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第一章

6.勇気を出して

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アレクと会場に戻ると大きな声が響いていた。
何事かと声のする方を見ると、数人の令嬢達がとある使用人を囲んでいた。

「申し訳ございません!」

使用人が令嬢に向かって頭をひたすら下げていた。
令嬢の声は大きく、庭園の隅の方まで聞こえていた。

「ふざけないで。あなた私のメイドよね?」
「はい…」
「主人の私に紅茶をかけるとはどういうことかしら!!」

令嬢が言う通り彼女のドレスには色濃く染まったシミができていた。

「申し訳ございま…」

令嬢のメイドの言葉を遮るようにパンっと音が響いた。令嬢がメイドの頬をひっぱたいたのだ。

その音と共に私は肩を一瞬震わせた。


「うわぁ…」

私の近くにいた一連の騒動を見ていた他の令嬢達がこそこそと話始めた。

「あのメイドは解雇かしらね。」
「悲惨だわ。」
「まぁ、あのメイドに罪はないのではないかしら。」
「けれど自分の主人に紅茶をかけたのはあの子の責任ではなくて?」
「それもそうね。あのメイドの落ち度だわ。」


その令嬢達の会話が気になり、少し吃りながら声をかけた。
「……失礼致しますわ…メイドに罪はないとはどういうことかしら?」
「リリアナ様!!?ご機嫌麗しゅうございます…リリアナ様は見てらっしゃらなかったのですか?」
「ご機嫌よう。ええ…何があったのか教えてくださいますか…?」
「もちろんですわ。メイドの後ろにいるご令息が後ろ向きに歩いていたばかりにあそこにいるメイドの背中に当たったのですわ。その反動でメイドが持っていた紅茶が彼女にかかってしまいましたの。」
「そうだったのですね…」

彼女達と話している間も彼女のメイドへの叱責は止まらず、メイドはひたすら頭を下げている。メイドの後ろにいる原因となった令息は笑ってその様子を見ていた。

その時だった。令嬢は近くにある紅茶をメイドの頭からかけたのだ。その光景を見て前世のあの頃を思い出す。

彼女の叱責は続く。まるで私に向けられているかのように。

《どうしてくれくらいのことできないの?!》

……

《他のは優秀なのに》

…やめて……

《恥をかかせないで》

やめて…

《あんたなんか要らない》

やめて!!!



令嬢はまたメイドを叩こうと手を挙げた。

震えているメイドと前世の私が重なって見える。
あのメイドは私だ。

ただただ震えて耐えていた私。私の中に根強く残っている記憶。生まれ変わった今でさえ。
誰かに助けて欲しくて。
でも誰に助けてと言えばいいのかわからなくて。


助けてあげられるのは私だと思った。

メイドを助けてあげられるのは…
あの頃の私を助けてあげられるのは…


だって誰にも助けて貰えないのなら自分で抗うしかないじゃないか。

多分この日、私は今まで1番勇気を出した日だと思う。後にも先にもそのくらいの勇気が必要だった。


「そこまでです。」

そう言って彼女に近づく。
よく見ると先程挨拶に来た大勢の令嬢のひとりビアンカ様だった。

「やりすぎですわ。」
「…申し訳ございません…」

メイドは私の声に反応してか謝罪の言葉を口にした。

「大丈夫ですわ。あなたが私に謝ることはありません…」

そして私は原因となった令息の方を振り向いた。
アビゲイル先生から渡された情報に記されてあった令息の名前を口にする。

「ブルーノ様ですね。あなたが、メイドにぶつかり彼女にお茶をかけてしまうことになったのです。謝るのはメイドではなくあなたではなくて?」
「なっ!僕はやっていない!」
「彼女に直接かけてはいなくても原因となったのは事実ですわ。」
「ちっ。」
「ブルーノ様…」
「………ビアンカ嬢……すまな…かった…」


ビアンカ様はブルーノ様の謝罪と私が出てきたことでなんとか怒りを鎮められたみたいだった。

「謝るのはビアンカ様だけではありませんわ。ぶつかったメイドにもです。」
「なぜメイド風情に謝らなければならない。」
「ぶつかったのは彼女ですので。」


「あの……私はメイドですので。お気になさらないでください。」
「ですが……」
「彼女がいいと言うならもういいだろ…ふんっ。」

ブルーノ様は庭園の出入口の方に足を向けそのまま会場を後にした。

「リリアナ様、申し訳ございませんでしたわ。」

ビアンカ様が私の方に歩み寄ってきた。

「お気になさらないでください。それよりもドレスの替えはございますか?」
「いえ、今日は持ってきていませんの。ですので、今日はおいとま致しますわ。」

そう言うとビアンカ様はメイドの方に顔を向けた。

「あなたも…ついカッとなってしまったわ。その……悪かったわね……」
「いえ…こちらこそ申し訳ございませんでした。」

そのままビアンカ様は会場から退席した。

_____________________________________

「リリ、大丈夫?」

アレクが私の元に駆け寄ってきてくれた。

「し、心臓が止まるかと思いましたわ……」
「ふふ。僕も動こうとしたんだけど君の方が早くて…ごめんね。」
「大丈夫ですわ。」

本当に心臓が止まるかと思った。怖かった。
けれどなんだか少し心が晴れたような気持ちがする。

あれ……

少しくらっと目眩がした。
今日の色んな出来事に心身共に限界だった。

「リリ?どうしたの?」
「少し疲れてしまったみたいですわ。本日は私もお先に失礼致しますね。」
「うん、それがいいよ。侯爵家の馬車まで送ってあげる。」
「ありがとうございます。」

_______________________________

「リリのメイドはどこにいるの?」
「今日はお父様と来ましたの。もうすぐでお戻りになられると思いますのでここで大丈夫ですわ。」
「そう?分かった。またお話しようね。」

アレクは私が馬車に乗り込むのを見送ってから、手を振ってくれた。アレクがいなくなってからしばらくして父様が馬車に戻ってきた。

「リリ、大丈夫かい?」
「はい。」
「帰ったら今日の出来事を聞かせてくれ。」

父様が頭を優しく撫でてくれ、心地が良かった。
帰り道に馬車の中で眠ってしまい、起こされた時は家の前だった。

家に着くと、父様に疲れただろうと夕食の時間まで自室で休ませてくれた。
夕食の時間は今日あった出来事を父様と母様に話した。

2人とも驚きはきたが、頑張ったと褒めてくれた。
夕食の後は身支度を済ませ、いつもより早めにベッドに入った。

褒められた…
良かった…良かった…

褒められた喜びを噛み締める。

その時ふと頭を思った。
ああいう事はきっと身分が高いからこそできたこと。原因を作った令息だって、紅茶をかけられた令嬢だって、今の私の身分よりもかなり下だ。
もし、私の身分が低ければ私はどうしただろう。助けられたかな。怯えたままなにもできなかったかもしれない。私は1度死んでこの世界に新しく生まれた。その意味ってなんなんだろう。
この苦しい記憶がある意味は……?



誰かが言った。



『権力は自分より弱い立場の人を守るためにある。』



誰だっけ?なんかの本に書かれてたんだっけ…
思い出せない。でも、私はそんな人になれたらいい。今自分が持ってる全てを使って誰かを守れるような人になりたい。

もう何もできないあの頃の私とは違うから。
あんな思いを誰にもして欲しくないから。

______________________________

疲れと眠気に襲われて私は静かに目を閉じた。
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