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第19話 友人とは

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   「ではこれより、第70回楓葉ふうよう高等学校体育祭を始めます」

   校長が祭りの始まりを示す。グラウンドにずらりと並んだ生徒達と、見慣れない保護者の面々。それによって煽られる緊張感。体育祭が始まった、という感じがする。
   
    何気に初めて学校名明かされたので補足。
俺が通っているのは市立楓葉高校。今年で築70年のちょいご長寿校。普通は100年とか経ったらやるもんなんだろうけど、木材が悪かったのか数年前に建て替え。校舎は比較的綺麗だ。俺が入学した時には既にピカピカだったし。偏差値は気持ち高め。だが「それって頭良いところ?」って聞かれると微妙。良くも悪くも普通だと思われる。校舎の建て替えをしてからというもの、倍率が格段に上がって一昨年は大変だった。ま、受かったけどな!

「次の種目は、大縄跳びです。出場選手の皆さんは、規定の位置に整列して下さい」

   大縄は俺の出場種目ではない。二つ後の綱引きから連続してクラス対抗リレー、一つ空けて借り物競争、最後に学年対抗リレーだ。さらに玉入れの時保健委員の当番と役割が多い。でもいいんです、これで。

(程よい疲れってのは、やっぱり大事だよな。くぅ~っ!勝ちてぇ)

「あーんちゃん」

「うおっ、ビックリした。なんだ、快翔か」

「なんだってなんだよ。一緒に席戻ろーぜ」

  後ろから同じクラスのサッカー部、伊藤快翔いとうかいとに声をかけられ、席の方へ向かう。快翔は茶髪で、両耳にピアスを開けたちょっとチャラい奴だが、根は悪くない。むしろ良い奴だし、何気に頭が良い。でも時たま目に光が無くなるので少し不安だ。
   そして、俺の素をさらけ出せる数少ない人物。勝手に親友だと思ってるけど、コイツはどうだろうか。

   席に向かう途中、保健委員のテントの前を横切った。その下で、心和が金平先生と何やら話し込む姿が。いつもは下ろしているセミロングを、今日は珍しくポニーテールに。女子が体育祭とか文化祭のとき、一斉にヘアアレンジする現象に名前をつけたい。

(ポニテ……悪くないね)

「おい空。空くぅ~んどちたの~?だいじょぶでちか~?」

「うるせ。早く戻るぞ」

   アイツはほんと、黙ってればなぁ……。

◇◇◇

「最近朝日と仲良いじゃん。えぇ?」

   金平先生は、箱の蓋を開けながらタバコを取り出そうとする。私はその手をすかさず掴んだ。

「今はやめてください。生徒に受動喫煙させる気ですか」

「おっと、これは失敬。つい手癖でね」

   先生は渋々タバコを箱へ戻すと、私に目線を移した。

「で、何。朝日と付き合ってんの」  

「逆になぜそう思ったのか聞きたいくらいですよ。向こうが一方的に付き纏ってるだけなので」

「へえ、なんだ。残念。でも先生的には、もっと交友関係を広げて欲しいなぁ。恋愛とか関係なく」

「語弊があるので言いますけど、私別に友達がいないわけじゃ……」

「はぁいはいそれは分かってる。心和はさ、なんていうか、真面目すぎだと思う」

   先生はこう言うけれど、私自身、そこまで規則や規律を気にしているわけではない。最低限のマナーだとか、TPOを守ってさえいれば、なんでもいいと思っている。他人が校則違反する分には許容範囲内だ。

「風紀が乱れる!みたいな人に見えますか?私」

「いや、そういう事じゃなくてさ。心和が真面目なのは人間関係。持ちつ持たれつを意識しすぎて、結果的に周りが寄り付かなくなっちゃうタイプ。それって、結構寂しくない?」

「……特には」

「あ、ちょっと強がってるでしょ。素直になれよ~って言っても、そう簡単にならないのが君達の年頃か」

「……せん」

「ん?」

「友達の作り方が分かりません」

  きっかけがない、 話題がない、声をかけるタイミングが掴めない、話についていけない、テンポが合わない、異性への苦手意識。そういった雑念が入り交じって、いつの間にか会話することさえ億劫になっている。だから初めて響先輩が話しかけてくれた時は、とても嬉しかった。自発的にじゃなく、他発的に話しかけてもらわないと会話のできない性格。自分でも厄介だ。
  金平先生は少し考えてから、顔を顰《しか》めた。

「……コミュ障?」

「かもしれないですね」

「じゃあさ、尚更朝日が自分から話しかけてくれるのって、嬉しいものじゃない?」

「男性は苦手なんです。それに、朝日くんの場合は性格も……」

「先生には正直になってもいんだぞ。では、心和君に質問。ここだけの話、ぶっちゃけタイプじゃ」

「ありません。無理やりカップリングにするの、どうかと思いますよ」

「即答せんでもいいじゃん。ぶー」

   先生は頬を膨らませた。この人は少し、子供っぽ過ぎると思う。でもそのおかげで、幾分か話しやすくはあるけれど。

「ま、何はともあれ。せんせは見守ることしか出来んなぁ。相談くらいは、乗ってあげられるけどね。金平お悩み相談室、気軽においでませ~?」

「気が向いたら利用させていただきますね。大縄が終わったみたいなので、そろそろ戻ります」

「おー、お疲れさん。……やれやれ、若造は難しいねぇ」

   席に戻ると、女子が一部に固まっている。原因は、間違いなく"彼"。

「朝日くん頑張って♡」

「期待してる!ファイトっ!」

「みんな、ありがとう」

   朝日くんは人混みを選手入場の待機場所へ向かおうと人混みを掻き分けた。その時、一瞬目が合って、ウィンクを一つ。 見てろよと言わんばかり。こういう所、本当に苦手だ。
   苦手だから、私は舌を出して見送る。不服そうな顔をされたけど、苦手なものはしょうがない。
  
  
  ――― せいぜい、私にムカついて下さいね。朝日くん。
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