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第22話 そこの後輩、レンタルさせていただきますっ!

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借り物競争。ある意味体育祭のネタ枠と言っていい。皆さんはこれを、ただのお遊びだと思ってはいないだろうか。それは違う。借り物競争とは!例えどんな無理難題が来ようと、必ずなければならないこと!これを念頭に置かなければならない。
    まあ、何が言いたいかと言うと。

(俺この競技苦手っ☆)

   人数合わせで入ったは良いものの、俺はこの競技に苦手意識があった。単純に体を動かすだけでなく、くじに書かれた物を探さなくてはならない。それにくじの内容によって、誰に話しかけるか変わってくる。もし仮にタオルとかハードルの低いものであれば快翔にでも借りるが、コスメとかだったらどうしよう。いくらモテているとはいえちょっとハードル高い。俺が自分から声かけるってことは、周りからそいつのこと好きなん?!みたいに誤解されそうだしおひたし。

「選手の皆さんは、位置に着いてください」

   威勢のいい声が聞こえる。うえぇ、面倒臭い……俺だけ学年対抗リレー三周走るから、これは免除してくんないかね。

「位置に着いて、よーい」

   再びピストルの音が鳴る。選手は一斉に箱を目指し、走り出した。やれやれ、やるしかないのか~。
   箱の中に手を突っ込み、ガサゴソと中を漁る。闇鍋を素手で掻き回してる気分だ……はてさてどんな魑魅魍魎が待ち受けているのだろう。
 
  (よし、君に決めた~と)

 適当な紙を一枚引き抜き、中身を確認する。そこに書かれていたのは、

   『後輩(女)』

  ………………ん?俺若干流行りに疎いところあるから知らないかもなんだけど、後輩っていう便利グッズがあるのかな。年下って意味の後輩と名前が全く一緒だけど、もしかしたらそういうものがあるのかもしれないね?
   おいふざけんじゃねぇぞ。誰だよこれ入れたヤツ。完全にテメェの趣味押し付けてんじゃねぇか。もはや物っていうより者。……とりまそれと無く内容をぼやいて、誰かの立候補を待とう。

「女子の後輩って……ハードル高いなぁ……」

 「後輩……?今後輩って言った?」

 「朝日先輩~!私を借りてくださぁ~い!」

「なんなら彼女としてもレンタルOKでぇ~す♡」

「レンタルじゃなくて購入手続き、してみませぇん?」

  甘い罠俺の言葉を嗅ぎ付けた女子生徒達から、続々と立候補が上がる。思った以上の成果だ。でも立候補が多すぎて誰を選んでも怒られそう。モテすぎて辛いのはこういう部分だな。

(どうしよう……知ってる子が誰もいない)

   適当に選んでも、顔がタイプの子を選んでも、同じ白組の子を選んでも地獄。体育祭が俺を争う血祭りに早変わりするだろう。このグラウンドがコロシアムと化してしまう。そうなったら、借り物競争どころじゃない!マジでどうしよう!

「ちょ、危なっ。うわ!」

  後方でドスン、と音がした。振り向くと、ツヴァイが膝を抱えて座り込んでいる。結構な勢いで擦りむいているようだ。俺と同じで石につまづいたか、誰かの足に引っかかったらしい。かなり派手に転んだらしく、血がダバダバ溢れ出していた。

(うぇ、痛そ。あれ大丈夫か?でもただのすり傷っぽいし、係の奴に頼んで……)

「マジ最悪……痛っ」

   ツヴァイは顔を歪めながらしゃがみこんでいる。机に手をついてなんとか立ち上がっているようだったが、あの流血だと結構キツそうだ。

(何やってんだよ係。放置すな!……あぁ、もうクソ!)

   いくら敵チームとはいえ、こういう時に迷ってたら真のイケメンにはなれない。俺はツヴァイの元へ駆け出した。

(……ん、待てよ。場合によっちゃこの展開、好機かもしんない)

   今、俺の頭には一つのアイデアが浮かんでいる。競技にも貢献し、且つツヴァイを手助け。さらには俺のイケメン力をアピールする方法が。ツヴァイ、悪いがこの機会、利用させて貰うぞ。

「ツヴァイ、少しだけ我慢しろよ!」

「は?センパイ何しに来て……って、は?!」

   俺はツヴァイの膝と背中を抱き抱え、そのまま持ち上げた。いわゆる『お姫様抱っこ』ってやつだ!

「ねえセンパイ何考えてんのキモイんだけど!」

「いいから、ちょっと黙ろうね!」

   俺はそのままゴールへ突っ走る。ゴールテープは既に切られていたが、辿り着けただけまだマシだろう。女子の後輩……こんな借り方も、アリっちゃアリよね?

「椿井さんずるぃ~!」

「でも椿井さん、なんか足怪我してない?」

「怪我した女の子をお姫様抱っこなんて、さすが朝日くん。かっこいいね!」

   ふふん、どうだ。俺にかかれば嫉妬も賞賛の声に変わる。ほぉれ男子共、羨ましがれ!

「く、くじを拝見しま」

「女子の後輩です!では!」

   係の質問に少し食い気味に答えた。さて、あとはツヴァイを保健委員のテントに連れていかなければならないのだが……ここで思わぬハプニング。どうやら熱中症患者が出たらしく、ちょっと手こずってそうだ。致し方なし。作戦変更っ!

「金平先生!一旦校舎の保健室連れてっていいですか!」

  大声で叫ぶと、金平先生がグッドサインを出してきた。よし成功、このまま方向を転換し、校舎まで突っ走る。

「センパイ、センパーイ。ねぇ聞いてる?おい聞けよ。いい加減降ろしてくんない?こんなん公開処刑だって……あーダメだ。全然聞いてない。耳ほじくってやろうかな」

◇◇◇

「あーマジ最悪。今日最悪でしかない。髪崩れたし」

   ツヴァイはスマホを鏡の変わりにして髪の毛を整えている。先程の幼いお団子とは一転。髪を下ろしたツヴァイは、どこか大人っぽい。

「てかさ、センパイってああいうの平気でやっちゃう感じ?さすがに顔が良くてもキツいっしょ」

「うるせぇな。運んでやったんだから感謝しろ」

「頼んでもないことしたのセンパイじゃん。うざ……はあ、なんか萎えたわ」

「ん、ひょっとしてお姫様抱っこされたの恥ずかしかったのか?お主も結構ウブよのう」

「違う違うそれじゃない。あたしさ、一時めっちゃ熱中しちゃうとすぐ冷めるんだよね。今日の体育祭も、最初すごい盛り上がってたけど、怪我した途端ぜーんぶどうでもよくなったっつーか」

   スマホを弄りながら淡々と語る口調を、絆創膏や消毒液を片付けつつ聞いていた。コツコツと、画面に爪の当たる音がする。

「ネイル……」

「ん?」

「あれか?今流行りの、じ、ジェリー……ジュエリー?
ランジェリー?ネイルだっけ」

「ジェルネイル。ランジェリーとか、キツすぎw冗談にしても無いわ~」

「なんでだよ!つか、ランジェリーってなんだっけ」

「……教えない。ググれば?」

「ツヴァイちゃんの意地悪~。でも、それ結構おしゃれだな。今度、翼にやり方教えてもろても?」

「だしょー!あたしも翼ちゃんに教えてあげたい!これあたしのオキニなんだぁ♪……ま、どうせすぐ飽きるけど」

   絆創膏やらを片付け、くるりと後ろを振り向く。顎の下に、ツヴァイの爪先があった。白い素足が目前に迫る。……コイツ、SMの女王か何か?

「だ・か・ら。センパイにも、すぐ飽きちゃったりして」

   2人きりの保健室に流れる、妙な沈黙。ニヒルに笑うツヴァイの顔が、俺を弄んでいるようで、非常にムカついた。

「ずっと足上げてるのキツくね?」

「ん~別に。若いんで」

「俺と一歳しか変わんねぇだろ……いいか。お前が俺に飽きようが飽きまいが、正直どうでもいい。てか、そもそも俺を気に入る理由が分からん。顔面が良いからか?」

「面白いから」

「あ、そう。まあ知ってたけどね。全然傷ついてないし」

「その辺が面白いって言ってんの」

「そりゃどーも。でもな、俺は面白いよりかっこいい男を目指してるわけさ。芸人じゃあるまいし……」

「違うの?‪w」

「違いますぅ!あーもう、いいや。とにかく、飽きるなら勝手にどーぞ!」

   俺が言い切ってしまうと、珍しくツヴァイは黙り込んで口を尖らせている。いつも揚げ足取られてばっかだが、こういうとこを見ると、やっぱ後輩だなって思う。

「センパイのくせにつまんな。まじおもんない」

「なんとでも言え。俺はもう行くからな」

「勝手に行けば?逆に失せて欲しい。邪魔、あっち行けし」

「何拗ねてんだよ……あと、絆創膏はあんまり長く付けてると逆に傷治りにくくなるから、二、三日したら外すんだぞ。保健委員のお兄さんと約束だ」

   俺はビシッと指を指して、その場を立ち去る。ツヴァイはそれ以上、何も言わなかった。ほんとに、よく分かんねぇやつだな。
……さて、残す種目は学年対抗リレーのみ。最後の大勝負、いっちょ華麗に決めるとしますか!
   出口から出ると、頭の上に何かが落ちる感覚。なんだか冷たい。水滴だろうか。

(ん?なんでだ?)

   その後まもなく、ゴロゴロと遠くから音がし始め、同時に水滴が一つ、また一つと空から降り出した。
   放送が、流れる。

『えー、大雨警報が出されたため、本体育祭は中止とさせていただきます。保護者の皆様、せっかく御足労いただいたのに申し訳ありません。生徒の皆さんは校舎へ戻って……』

    え?えええぇ……そんな終わり方ある?
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