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18-④
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響騎さんは驕傲な態度にも毅然とした様子で笑みを浮かべると、それもまた面白くないのだろう、父がフンと鼻を鳴らして顎をしゃくった。
「立ってないで座ったらどうだ」
「失礼いたします」
彼に倣って隣に腰を下ろすと、久しぶりに見る父は、なんだか少し小さくなったようにも見える。
「私は決して暇ではないんだ。用件は手短に済ませようか」
ようやく新聞を手放して私たちに向き合った父は、膝の上で手を組んで、品定めするように響騎さんを睨み付ける。
「その前に、今度こそ、華恵さんとの結婚をお許しいただきたいのです」
響騎さんが発した言葉に、僅かながら違和感を覚えると、それを掻き消すように父が吐き捨てる。
「ハッ。ゴロツキが戯れ事を」
「冗談の類ではありません。あの日、仰いましたよね。町工場の整備士如きに、大事な娘を預けることは出来ないと。ですから私は二階堂の名前を捨てて今の仕事に就きました」
初耳だった。違和感の正体はこれだったのか。
車が大好きで、整備士の仕事に誇りを持っていた響騎さんが、どうしてウラノで仕事をすることになったのか、なぜ浦野の姓を名乗ることになったのか、それだけが不思議だった。
けれどまさか、その理由が私の父に言われたからだなんて聞いていない。私が彼の人生を狂わせてしまったなんて。
「どんな手を使ったか知らんが、それなりのポストに就いたようだな」
「ええ、おかげさまで。会長からの覚えもよく、楽しくやってます」
響騎さんが淡々と切り返すのが面白くないのだろう。父は苦虫を噛み潰したように顔を歪めると、過去は変えられないぞとほくそ笑む。
「早々にソレを捨てて逃げ出した貴様がか? 車いじりから車屋の末端に加わった程度で、うちの娘が嫁にもらえるとでも思ったか」
父は私を指差しソレ呼ばわりするだけでなく、過去に別れたことまで把握しているのか、あるいはなにかしらの妨害策を講じていたのか、響騎さんを馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「もらうというのは語弊がありますね。華恵さんは物ではありませんから。私は華恵さんのために自分を変え、貴方に頭を下げにきたということです」
「頭を下げられる理由がない。それに華恵には縁談があってな。貴様のような薄汚れた男に、わざわざわ嫁がせるつもりなどさらさらない」
「ちょっと待って、縁談ってどういうこと⁉︎」
ヒリついた空気の中、預かり知らない話が出て父と幸匡兄さんを交互に見ると、幸匡兄さんは目を伏せてしまい、父は勝ち誇ったような顔で私を見た。
「國枝議員の第一秘書をしてる保田くんだ。二年後に参院選に出馬予定で足場固めの最中だ。お前も車なんかに執心してないで、女の務めを果たして私の役に立て」
「冗談でしょ。なんでそんな大事なこと、勝手に決められなきゃいけないの!」
「それはお前が槇村家の娘だからだ。三十前の行き遅れでも良いと、先方は快諾してくれてるんだ。ありがたい話だろうが」
「な……」
ふざけてる訳でも、響騎さんを牽制するためでもない。この人は本気でこんなことを言っているのだと、昔から何一つとして変わっていない父に絶望する。
家を出て自由に暮らし、仕事に邁進する私を、諦めた訳でも手放した訳でもなく、父の中では私のことを手のひらの上で遊ばせていただけなのだろう。
この父親はそういう人なのだ。
「幸匡さん、例の書類は用意出来てますよね」
「立ってないで座ったらどうだ」
「失礼いたします」
彼に倣って隣に腰を下ろすと、久しぶりに見る父は、なんだか少し小さくなったようにも見える。
「私は決して暇ではないんだ。用件は手短に済ませようか」
ようやく新聞を手放して私たちに向き合った父は、膝の上で手を組んで、品定めするように響騎さんを睨み付ける。
「その前に、今度こそ、華恵さんとの結婚をお許しいただきたいのです」
響騎さんが発した言葉に、僅かながら違和感を覚えると、それを掻き消すように父が吐き捨てる。
「ハッ。ゴロツキが戯れ事を」
「冗談の類ではありません。あの日、仰いましたよね。町工場の整備士如きに、大事な娘を預けることは出来ないと。ですから私は二階堂の名前を捨てて今の仕事に就きました」
初耳だった。違和感の正体はこれだったのか。
車が大好きで、整備士の仕事に誇りを持っていた響騎さんが、どうしてウラノで仕事をすることになったのか、なぜ浦野の姓を名乗ることになったのか、それだけが不思議だった。
けれどまさか、その理由が私の父に言われたからだなんて聞いていない。私が彼の人生を狂わせてしまったなんて。
「どんな手を使ったか知らんが、それなりのポストに就いたようだな」
「ええ、おかげさまで。会長からの覚えもよく、楽しくやってます」
響騎さんが淡々と切り返すのが面白くないのだろう。父は苦虫を噛み潰したように顔を歪めると、過去は変えられないぞとほくそ笑む。
「早々にソレを捨てて逃げ出した貴様がか? 車いじりから車屋の末端に加わった程度で、うちの娘が嫁にもらえるとでも思ったか」
父は私を指差しソレ呼ばわりするだけでなく、過去に別れたことまで把握しているのか、あるいはなにかしらの妨害策を講じていたのか、響騎さんを馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「もらうというのは語弊がありますね。華恵さんは物ではありませんから。私は華恵さんのために自分を変え、貴方に頭を下げにきたということです」
「頭を下げられる理由がない。それに華恵には縁談があってな。貴様のような薄汚れた男に、わざわざわ嫁がせるつもりなどさらさらない」
「ちょっと待って、縁談ってどういうこと⁉︎」
ヒリついた空気の中、預かり知らない話が出て父と幸匡兄さんを交互に見ると、幸匡兄さんは目を伏せてしまい、父は勝ち誇ったような顔で私を見た。
「國枝議員の第一秘書をしてる保田くんだ。二年後に参院選に出馬予定で足場固めの最中だ。お前も車なんかに執心してないで、女の務めを果たして私の役に立て」
「冗談でしょ。なんでそんな大事なこと、勝手に決められなきゃいけないの!」
「それはお前が槇村家の娘だからだ。三十前の行き遅れでも良いと、先方は快諾してくれてるんだ。ありがたい話だろうが」
「な……」
ふざけてる訳でも、響騎さんを牽制するためでもない。この人は本気でこんなことを言っているのだと、昔から何一つとして変わっていない父に絶望する。
家を出て自由に暮らし、仕事に邁進する私を、諦めた訳でも手放した訳でもなく、父の中では私のことを手のひらの上で遊ばせていただけなのだろう。
この父親はそういう人なのだ。
「幸匡さん、例の書類は用意出来てますよね」
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