません?少女漫画の受け売りにしても、もっとマシな行動があるでしょ」

「ギクッ」

   壁ドンって、もう古いの……?流行りが移り変わるの早すぎない?

(でも良かった。怖がってはなさそう。いつものテンションみたいだし……)

   コイツのトラウマがあるにしろ無いにしろ、この関係性をはっきりさせなきゃいけないとは、俺も思っている。これはきっと恋じゃない。だからこそ、俺自身とコイツ自身の意思を確かめておかなきゃ。

「なあ心和。もし、もし仮にだよ?俺が付き合って欲しいっつったら、お前付き合う?」

「……フィッシュアンドチップスがどうかしましたか?」

「いや誰もそんな話してないです。だからお前は」

「私あれ食べた事ないんですよね。めっちゃカロリー高いらしいじゃないですか」

「どっから出てきたんだよフィッシュアンドチップス!」

   俺の勘違いかもしんないけど。なんか今日の心和変じゃね?人の話をまるで聞いてないっていうか、やけにボーッとしてるというか……。

「もう休み時間終わるんで、教室戻ります。戻るんです、私は」

   心和は階段へと足を踏み出す。が、段差でつまずき体制を崩した。

「わっ、ちょ危なっ!」

  慌てて心和の腕を掴む。間一髪だ。階段から落下して骨折とかになったら、シャレにならん。俺も経験したことあるけど、骨折はマジ面倒だし痛いからな。

「心和、お前大丈夫?」

「ん、平気です。すみません、掴んでいただいて……」

「心和さ、なんかあったん?今日ちょっとおかしくね?」

「おかしいのが平常運転の人に言われたくないですね。私は至って普通ですから」

    そのまま階段を降りる心和。上手く言えないけど、いつもより罵倒にキレがないな。話し方もめっちゃゆっくりだったし。

「なんなんだ?一体……」






   で、結局放課後になってしまったわけだけれども。壁ドン作戦は失敗に終わり、甘い囁きの効力もゼロ!いよいよ後がない、俺!
これ以上何すればいいのか分かんねぇ!

「……はあ。はあ~~~~~~」

   思わず深いため息。一人を惚れさせるって、こんなに大変なんだ。今までは何もしなくたって、たくさんの人が勝手に俺を好きになってた。でも最近の奴らときたら……なんで俺のかっこよさが分からないかなぁ?!人生損してますよ、全く!

「……帰ってゲームでもすっか」

   下駄箱を開け、上履きを履き替えていると、横に心和が。こんな時に鉢合わせるとか、ちょっと憂鬱。

(今は話しかけんでおこ……無闇にいっても、また罵倒されるだけだしな)

   ローファーを履き、心和に背を向ける。もう、心和ちゃんのバカっ!知らないっ!

  ……と思った瞬間。こつり、と背中に何かが当たった。微かにのしかかる重み。布を通して、仄かな温もりが伝わる。人肌の温もりだ。俺の背中に、誰かが寄りかかっている。

「あ、の……」

   ゆっくりと振り返る。心和だ。心和が、俺の背中に寄りかかっていた。肩に頭を寄せられ、首元に息がかかる。くすぐったい。

「心和……心和さん?」

  認識した途端、跳ね上がる鼓動。普段言い争っている仲とはいえ、いきなりこんな事をされれば緊張するのは自然の道理。
  ……じゃなくて、どうしちゃったのこの子。
しおりを挟む

処理中です...