チート御曹司と再会したら、初恋以上に全力で溺愛されてしまって困ってます

濘-NEI-

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「多分なにもやらかしてないハズなんですけど。とりあえず行ってきますね」
 林田さんの言葉に苦笑する。
 思い当たることはなにもなかったけど、飲み掛けのコーヒーを置いて、デスクの上のノートパソコンと手帳を手に、すぐに小会議室に向かった。
「失礼します」
「おう。急に悪いな」
 ブラインドが落とされた小会議室は、小さい四人掛けの会議机とキャスター付きパイプ椅子、扉の正面にはプロジェクターを投影するための大きなホワイトボードが壁一面を覆っている。
「槇村」
 ノートパソコンを開くと呉林室長は首を横に振る。
 咄嗟に最近任されている構想設計についての情報共有かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
 パソコンを閉じて改めて呉林室長に向き合うと、簡潔に言うぞと低い声が響いた。
「お前に異動の内示が出た。来月付けで秘書室に異動だ」
「は、来月? しかも秘書室ですか」
「正直俺もよく分からんのだ」
「分からないって室長」
「まあ聞け槇村。今度海外から着任する国販の事業部長が、男性秘書を希望してるらしいんだがな、あいにく秘書室では人材が不足してる」
 国販、つまり国内販売事業部はウラノの花形部署だ。ついさっき聞いたばかりだからか、リンダさんが言っていた貴公子とやらが、ふと頭をよぎる。
(……まさか、ね)
 呉林室長が言うには、これまでは秘書を自ら選任してきていたそうだが、こちらではそういった人事システムがないので、色々と本人から条件が提示された経緯があるとのことだ。
「それで仕方なく、最低限でも英語の言語能力、加えて秘書知識以外の専門知識がある人物なら女性でも容認すると、それは譲れないと本人たっての希望らしくてな」
 お前は英語が読み書き出来て喋れるしと、呉林室長が複雑な表情で申し訳なさそうに私を見る。
「事情は把握しましたが、私は一介のエンジニアですよ」
 正気ですかと続く言葉が喉まで出掛かったが、それはなんとか呑み込む。
 当然のことながら私に秘書の資格なんてない。
 ただひたすら車が好きな車オタクということなら、秘書知識以外の要素がある人物に当てはまるかも知れない。
 でもだからといって、これだけ社員数を抱えた大企業で、わざわざ事務職とは一線を画すエンジニアを秘書に引っ張る必要があるのだろうか。
「すまんな槇村、俺もお前が抜けるのは痛い。しかしこの人事は覆せん」
「室長」
「明日の十一時から、人事部の長田おさだ部長と秘書室の青木あおき室長が時間をくださるそうだ。詳細はそっちで確認して欲しい」
「決定事項なんですね……分かりました。私の仕事の引き継ぎは誰に?」
 ゴネても仕方がないので、早速手帳に予定を書き込みながらノートパソコンのロックを解除すると、今持っている業務について呉林室長とそのまま打ち合わせをする。
「それにしても室長。その今度着任する事業部長ですか? 随分と秘書に対して注文多いみたいですけど、なにか理由があるんでしょうか」
「ここだけの話だぞ」
 呉林室長が困惑した顔で口元に手を添え、机を挟んで身を寄せてくるので、公に出来ない話なのかと同じように聞き耳を立てて答えを待つ。
「女性関係のトラブルが絶えんらしい」
「はぁあ?」
 どんな深刻な話かと思ったのに、想定外にくだらない答えが返ってきて肩透かしを喰らい、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
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