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(49)安く見られたもんですね

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 会社近くのカフェに移動して、吉澤の彼女のりっちゃんこと、坂牧里津子さかまきりつこさんがコートを脱いだ瞬間に、私はどうして二人が私を訪ねてきたのか、その理由を察した。
「で、予定日はいつなの?」
 ホット二つとリンゴジュースでいいかなと勝手に注文すると、私の言葉に驚いた様子で坂牧さんは再びごめんなさいと謝り、隣で呆然とする吉澤の頭を叩いて一緒に頭を下げさせる。
「5月です。でもお二人が別れてから授かったので、この子は本当にヒロくんの子です」
「まあそれは貴方たちの問題だから。それで、今頃になって現れたのはお金の無心?」
 残酷なのは分かってるけど、会社の近くで誰に見られてるとも分からない状況で、慰謝料だとか騒がれた私の身にもなって欲しい。
「奏多お前、そんな言い方」
。でしょ?」
 吉澤を睨み付けて黙らせると、坂牧さんにどうしてわざわざ一緒に来たのか優しく尋ねることにした。
「こんな寒い中、体冷やしちゃダメじゃない。どうせあることないこと聞かされて、ヨリが戻ったらどうしようとか、不安で付いて来ちゃったんでしょ」
「ごめんなさい」
「その心配は消えたかしら」
「はい。本当に、ごめんなさい」
「で、心変わりの慰謝料に置いて行ったお金を返してくれとか、そういう話?」
 謝ってばかりの坂牧さんから視線を移して、ようやく吉澤を見ると、バツが悪そうな顔をしてごめんと頭を下げられた。
「俺、自分の貯金ほとんどなくて」
「で?彼女が妊娠して結婚するけど、式を挙げるお金が無い。だから返せ。そういうこと?」
 ホットコーヒーを飲みながら、青ざめた顔の二人を見つめる。
 浮気ではなかったのかも知れない。だけど勝手に心変わりして私と別れたいと言った元彼。そんな元彼に、私って彼女が居るのを知ってて近付いてきた彼女。
 正直お金が惜しい訳じゃないけど、そんな二人のためにお金を渡すのは複雑な思いだ。
「りっちゃんには、まだ学生の妹や弟がいて、授かり婚なのも親御さんはよく思ってなくて。ほら、俺も母子家庭だしさ。親頼れなくて」
「それ私に関係なくない?」
 あまりにも都合のいい意見に顔を顰めて一蹴する。
 二人の不貞で破局を受け入れたのは私。子作りの時期がいつだとかは本当にどうでもいい。時期が重なっていようが、父親が吉澤じゃなかろうが、心底どうでもいい。
「なんで私が、貴方たち二人からお金の無心をされなきゃいけないの」
「いや、だからせめて俺が入金した分だけでも」
「バカじゃないの」
 大きな溜め息が出た。
 それは吉澤に対する物でもあったけど、こんな人との結婚を考えてた自分が情けなくての方が大きい。
「ヒロくん、やっぱりこんなこと失礼だよ」
 坂牧さんは割とまともな神経の持ち主なんだろうか。
 まあ、彼女持ちの男に粉掛ける時点で倫理観はおかしいだろうけど、吉澤よりはまともな神経をしてるのかも知れない。
「なあ奏多、頼むよ。俺お前と付き合ってる間、お前のこと幸せに過ごさせてやったじゃないか」
「はあぁ?」
「な、なんだよ。そうしてやっただろ」
 随分と上から目線の勘違いした発言に驚きつつも、心底こんな男と結婚しなくて良かったとホッとする気持ちが湧き上がって来て、同時にこんな男の子どもを身籠った彼女に同情する。
「ねえ、坂牧さん。思い上がってこんなことを平気で言える男だけど、貴方こんな男と本当に結婚して後悔しない?」
「おい奏多」
「梅原さんって呼べっつってんでしょ。あんたは引っ込んでな」
 コンプレックスでしかなかった低くてハスキーな声も、一稀さんが好きだと言ってくれるおかげで躊躇いなく張り上げることができる。
 吉澤は体をビクッと揺らして驚いてる。当たり前だ。私がこんな風に怒る姿すら知らない。だって喧嘩にならないように、嫌われないように、ずっと我慢してたから。
「ねえ、坂牧さん。本当にこんな人と結婚して大丈夫?」
「私、私は……」
 困惑してる様子だけど、彼女が吉澤を見つめる目を見たら分かる。それは間違いなく恋する目で、こんな男でも好きで堪らないんだって、返事を待たなくても分かる。
「分かった。坂牧さん、貴方と貴方の子どものためにその話お受けします。その代わり二度と私に関わらないでね。迷惑だから」
 坂牧さんの連絡先を聞き出すと、後日連絡する約束をして引き抜いた伝票を持って席を立つ。
(一稀さんに会いたいな……)
 レジで精算してカフェを出ると雪が降っていて、どうりで冷える訳だと思いながら、私はお気に入りのストールをぐるぐると首元に巻き直した。
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