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8-②
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「分かった、じゃあ手短に。華、別れるって言い出した理由はなんだ」
「それ昨日今日の話じゃないですよね。十年も前のことですけど」
「俺にとっては昨日今日のことと同じだ」
「またそんな屁理屈を」
「屁理屈じゃない。俺はお前と一緒に……」
「浦野さん?」
「いや、今はその話はどうでも良い。とにかく、花火大会で約束しただろ。次の年は浴衣着るって。なのになんであんな急に態度を変えた」
「それは貴方がっ」
「俺がなにをした、華」
「………………」
心の奥の方がジクジクと痛み出す。
結局のところ浦野さんに関しては、私はあの日から一歩も前に進めていないんだと思い知らされる。
(なんで今になって)
十年前。
あの花火を見た僅か数日後、高校最後の夏休みも終わりが近付いた八月下旬。
よく晴れた風のない暑い日、アスファルトの逃げ水と強い日差しの照り返しの向こう側に、少しセットして整えた髪に、初めて見るサマーニットとデニム姿の先輩の姿はあった。
その距離ほんの十数メートル。
そんなオシャレしてどうしたんですか。そう声を掛けるのは簡単なのに、それを躊躇ったのは、彼の隣で楽しげに笑う白いワンピースを着た綺麗な女性が立っていたからだ。
『……ですよ、素敵だと思います』
『もう、お上手なんだから』
『本当のことですよ』
聞き耳を立てた訳でもないのに、楽しげなやり取りが嫌でも耳に入る。
何が起こってるのか分からなかった。
揺らめく陽炎の先、女性に優しい笑顔を向けるだけじゃなく、彼女の腰に手を添え、顔を近付けてキスをしていた。
そんな光景にドッと汗が噴き出し、体中が蝕まれるみたいに一気に暗い気持ちで体が重たくなって、なにも考えられなくなった。
オーバーサイズのTシャツと黒のスキニーデニム、履き古したスニーカー。決して可愛らしいとは言えない洒落っ気のないショートカット。
それがまるで、視線の先に居る女性とは生きてる世界線すら違うと言われているようで、恥ずかしいような情けなくて惨めな気持ちを煽る。
ダメだ、ここに居たらダメ、泣くな。
【もう会いません。別れます】
なんとか帰宅して震える指でメッセージを打つと、既読が付いたらすぐにブロックして、メールアドレスも電話番号も、連絡手段は全て削除した。
削除したばかりの番号がずっと着信を知らせてたけど、暗い画面に映る未練がましい情けない顔をした自分を見るのが嫌で、スマホの電源をオフにした。
(あの日から、茹だる暑さの夏と、辛口のミントタブレットが嫌いになったんだ)
過去の嫌な記憶が一気に溢れ出し、私は俯いて黙り込む。そんな私を見て、なにかを感じ取った浦野さんは自分から口を開いた。
「俺な、華」
「……?」
「正直ゴロツキなんて呼ばれても、仕方のない悪ガキだった自覚があるんだよ。だけど華のことだけは俺が唯一誇れることで、華が高校を卒業したら結婚したいって思ってた」
「浦野さん……」
「親の仕事継いで、車いじりしながら、華とたくさん子ども作って、毎日笑顔で過ごすことだけ考えてた。まあ、俺もガキだったからね」
「私だって……」
私だってどうだったと言いたいのだろう。あの暑い夏の日に見た光景を忘れたのか。自分を罵る声が聞こえて、それなのにふとある考えが浮かぶ。
だってあの日も車の整備をするために、私はビビ先輩の元を訪れた。
普段通り、いつもと変わらず、昨日までと同じように幸せな時間は続くはずだった。
あの日見た光景に、なにか理由があったのだとしたら、ビビ先輩が私と別れたつもりはないと言いたくなる気持ちが分からなくもない。
「なあ華、どうして急に別れるなんて言い出した」
「それ昨日今日の話じゃないですよね。十年も前のことですけど」
「俺にとっては昨日今日のことと同じだ」
「またそんな屁理屈を」
「屁理屈じゃない。俺はお前と一緒に……」
「浦野さん?」
「いや、今はその話はどうでも良い。とにかく、花火大会で約束しただろ。次の年は浴衣着るって。なのになんであんな急に態度を変えた」
「それは貴方がっ」
「俺がなにをした、華」
「………………」
心の奥の方がジクジクと痛み出す。
結局のところ浦野さんに関しては、私はあの日から一歩も前に進めていないんだと思い知らされる。
(なんで今になって)
十年前。
あの花火を見た僅か数日後、高校最後の夏休みも終わりが近付いた八月下旬。
よく晴れた風のない暑い日、アスファルトの逃げ水と強い日差しの照り返しの向こう側に、少しセットして整えた髪に、初めて見るサマーニットとデニム姿の先輩の姿はあった。
その距離ほんの十数メートル。
そんなオシャレしてどうしたんですか。そう声を掛けるのは簡単なのに、それを躊躇ったのは、彼の隣で楽しげに笑う白いワンピースを着た綺麗な女性が立っていたからだ。
『……ですよ、素敵だと思います』
『もう、お上手なんだから』
『本当のことですよ』
聞き耳を立てた訳でもないのに、楽しげなやり取りが嫌でも耳に入る。
何が起こってるのか分からなかった。
揺らめく陽炎の先、女性に優しい笑顔を向けるだけじゃなく、彼女の腰に手を添え、顔を近付けてキスをしていた。
そんな光景にドッと汗が噴き出し、体中が蝕まれるみたいに一気に暗い気持ちで体が重たくなって、なにも考えられなくなった。
オーバーサイズのTシャツと黒のスキニーデニム、履き古したスニーカー。決して可愛らしいとは言えない洒落っ気のないショートカット。
それがまるで、視線の先に居る女性とは生きてる世界線すら違うと言われているようで、恥ずかしいような情けなくて惨めな気持ちを煽る。
ダメだ、ここに居たらダメ、泣くな。
【もう会いません。別れます】
なんとか帰宅して震える指でメッセージを打つと、既読が付いたらすぐにブロックして、メールアドレスも電話番号も、連絡手段は全て削除した。
削除したばかりの番号がずっと着信を知らせてたけど、暗い画面に映る未練がましい情けない顔をした自分を見るのが嫌で、スマホの電源をオフにした。
(あの日から、茹だる暑さの夏と、辛口のミントタブレットが嫌いになったんだ)
過去の嫌な記憶が一気に溢れ出し、私は俯いて黙り込む。そんな私を見て、なにかを感じ取った浦野さんは自分から口を開いた。
「俺な、華」
「……?」
「正直ゴロツキなんて呼ばれても、仕方のない悪ガキだった自覚があるんだよ。だけど華のことだけは俺が唯一誇れることで、華が高校を卒業したら結婚したいって思ってた」
「浦野さん……」
「親の仕事継いで、車いじりしながら、華とたくさん子ども作って、毎日笑顔で過ごすことだけ考えてた。まあ、俺もガキだったからね」
「私だって……」
私だってどうだったと言いたいのだろう。あの暑い夏の日に見た光景を忘れたのか。自分を罵る声が聞こえて、それなのにふとある考えが浮かぶ。
だってあの日も車の整備をするために、私はビビ先輩の元を訪れた。
普段通り、いつもと変わらず、昨日までと同じように幸せな時間は続くはずだった。
あの日見た光景に、なにか理由があったのだとしたら、ビビ先輩が私と別れたつもりはないと言いたくなる気持ちが分からなくもない。
「なあ華、どうして急に別れるなんて言い出した」
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