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(46)反面教師

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 一稀さんが手配してくれた旅館は、またしても贅沢な一室一室が離れのような造りになった、お部屋に露天風呂が付いているような高級旅館だった。
「その顔。なに言いたいか大体分かるけど、無理やり横入りとかしてないからね」
「ならいいんだけど」
「それより、とりあえずお父さんの配慮もあって後日伺うことにしたけど、お母さんに連絡しなくても大丈夫なの」
「別に。あの人はいつもああだから。大丈夫」
「そっか」
 一稀さんはそれ以上何も言わずに、景色が綺麗だねと窓の外を眺めてスマホで写真を撮ってる。
 せっかく実家まで着いて来てくれたのに、私は一体何をしてるんだろう。
「ねえ一稀さん、せっかくだし温泉入らない?」
「いいね。夕飯まではかなり時間もあるからね」
 荷解きをして支度を済ませると、エッチなちょっかいを出す一稀さんの手を振り払いながら、なんとか髪や体を洗って早速温泉に浸かる。
「はぁあああ、染みるぅ」
「うぅうう、気持ちいいね。でもちょっと冷えて来たね。雪でも降って来そうじゃない?」
「ああ、降るかもね」
 ぼんやりと空を眺めると、同じように空を見上げて本当に冷えるねとすぐそばに来て、さりげなく私を抱き寄せる一稀さんに苦笑する。
「あのね、一稀さん」
「どしたの」
「うん。私さ、実は大学出てすぐ教師をしてたの」
「嘘、なーたん先生だったの。なにそれえっろ。一稀くん、この問題が解けたらご褒美あ、げ、る。とか言うの?いやむしろ言って」
「もう、揶揄わないで」
「ごめんごめん。分かってるよ、お母さんとのことだよね」
 一稀さんは私の肩を抱き寄せると、こめかみにキスをして無理に話さなくてもいいと優しく微笑んでくれる。
「大丈夫、聞いて欲しいの」
「分かった」
「うちは両親が教師でね、お父さんは元々国語の先生だったけど、校長先生になったりして。だからなのか、お母さんは世間体とかすごく気にする人でね」
 小さい頃から教師以外の仕事に憧れてた。
 親が嫌いだった訳じゃないけど、お母さんが言う、恥ずかしくないまともな仕事っていうのに、子どもながらに違和感を覚えることが多かったから。
「遅くにできた子だから、それだけ期待も大きかったのかな。安定したまともな仕事に就けってずっと言われてて、それが教師のことなんだろうなって、あまり深く考えずにね」
「それで先生になったの」
「うん。だけど私には教師になりたい志なんてなかったし、そんなの続く訳ないよね。多分周りにもそれは伝わってて、パワハラとか嫌がらせに疲れて2年で辞めちゃったの」
「そっか」
「そこから塾の講師をしながら、今の仕事に就くために資格を取ったりして、そんな私の行動がもう気に入らなかったんだろうね」
「お母さん?」
「そう。そうなったら、仕事なんてどうでも良いから、安定した職に就いたまともな相手と結婚しろって。安定、まとも。それって誰にとってなのかなって」
「なるほどね」
 冷えて来たねと言いながら、一稀さんは私を膝の間に抱き寄せると、いつもみたいに後ろから優しく抱き締めてくれる。
「私にもね、結婚願望はあったから、付き合う人とは真剣に向き合って来たつもりだったんだ。でも縁がなくて別れるとね、どこかホッとしてる自分も居たの」
「お母さんのための結婚をしなくて済んだ。そういう意味なのかな?」
「うん。もちろん結婚を視野に入れてなくても結婚を意識してても、あ、私は選ばれなかったんだ、ってしんどい気持ちもあったけどね」
 親に逆らうなんて良くないことだって思ってるのに、どうしてもお母さんの意を汲むのは嫌だった。
「だけどそんなことより、お母さんの顔が浮かんだ時にさ、思い通りに運ばなくて残念だったね、ザマアミロみたいなね」
「ふふ、反抗期だね」
「そうかも」
 伸ばした足で湯船を揺らしながら波を立てると、一稀さんにもたれかかって、誰にも言えなかった本心を口にする。
「私はお母さんが望むお利口さんで居たくないし、正直に言うとね、この人嫌いだなって、もう随分前からそんな意地悪な考え方なの」
「少し違うけど、俺にも覚えのある感情だから、なーたんの考えが酷いとは思わないよ」
「そう?」
「うん。結構当たり前の感情じゃないかな」
「そうかな。でもだからね、きっとお父さんから一稀さんが凄い資産家で、旧華族の出だとか耳にしたら、手のひら返したように擦り寄ってくると思う」
「うん」
「私はそんな人の娘なの。ごめんね」
 後ろを振り返ってキスをねだると、一稀さんの柔らかい唇が口じゃなくて、頬を伝う涙を拭ってくれる。
「なーたんさ」
「ん?」
「そんな難しく考えなくて良いよ。俺の出自や稼ぎが分かって、手のひら返す程度可愛いもんだよ。そんなことぐらいでなーたんが手に入るなら、お安い御用よ」
「でも私、そんな人と血が繋がってる」
「反面教師にしてるんだし良いんじゃない?だってなーたんが好きになった俺はヒモだよ?」
「ふふふ、確かに」
「でしょ?困ってる人を放っておけない、それがたとえゴミ捨て場に捨てられた男でもね。きっとお父さんに似たんだよ、今日話をしてそう感じた」
 口ではそんな真面目で優しいことを言いながら、指先は不埒に胸元をくすぐり始めてる。
「本当に、どこまで本気で言ってるんだか」
「そんなのなーたん相手だもん、いつも全力で本気」
 熱を持ち始めた腰を押し付けて、一稀さんはニヤリと笑う。
「バカ」
 結局私も、そんな一稀さんが好きだから仕方ない。
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