上 下
12 / 80

5-②

しおりを挟む
 その時ふと、佐伯副社長から林田さんの名前が出たことを思い出して、もしかしたら同じような理由だろうかと、たわいない悩みに結論を出すことにした。
「お疲れ様です。熱いので気をつけてくださいね」
「ありがとう、槇村さん」
 コーヒーの入ったカップをデスクに置いて前園さんの隣に座ると、お客様からの頂き物だという老舗の焼き菓子がいくつも並べられる。
「周りに配るには数が足りないし、大抵は早い者勝ちで譲ってるんだけど、半端に余る時もあるのよね」
「そうなんですね」
「そうなのよ。だからこうして私のおやつになってます」
 前園さんはイタズラっぽく笑って、どれが食べたいかと私にお菓子を選ばせてくれる。
 上の空で仕事が手についてない私のせいで、時間を取とらせてしまっている事実に、ただただ申し訳なくなってしまう。
「暗い顔しないの」
「すみません」
「ここでは聞けない話なら、仕事の後でも聞くけど」
「いえ、そこまでしていただくのは」
「そう? でも引き継ぎの間、気もそぞろなのは看過できないわよ」
「そうですね。でも私的なことなので」
「あら、浦野さん絡みのことじゃなかったの」
「そう見えましたか」
「違ったらごめんなさいね。でも前にやり取りした時とは明らかに感じが違うというか、今日はなんだか雰囲気がおかしいんだもの」
 前園さんの鋭い観察眼に驚きつつも、そんなにも顔に出てしまっていたのだろうかと、いたたまれない気持ちになる。
 だって前園さんが見て気付くなら、きっと浦野さんにも私の様子のおかしさが伝わってしまってるかも知れない。
「また真っ青になってるわ。本当にどうしたの」
「詳しいことは別の機会に相談したいんですけど」
「ええ、構わないけど、話して大丈夫なの」
「前園さんのことは信頼してますから」
 ペラペラと面白おかしく話を吹聴するような人じゃない、そう信じてるからこそ、これからの業務に支障が出そうなことは相談しておきたい。
「それで、貴方が本調子じゃないのはどういう理由なのかしら」
「浦野さん……なんですが」
「やっぱり浦野さん絡みなの?」
「実は、高校の先輩で面識がある方だったんです」
「あらそうなの」
 前園さんは驚きながらも声のトーンを抑えてくれる。
「はい。個人的に良くしていただいた先輩なんですが、お名前が変わった事情なんかは存じ上げなくて。その……ご事情が変わる前に疎遠になったもので」
「なるほどね。ならそうね、早速だけど明日の金曜とかはどうかしら」
「え、なにがですか」
「これ以上の話は、ここで出来ないでしょ」
「すみません」
「いいわよ。とりあえず、明日うちにご飯食べにいらっしゃい」
「え、お宅にですか」
 思わず大きな声が出てしまって慌てて口元を手で押さえると、前園さんは白い歯を見せながら笑って、招待するわと続ける。
「ご承知の通り、うちはまだ子供に手が掛かるし、出来れば早く帰ってあげたいの。それに外で話を聞くにしても、万が一誰かに聞かれてしまうリスクは避けたいでしょ」
「それはそうですが」
「うちの夫ね、無駄に料理が上手いのよ。あの人最近メキシカンにハマってて、また凝った料理作るだろうし、食べにいらっしゃいよ」
「でも、せっかくのご家族の団欒なのに。やっぱり時間を取っていただく訳にはいきません」
「なに気を遣ってるの、大丈夫よ。それに夫は家で仕事してる人だから、お客様を呼ぶと喜ぶのよ」
 前園さんに半ば強引に押し切られると、断るより前にデスクの内線が鳴って、柳川事業部長から話が終わったと声を掛けられておやつタイムを終える。
 前園さんと一緒に手早くデスクを片付けると、手帳やタブレットを持って、事業部長の部屋のドアをノックする彼女の後ろに続いた。
「失礼します」
 柳川事業部長と浦野さんは既に談笑していて、私たちが入室するとすぐに、二人はソファーから立ち上がる。
「じゃあ、明日からよろしく頼むね」
「はい。よろしくお願いします」
 挨拶を交わす二人の後ろで、前園さんが少し心配そうに私を見る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...