その溺愛も仕事のうちでしょ?〜拾ったワケありお兄さんをヒモとして飼うことにしました〜

濘-NEI-

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(59)持ってても良い

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 お通夜やお葬式の間に、参列してくれた色んな人に挨拶をしながら、お母さんは教師として人から好かれていたのかと、ぼんやりと考えていた。
 人生で唯一叱ってくれた恩人だとか、進路について親身になって相談に乗ってくれたとか、何よりそんな風に大昔のことでも、恩師だからと駆け付けてくれる元教え子の多さに驚いた。
 私に対してあんな態度だったお母さんなだけに、外で見せていた顔とのギャップが大き過ぎて、私はその齟齬を埋めることが出来なかった。
「奏多、すまんな」
 台所で来客用に使った湯呑みを洗っていると、ネクタイを緩めながらお父さんがそばにやってきた。
「いいよ、謝ることじゃないよ」
「でもお前、せっかくの休みで一稀くんに会いにロンドンに行ってたのに」
「ふふ、お母さんやっぱり反対してるんだろうね。邪魔されちゃった」
 覇気のない顔で冗談混じりに呟くと、お父さんは一瞬困ったような顔をしながらも、そうかも知れないなと短く返事した。
「お母さんな、自分じゃお前のためを思ってるつもりだったんだよ。仕事のことも、結婚のことも」
「だろうね。でもそれってお母さんの勝手な理想と混同してたんじゃないかな。弔いに来てくれた人と話してみて、お母さんには、私個人が見えてなかった気がしたんだよね」
「どうしてだ」
「みんなには寄り添って、母親みたいに親身な先生だったみたい。でも私、正直に言うと、お母さんから母性を感じたことがないの。なんかこう、お母さんの人生のパズルのピースみたいで」
「奏多……」
 お父さんの顔がひどく悲しそうに歪むけど、私はやっぱりそうとしか思えないから仕方ない。
「周りから立派だって思われたり言われると、そう在らなきゃいけないって思ったのかな。分かんないけど。だからお母さんの思う娘が、常に私に張り付いて窮屈だった」
「父さんにもそう感じるか」
「それはないよ。お父さんはいつでも背中を押してくれたもん。お父さんが居るから、実家と縁を切らなかったんだと思う」
「そうか。苦労かけてすまんな」
 親子でもそりが合わないことはよくある話だと、お父さんは、私の知らなかったお母さんの親について話してくれた。
 お母さんはそこそのお嬢様で、勉強も高校程度まで出ていればあとは嫁ぐだけだとか、好きなようには生きられない環境で育ったらしい。
 女は結婚して子供を産むために居る。そんな低俗な価値観が嫌で家を飛び出して、働きながら夜間大学で教員免許を取って教師の仕事に就いた。
 自分の力で何かを成し遂げることの大切さを一番知ってるはずなのに、お母さんは私にそれを許そうとはしなかった。
 だからお父さんからその話を聞いて、お母さんはきっと親を反面教師に出来なかったんだろうなと、純粋にそう思えた。
「不器用で許せたら良いけど、私にはまだそんな風には思えないよ。ごめんね、お父さん」
「お前が謝ることじゃない。分かってたのに仕事にかまけて、母さんのしたいようにさせてた父さんにも責任はあるさ」
 お父さんはそう言って、だけどお母さんのことを大切に思ってたと寂しそうに呟いた。
「すみません。本当にお風呂先にいただいちゃって」
「おお、一稀くん。良いんだよ」
 しんみりした空気の台所に風呂上がりの一稀さんが現れると、お父さんは心底嬉しそうに笑って、あとでビールを飲む約束をしてからお風呂場に向かった。
「喉乾くよね、お茶淹れようか」
「うん。冷たいのお願いできるかな」
「じゃあ氷入れるね」
 お茶を用意して、ダイニングテーブルの椅子に座った一稀さんにお父さんと話してたことを伝えると、親子だから難しいこともあるよねと、苦笑しながら私を見つめる。
「なーたんが受け付けない気持ちの方が分かりやすいと言うか、納得できるんだよね。俺も財産なんか遺されても、今更許せって意味なのか、よく分かんなくてさ」
「ね、難しいよね。熱っ」
 一稀さんの向かいに座って、淹れたばかりのお茶を啜るように飲むと、舌先が火傷したように痺れる。
「大丈夫?」
「うん平気。ふう、でも一稀さんが居なかったらどうなってたかな。吉澤にお金を返してって言われたのもそうだけど、一人きりだったらどうやって受け止めてたかな」
「どうだろうね。俺みたいに腐って過ごしてたかも知れないね。でもお義父さんが居るから、ちょっとは違うんじゃないかな」
「どうかな。お父さんはさっきも言ったけど、なんだかんだお母さんの味方だからね。まあ喧嘩はしないだろうけど、不器用なのを分かってやってくれってのはしんどいし」
「そうだね。そう言われちゃうのもツラいよね」
「お母さんがすごく良い人、みたいな言葉ばっかり掛けられて、なんか本当に疲れちゃった」
「お風呂明日にして今日はもうお布団入っちゃいなよ」
「うん。でも変に汗かいて気持ち悪いし、お父さんが上がったら、お風呂済ませて先に寝るわ」
「よく頑張ったと思う。だって、なーたんのお母さんは、外では別の顔だったんだから。無理に同じ人なんだと思わなくて良い。許せないことをやめなくても良いと思うよ」
「一稀さん」
「大人のクセにとか、他人がどう思うか知らないけどさ、俺はそういうドス黒い感情があっても良いと思ってる。だって愛せる人に出会えたらそんなことに考えを使う暇すらなくなるし」
「そうだよね、その感情に縛られてるってことは、執着してるからだもんね」
「そう言うこと。だからこれから先は、俺といっぱい楽しいことして過ごそう。ね、なーたん」
「ありがと」
 湯呑みとグラスに入ったお茶で乾杯すると、それがおかしくて、二人揃って肩を揺らしながら笑い声を上げた。
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