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(40)違い過ぎる価値観

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 一稀さんが手配したプライベートジェットが、彼の所有物だと聞かされて驚きと戸惑いで動揺する。
 投資家で資産もそれなりにあるとは聞いてるけど、こんなことをサラッとしてしまうほど、仕事が安定してるのだろうか。
「ねえ、こんな無駄遣いして大丈夫なの」
「それはちょっと野暮な質問だね。まあ初めて過ごすクリスマスだし、プロポーズ受けてもらえた特別な夜だから許して」
「許してって、こんな贅沢して良いのかな。一稀さんの見えてる世界と私の世界が違いすぎて怖い」
「なーたんが言いたいことは充分理解出来るけど、あるものは使わないと経済も回らないし、少しだけ慣れてくれると嬉しいかな」
 一稀さんは少し面倒そうに苦笑すると、用意されたシャンパンをグラスに注いで私に呑むように勧めてくれる。
 住んでる世界がまるで違う認識はあったけど、現実的な様子が垣間見えて、ここまで違うものかとプロポーズを安易に受けてしまったことに早くも後悔が募る。
 しかも一稀さんはそんな私に気付いてて、融通が利かないって思われてるみたいで気が滅入る。
「どうかした?」
 一稀さんが私の顔を覗き込む。
「分からない。これから先ちゃんとやっていけるのかなって、ちょっと不安になった」
「金遣いが荒いって?」
「そうは言わないけど、私の価値観や金銭感覚とまるで違うんだもん。分かろうとしても追い付かないんだよね。実際一稀さんが投資家だって聞いてもピンときてないし」
「そっか、まあそうだよね。じゃあプロポーズは断る?」
「それは」
 咄嗟にどう答えたらいいか分からなくなって黙り込むと、話す気はなかったんだけどと一稀さんが口を開いた。
「なーたんはさ、これを聞いたらまた変に尻込みしそうだから言わないでおこうと思ったんだけど、俺を理解してもらう上できちんと話しておくよ」
「うん、分かった」
「勘当された父親が死んだ話をしたよね」
「うん」
「旧華族ってやつでね。財産も才覚もないクセにプライドだけは高くてね、俺の父親。俺はさ、俺を産んだ女のことを一切知らないの」
「え?」
「父親の奥さんはもちろん居たよ。でもさ、俺は父親が歳取ってから外の女に金で産ませた子なんだよ」
 やはり自分の生い立ちを淡々と話す一稀さんは、どこまでも無感情で人ごとのように言葉を紡ぐ。
「そんなだからさ、親戚からも疎まれてバカにされて、それが嫌で15の時にイギリスに逃げたの。留学って合法的な手段でね」
 色んな抑圧から解放されて、ようやく生きてる実感を得たという一稀さんは、当時が懐かしいのかやっと僅かな笑みを浮かべる。
「モデルや俳優の仕事にあり付いて、すっかり自立した気になってさ。その時に絶縁したんだよ、俺を金で産ませた父親と」
「そう、だったの」
 以前話してくれた時は、折り合いが悪くていい関係性じゃなかった程度しか聞かせてくれなかった。
 きっと全てを話すことで、私が重たく受け止めることを、既に一稀さんはを感じ取ってたからかも知れない。
「俳優の仕事に食いっぱぐれるようになって、その辺りから投資の勉強を始めてね、27でやらかすまでは人生舐めてた。そのくらい簡単でなんでも手に入ると思い込んでた」
 一稀さんはそう言いながらタブレットを操作すると、とある画面を開いて私にタブレットを見てごらんと手渡した。
「これは?」
「どん底まで落ちて、そこからまたやり直して今があるんだ。画面で開いてるのは俺の口座の一部。金だけなら稼げるだけ稼いでるんだよ」
 言われてから画面を覗き直すと、数え間違いかと思うくらい大きな金額が表示されている。それこそ本人が冗談混じりにお小遣いなんて言う範疇を超えているのは明らかだ。
「でも金なんかあったところで、手に入らないものは世の中に溢れてる」
 一稀さんの言葉には虚しさと重みがあった。
 後悔しても父親が還ってくるワケじゃない。以前そう口にしてたのは、今でもはっきり覚えてる。
「だからさ、奏多。君が俺をただの俺として必要としてくれるのが嬉しかった。金も職も、住所すら無い俺をキラキラした目で見てくれる奏多を好きになった」
「一稀さん」
「俺、すぐ調子に乗るからさ。君と居られるだけで嬉しくなって、金でどうにかなることなら、何かしてあげたいってすぐ思っちゃう。だって俺、奏多だけは失いたくないんだ」
 ギュッと手を握られて、悲しそうな目で私を見る一稀さんは、迷子の子どもみたいに頼りなくて、私はすぐに立ち上がって隣に移動すると彼を抱き締めた。
「私、全然分かってなかったね」
 一稀さんを抱き締める腕に力を込めると、小さな声でごめんねと呟く声が聞こえた。
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