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第一章

11.全力の思い -王太子視点-

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父上の書斎に尋ねたところ、今は謁見の間にいるらしい。珍しいこともあるものだ。

彼女のことを父上に伝えるべく、すぐさま謁見の間に向かう。
ドアの前に立つ衛兵が父上に私が来たことを伝えると、入れ。と一言あり、ドアが開いた。
中にいたのは宰相のマルグリード公爵とヴァランガ侯爵だった。

「これは殿下。お久しぶりでございます。」
「久しぶり。元気そうで何よりだよ。」
「殿下もお変わりないようで。」

挨拶も程々に、ヴァランガ侯爵には悪いが、私にも大切な用がある。

「父上。お話がございます。」
「なんだ?」

周りに私兵がいるせいか、父上も陛下としての威厳を保っている。

「婚約したい女性がいます。」
「え?」

父上、素が出ていますよ。
咳払いで誤魔化そうとしている。

「して、名前は?」
「分かりません。」

名前を聞いていなかった。ましてや、私が一方的に彼女を見つけただけで、話したことも無い。
彼女を私のものにしたいが為に父上の所に来たのだ。

「それでは絵姿などでお調べしては?」

宰相が案を出してくれた。
貴族達は毎年、自分の絵姿を絵師に描いてもらい城内に保存することになっている。
いわゆる戸籍みたいな物だ。貴族同士の見合いや、個人の照会など、用途は様々だ。

「それで殿下特徴は?」
「長い月光色の髪に菫色の瞳だ。」
「月光色ですか…あまり多くはないので人数が絞れそうですね。」
「そう言えば、ルーイの娘も月光色だな。」
「なっ…。陛下、ご冗談を。」
「ルーイ、顔が崩れてるぞ。」

父上がヴァランガ侯爵を揶揄い始めた。
どうやら私兵たちを下がらせたらしい。辺りには私達しかいなかった。
でも、まぁ、これで父上達と込み入った話ができる。

「では、お持ち致します。陛下、こちらではなく、別室での話し合いがよろしいかと。」
「そうだな。アル、それでいいか。」
「はい、もちろんです。」

マルグリード卿の助言の通り、謁見の間を離れ、少し小さめの客間へと移動をした。
父上と共に、客間の中央に位置するソファーに腰をかける。


マルグリード卿が絵姿を揃えている間に彼女が着ていた服装などを事細かに父上達に語った。
数分の時が経ち、客間の戸が開いた。
数枚の絵姿を手に持ったマルグリード卿が部屋に入ってくる。

「こちらになります。誠に勝手ながら茶会の参加者に限定させて頂きました。こちらに持ってくるにも限度がございましたので、ご了承ください。」
「いや、かまわん。」

彼が持ってきた絵姿と私の記憶にある令嬢を照らし合わせる。
これでもない。これでもない。と次々に見ていく。
これが最後の1枚。

「っ!!彼女だ。」

そこには愛らしい彼女が描かれていた。
彼女の特徴をよく捉えてある。上品で僅かな微笑みは彼女の高貴さを表していた。


絵姿の左下にある、名前記入欄を見る。
そこにあったのは、

《リリアナ・ペトラ・ヴァランガ》

ヴァランガ……

その家名を見て、隣に立っているヴァランガ卿の方に目を向ける。ヴァランガ卿は居心地が悪そうに、渋い顔をしていた。

「ルーイ。娘で間違いないか」
「はい。残念ながら。」
「だ、そうだが、アル。」
「なんでしょう、父上。」
「いや…いい。彼女で間違いないな?」
「私が彼女を間違えるはずがありません。」

断言できる。あれほど惹かれ、美しいと思ったのは彼女しかいない。間違えるはずなんてないのだ。
今すぐにでも抱きしめにいきたいのに。

「どうする?ルーイ?そなたの娘の良い嫁ぎ先が見つかったわけだが…」
「そう言われましても。」
「これ以上の嫁ぎ先は見つからないとは思うが?」
「…陛下……私は娘を政治的な利用としての結婚は考えておりません。娘が望み、婚約したいと思った者を婚約者にしてあげたいのです。私にとって、娘の幸せが第一でございます。……陛下は娶られませんでしたが、殿下は側室をも迎えることができるお方です。早い段階での婚約は将来の殿下にとって不利益かと。娘を側室に落とされることは、私にとっても娘にとっても、良い思いはしません。」

ヴァランガ卿は私と彼女の婚約はあまり乗り気ではないようだった。彼の気持ちは十分に理解している。
父上は女性が苦手であった為に、早くに婚約者を取ることはなかった。そのため遅く見つけた母上という番を争いもなく正妃として娶ることができた。

王族というものは必ず子をなさなければならない。そのため、番を見つけられない王族は他の女性を娶らなければならない。一生見つけられない場合もあれば、十分に歳をとってから見つける場合もある。
正妃を娶ってから番を見つけた場合には、元いた正妃は側室へと降級されることが多い。番を正妃にと望む者が多いからだ。そのため、降級される妃の家の者と喧嘩や戦争になったときもある。
今は、王族の妃事情はそういうものと理解されつつある。
そういうことをヴァランガ卿は心配しているのであろう。番の事は国家機密なので、ヴァランガ卿は知る由もない。当たりまえだ。
だか、私は彼女以外を娶る気は無いし、降級させる気もない。

どう伝えればいいものか。

卿の娘を思う気持ちは本物のようだった。だが、一刻も早く私のものにしたい。彼女の父親が渋っていては始まらないのだ。

「ヴァランガ卿。私は生涯彼女のみを愛しぬくと誓おう。だからぜひ私の婚約者にと考えては頂けないだろうか。」
「殿下、その言葉は大変嬉しく思います。ですが…少々考えさせて下さいませ。」

王族の妃事情なだけに番であれ、無理強いはさせられない。彼女が妃になってくれたとして、不幸になっては、耐えられない。

まあ、私が必ず幸せにするんだけど…

「……わかった。」

私の苦渋の決断に父上も苦笑いをしながら私の言葉に付け加えた。

「息子もわかったようだし…ルーイ…真剣に考えてはくれるな?」
「はい。もちろんでございます。」

父上達と話し合いが進む中、ドアが叩く音がし、部屋のドアが開いた。
そこにいたのは、茶の髪を少し乱したアレクだった。

「あれ?アルもいたの?ヴァランガ卿が陛下と父上とここでお話をしているからと通して貰ったのだけど。」
「アレク。お前、普通は1度こちらに話を通してから入って来るものだぞ。」
「そこはほら、顔パスじゃない?」
「はぁ…」
「それよりも。…ヴァランガ卿。リリが具合悪くしたみたいなんです。卿を待つって言っているんですが…」
「なっ…リリがか?」
「はい。ちょっと色々あったので。」
「……陛下…」
「ルーイ、行ってやれ。」
「ありがとうございます。」

父上の一言で、ヴァランガ卿は血相を変え、早足でその場を去った。彼女に何かあったみたいだ。色々ってなんだ?
いや、後でアレクに聞こう。

ヴァランガ卿がいなくなったことにより、私と彼女の婚約の話は一旦終息を迎え、私は客室を出ることにした。もちろん、彼女の話を聞くためにアレクと共に。
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