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「顔面で仕事する訳じゃないんだし、そんなに騒ぐことなの」
「あれ、イケメンに興味なし?」
「かっこいい男性も良いけど、私はどっちかって言うと車のことを考えてる方が幸せだから」
「さすがエンジニア。発言がオタク」
「褒め言葉として受け取っておく」
「でもそうじゃないのが秘書室よ」
「なに? まさかそのワケありイケメン御曹司の、担当秘書のポストを巡って血が流れるとか」
ジョークのつもりで笑い飛ばしたのに、倉本さんは笑い事じゃないわよと困った顔をして私を見た。
「ただでさえ、開発系から異動して来た槇村さんを面白く思ってない子たちよ。職場に何しに来てんのかって話だけど、やっぱり独身のエリートの担当につくのは恋のチャンスだからね」
「いやいやいや、秘書の仕事にそんな余裕ないでしょ。それに独身だからって独り身とは限らないし、周りがそんな反応だから、今回の異動で私みたいな被害者が出たんじゃない」
「まあ、それもそうよね。私も出来るだけサポートはするけど、子供じみた嫌がらせには気を付けてね」
「なにそれ。めちゃくちゃ気が重い」
ちょっと憂鬱な世間話でランチタイムを過ごすと、歯を磨いてからオフィスに戻って午前中の続きに取り掛かる。
秘書室で使われる独自のデータベースで、役員たちのスケジュールは管理されていて、その上で個別に各担当が詳細を管理する。
たかが予定とはいえ分刻みで管理が必要なハードスケジュールは、パズルを組み立てるようなものだ。
だから倉本さんが想定して作ってくれたリストを見ながら、スケジュールを組むのは一苦労だ。
一つ一つ内容を洗い出してリスケが必要なものを弾き、移動時間や食事の時間などを考慮して予定を組み立てても、色んな仕事を取りこぼしてしまう。
そんな状態でスケジュール管理表と格闘していると、タブレットと手帳を持った倉本さんに声を掛けられた。
「急で悪いけど、予定変更になりました」
「あ、もしかして」
「そう。副社長と一緒に来られるそうよ。だから、お出迎えしてそのままご挨拶します。支度は出来てるわよね」
「大丈夫です。タブレットはどうしましょう」
「とりあえず手帳だけで大丈夫。じゃあ行きましょうか」
「はい」
データを保存して、手早くノートパソコンをシャットダウンすると、届いたばかりの名刺を確認して手帳を掴んで席を立つ。
私の上司となる人物、三十歳という異例の若さで、国内販売事業部の事業部長を任されることになった、ウラノの貴公子がいよいよ着任するのだ。
「緊張してる?」
「そりゃもう、今すぐ吐きそうな感じ」
「でも自然な笑顔でね」
「善処します」
ただでさえこれから関わっていく直属の上司との対面に緊張が高まる中、副社長の出迎えも加わって胃がキリキリと痛む。
エレベーターで一階に降りると、スマホの画面をスクロールさせながら、倉本さんは受付の社員と二、三やり取りをして私を手招きで呼びつけた。
「予定通り、あと五分ほどで到着されます。佐伯副社長には第一秘書の門脇さんがついてるから、本当にお出迎えで待っとくだけだしリラックスして」
「でも、浦野さんもお見えになるんですよね」
「そうだよ。最初が肝心だからね、その吐きそうな顔やめようね」
「胃が出そう」
「シャキッとする!」
「はいっ」
バンッと背中を叩かれて背筋を伸ばすと、受付の若い女子社員にクスクス笑われてしまって恥ずかしさが込み上げる。
会長の秘蔵っ子でウラノの血統を継ぎ、海外で武者修行を終えた若手のホープ、浦野響騎。
その名前に心の奥がザワザワする。
(違う。そんなはずない)
倉本さんの話だと、秘書室がざわつく程度にはイケメンらしいけど、仕事をするのにそこはさして重要じゃない。
「あれ、イケメンに興味なし?」
「かっこいい男性も良いけど、私はどっちかって言うと車のことを考えてる方が幸せだから」
「さすがエンジニア。発言がオタク」
「褒め言葉として受け取っておく」
「でもそうじゃないのが秘書室よ」
「なに? まさかそのワケありイケメン御曹司の、担当秘書のポストを巡って血が流れるとか」
ジョークのつもりで笑い飛ばしたのに、倉本さんは笑い事じゃないわよと困った顔をして私を見た。
「ただでさえ、開発系から異動して来た槇村さんを面白く思ってない子たちよ。職場に何しに来てんのかって話だけど、やっぱり独身のエリートの担当につくのは恋のチャンスだからね」
「いやいやいや、秘書の仕事にそんな余裕ないでしょ。それに独身だからって独り身とは限らないし、周りがそんな反応だから、今回の異動で私みたいな被害者が出たんじゃない」
「まあ、それもそうよね。私も出来るだけサポートはするけど、子供じみた嫌がらせには気を付けてね」
「なにそれ。めちゃくちゃ気が重い」
ちょっと憂鬱な世間話でランチタイムを過ごすと、歯を磨いてからオフィスに戻って午前中の続きに取り掛かる。
秘書室で使われる独自のデータベースで、役員たちのスケジュールは管理されていて、その上で個別に各担当が詳細を管理する。
たかが予定とはいえ分刻みで管理が必要なハードスケジュールは、パズルを組み立てるようなものだ。
だから倉本さんが想定して作ってくれたリストを見ながら、スケジュールを組むのは一苦労だ。
一つ一つ内容を洗い出してリスケが必要なものを弾き、移動時間や食事の時間などを考慮して予定を組み立てても、色んな仕事を取りこぼしてしまう。
そんな状態でスケジュール管理表と格闘していると、タブレットと手帳を持った倉本さんに声を掛けられた。
「急で悪いけど、予定変更になりました」
「あ、もしかして」
「そう。副社長と一緒に来られるそうよ。だから、お出迎えしてそのままご挨拶します。支度は出来てるわよね」
「大丈夫です。タブレットはどうしましょう」
「とりあえず手帳だけで大丈夫。じゃあ行きましょうか」
「はい」
データを保存して、手早くノートパソコンをシャットダウンすると、届いたばかりの名刺を確認して手帳を掴んで席を立つ。
私の上司となる人物、三十歳という異例の若さで、国内販売事業部の事業部長を任されることになった、ウラノの貴公子がいよいよ着任するのだ。
「緊張してる?」
「そりゃもう、今すぐ吐きそうな感じ」
「でも自然な笑顔でね」
「善処します」
ただでさえこれから関わっていく直属の上司との対面に緊張が高まる中、副社長の出迎えも加わって胃がキリキリと痛む。
エレベーターで一階に降りると、スマホの画面をスクロールさせながら、倉本さんは受付の社員と二、三やり取りをして私を手招きで呼びつけた。
「予定通り、あと五分ほどで到着されます。佐伯副社長には第一秘書の門脇さんがついてるから、本当にお出迎えで待っとくだけだしリラックスして」
「でも、浦野さんもお見えになるんですよね」
「そうだよ。最初が肝心だからね、その吐きそうな顔やめようね」
「胃が出そう」
「シャキッとする!」
「はいっ」
バンッと背中を叩かれて背筋を伸ばすと、受付の若い女子社員にクスクス笑われてしまって恥ずかしさが込み上げる。
会長の秘蔵っ子でウラノの血統を継ぎ、海外で武者修行を終えた若手のホープ、浦野響騎。
その名前に心の奥がザワザワする。
(違う。そんなはずない)
倉本さんの話だと、秘書室がざわつく程度にはイケメンらしいけど、仕事をするのにそこはさして重要じゃない。
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