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(16)俺という男と彼女

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 その後は意識を切り替えて、真剣にビジネスとして投資に集中した。
 Kaz-Honjo。それが世間で知られる俺の名前。
 一稀という名前はどうも発音しづらいらしくて、音読みした愛称のカズの方が向こうの生活には馴染んでる。
 とにかくあの時に心を入れ替えた甲斐あってか、株にFX、先物から不動産まで、様々な投資で研鑽を積み、俺は今じゃ総資産は億では足りない程度の、一端の個人投資家になった。
 だけどそんなものが何になるんだろう。
 俺を絶縁した親の訃報を聞いて日本の土地を久々に踏み、弁護士から渡された遺書には、保険金を含めた現金1億と、家屋を含むすべて財産の全てを俺に遺すと書き記されていた。
(待ってくれよ、違う、そんなもの欲しくない。今更そんな赦しは求めてない)
 どんなに疎ましかろうと俺の起源。
 くだらない自尊心で、父親を遠ざけたことを今更後悔したところで、亡くなった父親が還ってくる訳じゃない。そんなことにすら気が付けなくなってた自分が情けなかった。
 気持ちのやり場がなくて、葬式を終えるともぬけの殻になった。そのうちフラフラと街を彷徨うように、酒を飲み歩いては適当に女を拾って一夜限りの時間を過ごした。
(クソくだらねえ)
 自分自身を摩耗していく消耗品のように扱うことで、腐った性根ごと自分の中から俺を消し去ってしまいたかった。
 あの日はたまたま女が捕まらず、それでも一人寝で夜を明かすのは退屈で暇潰しを考えてた。
 バーで色目を使って来たのは見るからにヤバそうな女だったが、いたく俺を気に入った様子で、一緒に楽しもうと俺をホテルに連れ込んだ。
 面倒ごとは御免だが自分を削れるならどうでも良い。そう思って部屋に入るなり、その場に繋がれた複数の男を見た時に酔いが覚めるどころか興醒めした。
 そいつらとセックスしろと強要されたのは想定外で、当然だけど勘弁してくれとそれを拒んだら、中に控えてた別の男たちから袋叩きにされた。
 いよいよ不味いことになったと焦りが生まれ、自分の置かれてる状況が如何に危険なのか悟った時、男の内の一人が俺のポケットに突っ込んでた金に気が付いた。
(なんだよ、金でいいなら早く言えよ)
 25万程度を現金が目眩しになったのか、有り金を毟り取られるだけで売り飛ばすことは諦めたらしく、追い縋る気力を削ぐためか、素っ裸にされて土砂降りのあのゴミ捨て場に捨てられた。
 人生なんて金があってもくだらない。何の意味もない。
 だけどその端た金で命は助かった。クソくだらない。なにより俺がそのくだらない最たるものだと思った。
 その証拠に、今の俺には顔と体にしか価値がない。金を浴びるように使いまくったあの頃の、稚拙で滑稽な姿が頭の中に何度も蘇る。何が変わったのか。一切成長してない。
(クソッ、寒過ぎて感覚麻痺して来たな……)
 降りつける雨が激しくなって、どんどん体から熱が奪われていく中で、夜道を通り掛かる誰もが俺を蔑み、憐れむように呆れた顔で見放していく。
 雨がどんどん強くなって体が重たくなってくる。このまま死ぬのも悪くないなと思ってたところに彼女が現れた。
『え、ちょっと、は?』
(うるせえな、静かに寝かせてくれよ)
「あの」
(頼むから放っといてくれ)
『あの、大丈夫じゃないと思いますけど、大丈夫ですかお兄さん』
(大丈夫に見えてんだったらお前の頭おかしいだろ)
『うそ、これまさか死んでんの、ヤバいでしょ。救急車、いや警察に』
 なんでこんな俺に構う。
 勘弁して欲しくて咄嗟に待てと呟いて、彼女が俺に差し伸べた腕を掴んだ。
(ああ、人の体温ってこんなにあったかかったっけ)
 俺を拾った彼女は、お人好しにも程がある。風呂に入れてくれた挙句、服や飯まで用意して、俺のことは一切何も聞いてこない。
 ついひねくれて意地悪く責め立てると、真っすぐ俺を見据えた瞳は澄んで綺麗だった。
 何を思ったのか遠慮がちに、家に置くのは構わないが、結婚を考えていた恋人と別れてしまったことで、年老いた両親に心配は掛けられないからと俺に恋人のフリをして欲しいと言う。
 この俺に、望むなら金も払うからと真剣な顔をして頭を下げる。金なんか必要ないのに。
 両親に心配掛けたくないと言いながら、両親が知ったら卒倒しそうなヒモを飼おうとしてる。
 しかも自分が恋人と別れて心に傷を負い、苦しんでることへの自覚がないらしい。それだけで彼女に興味を持つには充分じゃないか。
 そんな彼女は、結婚まで考えていた恋人がいたという割にいちいち反応が初々しい。そのくせたまにこちらが驚くほど大胆なことをしでかす。本当に見ていて飽きない。
 掃き溜めのようなドス黒い感情を誤魔化すために、その辺で拾えるつまらない女を抱いて過ごすより、プラトニックでも彼女のそばにいて時間を過ごすのも悪くないと思えた。
 俺はこういうことに飢えていたのかも知れない。俺をただの俺として必要とされることに。
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