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第13話 保健委員は辛いよ③

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「ねね、なんで最近心和さんと仲良さげなん~?」

「うちらとも仲良くしてよ~」

    この状況、どうする?!元はと言えば俺が発端。俺がモテすぎているあまり、こいつらの嫉妬心が燃え、心和が炎上……って程でもないけど。被害を受けている。

※コイツ(朝日くん)に悪気はありません。
   
  (でもさ、よくよく考えたらあいつ俺に散々なこと言ってきたじゃん。いい気味だよ、いい気味。うん、そうだ。心和なんて、どうでもいい)

   そう、思っているはずなのに。なんだ?この、胸に突っかかる感じ。

「朝日くん。聞いてますかー?」

「もしかして、集計のこと気にしてる?だぁいじょぶだって。心和さんがやってくれるから。ね」

  

   俺は正直、心和のことが苦手だ。それまでほぼ交流が無かったのに、いきなり屋上に呼び出し、告白かと思わせといてまさかの嫌がらせ。それから罵倒罵倒の日々。だからこれは、俺のプライドを粉々に砕いた罰だろう、きっと。
  
 ―――でも。それでも。無理難題押し付けられたのに文句も言わず、ただ黙々と作業してるあいつの背中見てたら。恨む気なんて、失せちゃうんだよ。

   勝負をしかけたのは俺だ。それによって、心和に被害が及んでるってんなら、ケジメはつける。

「ごめんね。俺、集計やるから」

「え?」

「だからそれは心和さんが」

「俺さ。他人に仕事押し付けて、自分だけ楽しようとする奴って嫌いなんだよね。それに、カースト上位でバラモン気取ってる女子と遊ぶのも」

   二人は困惑した表情で顔を見合わせる。俺は息付く間もなく続けた。

「あ、バラモンっつっても分かんないか。バラモンっていうのはカーストの一番高い位のことなんだけど」

「え、ちょ朝日くんどうしたの?」

「今日なんか変だよ。らしくないじゃん」

「らしくないって、じゃあ君らは俺の何を知ってるの?」

   その場が凍りつく。それでも、言わなければ気が済まなかった。自分でもなんでこんなムカついてんのか分かんないけど、とにかくこいつらをギャフンと言わせたい。

「最近心和さんに話しかけてたのは、俺なりの事情があったからであって、付き合ってるわけじゃない。憶測でものを語るのは、頭悪く見えちゃうよ」

「……」

「ごめんね。少し強く言い過ぎちゃったかな?でも、そっちだって心和さんに酷いこと言ってたよね。イーブンイーブン。あ、集計はこっちでやっとくから。二人は先帰っていいよ。お疲れ様」

   二人組はしばらく黙っていたが、そのうち「……いこ」とその場を立ち去った。何やらボソボソと話している風だったが、気にする必要は無い。なにせ、信頼度はあいつらより俺の方が上だ。朝日空が実はクズ!みたいな噂が広まったとして、事情を説明すれば皆分かってくれるだろう。

(しっかし今どき、あんな古典的な嫌がらせする奴いるのな~。だる)

   俺は席へ戻ると、机の上に散らばったアンケート用紙を手に取り、集計を始めた。心和は相変わらず、作業する手を止めない。

「反吐が出るほど向こう見ずですね。熱い討論ご苦労様です」

「あ、聞いてたのね。討論というか、俺が一方的にキレてただけだけどな」

「どうして、あんなこと言ったんですか」

「別に。元はと言えば俺がモテすぎてるせいだし?それで対戦相手に迷惑かかってるのは、フェアじゃないだろ」

「自慢にしか聞こえないんですけど。ほんと、くだらない」

「お前もな。なんでもかんでも安請け合いすんじゃねぇ。少しは自分の身も考えろ」

「またご自慢のモテテクですか?そうやって心配することで、私をキュンとさせたいんでしょ」

「さあな。想像に任せる」

   お互いに作業をしつつ、淡白な会話を繰り広げた。少しは見直して貰えるかと思ったが、中々そうもいかないらしい。やっぱ、前途多難。でも、こいつのことをとやかく言われるのは、普通にムカつく。だって、俺の方が、心和の嫌な部分を知ってるから。何も知らない奴に介入されたくない。

(外見だけじゃなく、内面を。か……)

   物思いに耽っていると、心和の口が開く。

「……ありがとうございます」

  小さな、小さな声が聞こえた。囁くような、本当に微かな声。目線は未だアンケート用紙に向けられている。でも。今の言葉は、紛れもなく俺に向けられたものだろう。
   ……感謝、された?

「ぅ、おぅおうおぅ。まあ朝日くんにかかれば、こんなもんっすよ。はは」

「なんかいきなり挙動不審……」

   だって!日頃あんな扱いを受けているわけじゃないですか。いざ感謝されると、こう……ちょっとむず痒い。

(こいつ、なんも思ってないの?お礼とか平然と言ってのけちゃうタイプ?ずるくない?)

「手、止まってますよ」

「うるせ。てか、これ絶対二人じゃ終わんねぇだろ。どうするのさ」

   目の前には紙の山が積み上がっている。全校生徒約700名分のアンケートを、たった二人でどうにかできるものなのだろうか。

「ほんと、お前アホだろ。身の程って知ってる?この数を一人でやろうとするその安易な考え。危険ですよ~」

「あの~……」

「断ったら余計面倒くさくなるでしょ。いいから作業を続けてください」

「あのぉ……」

「あーはいはい分かりましたよ。ったく、他のやつも薄情だよな~。それでもほんとに人間か!って」

「……あ、の」

「私も、まさか全員帰るとは思ってませんでしたけど」

「あの!」

「お?」

   ドアの端からちらちらと覗く怪しい人物。どうやらこちらに向かって話しかけていたらしい。

「委員長。なにしてんすか」

「あの、僕も手伝います。帰ろうかとも思ったのですが、やはり委員長として押し付けるのは良くないな、と」

   ここで救世主登場とか、神か!ありがとう委員長!お前が神だ!

「助かります。とても」

「でもさ、ゆーてまだ3人よ?やっぱ人手足りんくない?」

   そう言った矢先、後ろのドアがガラッと開く。

「おつ~。あれ?柳原先生は?」

   この人は保健の金平かなひら璃音りと先生。栗色の髪をシュシュでサイドテールにし、セーターの上に白衣を身につけている。外見は美人でとても清楚に見えるが、その本質はヘビースモーカー、飲兵衛、パチカスの親父要素三段構え。俺も最初は外見に騙されていたので、近所のパチ屋から出てきた時は目玉が飛び出るかと思った。しかし仕事はちゃんとやる人なので、何も言えない。
   ちなみに、柳原先生とは、数学のハゲ教師のことである。

「なんか今日来てないんですよ。教師のくせにサボりですかね」

「ん?あーそうだ思い出した。柳原先生今日出張だわ。てか、なんで他の生徒もいないん?もう委員会終わったの」

「実はですね……」

   かくかくしかじか、金平先生に説明をすると、先生は顔をしかめた。

「あー?馬鹿じゃねぇのあいつら。ちょ、近々お叱りの緊急委員開くかもだわ。これは許せん」

「ゆーて先生もいなかったじゃないですか。何してたんです?」

「私は、ほら。肺がヤニを求めてたっつーか。そんな感じです。はい、すみません」

(仕事より煙草かよ!)

  前言撤回。こいつ仕事やらない。これだからヘビースモーカーは……と言いたくなってしまう。もちろんヘビースモーカー全員がそれに該当するとは思ってない。でも、仮にも教師が仕事ほっぽってまでやることかね。

「いやマジで申し訳ない。先生も手伝うからさ、許してよ。なー?」

「ぼ、僕も!ちゃんとやりますからね」

   4人。たったの4人だが、居ないよりは全然マシだろう。ぐたぐだ文句言ってても始まらない。とっとと終わらせるか。

「朝日くん、話が終わったならさっさと続けてください」

「へいへい、言われなくても」


◇◇◇

一時間ほど作業したところで、金平先生から下校の許可が下りた。先生曰く、「私一人じゃ終わんないし、他の教員にも押し付けよ~」とのこと。

「委員長さん、本当にありがとうございました」

「めっちゃ助かりましたよ。ありがとうございます」

「いやいや、僕は全然。では、また次の委員会で!」

   昇降口で別れを告げ、委員長は去っていった。マジで良い人だったな。作業の手際良かったし。

「さあて、俺らも帰るか」

「何一緒に帰る風なこと言ってるんですか。私先帰るので、朝日くんは少し経ってから帰ってください」

「そんな嫌なの?!今日の一件で、少しはキュンとしなかったん?ねえ、したよね?したって言って!」

「しませんあのくらいで。大体君のせいで私が面倒な目にあってたわけですし」

「そぉれは……そうですけど……」

   やれやれ、やはり道は厳しいか。だがまあ、俺が勝負を申し込んだ女だ。簡単に落ちられても、それはそれでやりがいがないよな。
   見てろよ、明日こそ絶対。絶対キュン堕ちさせる!

「そういえば朝日くん。今日で一週間ですけど、変わりの委員、見つかりました?」

「……えっ」


  朝日空、16歳。タイムリミットがあることを忘れていました。
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