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(13)契約内容は守りましょう

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 気が付くと視界はオレンジに染まってて、いつもの天井を見つめた後に、体を起こしてベッドで眠る一稀さんの顔を見る。
 明け方に少し口論をして、とはいえそれは私が一人で怒ってただけだけど、けなすわけでもなく諭すわけでもなく、ただそれを聞き入れてくれた。
 その後少し笑ってもう落ち着いたのかって首を傾げてから、一緒に寝ようと手を引かれて寝室に戻ったけど、私は頑なに客用布団を敷いて別々に眠りに就いた。
 私の心は思ってた以上にカサカサで、喪失感に参ってたのかも知れない。
 手を握ろうと伸ばされた一稀さんの大きな手を掴んで彼の体温を感じていると、いつの間にかささくれだった心が凪いで、そのまま寝入って夕方になったらしい。
「ありがとうございます。一稀さん」
 窮屈なシングルベッドで身を縮めて眠ってる姿がなんだか滑稽で、フリだとかそんなのは置いておいて、ただこんな時にそばに居合わせた奇妙な縁にお礼が言いたくなった。
(この人、なんで私の申し出を受けたんだろ)
 額に掛かる乱れた髪をそっと掻き上げると、一稀さんは少し不快そうに眉を寄せて小さな声を出す。
 一稀さんのことだ。尋ねれば大体のことは話してくれるかも知れない。だけどそれは昨夜の刷り込みで、そう思わされてるだけかも知れないと感じる部分もある。
(この人を心の内側に入れちゃダメ)
 私は私自身にそう釘を刺した。
 音を立てないように布団はそのままにして寝室を出ると、顔を洗ってから、キッチンに移動して換気扇を回す。
 飲み残してたお茶をシンクに流してコップを洗い、濡れた手でタバコに一本取り出して火をつける。
「ふぅ」
 吐き出した煙は迷うことなく換気扇に吸い込まれていく。こんなもの吸わなくても平気だったのにな。
 一稀さんに言われて分かった。
 私はちゃんと元彼を好きだったし、結婚のことだって真面目に考えてた。だけど自分に自信が持てなくて、こんな私なんてっていつも卑屈で居たからだろう。
 浮気をされたわけでもない、ただ気になる子が居て、その子を好きになったと言われただけなのに、向かい合う勇気すらなくて簡単に投げ出した。
 ほら、やっぱり私なんかが選ばれるワケがない。そんな風に。
「なーたん。ダメでしょ」
「なにがダメなの。それよりまずおはようでしょ、まだ寝てたらいいのに」
「おはよ。タバコは俺が吸うから、なーたんは俺のキスで味わうだけにして」
「ヤダよ。ストレス溜まるもん。それにキスは禁則事項だよ、忘れないで」
 最後の煙を吐き出して灰皿にタバコを押しつけると、手を洗って冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出す。
「今は俺が恋人なんだから。甘えてくれなくてどうするの」
 背後から抱き締められて、耳元に優しい声が響く。
「甘えるなんて出来ないよ。一稀さんにはフリしか頼んでないでしょ」
「でも俺ヒモでしょ。それ相応に働かないと」
 分かりきったことなのに、その言葉を直接聞かされると心がズキッと痛んだ気がした。
 一稀さんにとっては、たまたまゴミ捨て場で拾われた上に、部屋で飼うと言い出した変な女なのが私。
 好きだとか気になるだとか、そんな気持ちは一切なくて、金銭が発生するちょっと面白そうで興味が湧いただけの関係。
(バカみたいだな……)
 ゴミ捨て場から拾った人なのに、見た目がカッコ良すぎてクラッと来たのか、自分のチョロさに笑いが込み上げる。
 一稀さんがくれる優しさは、私が彼に頼んだこと。そんなことすら忘れそうになってた。
 彼氏と別れたことに傷付いてたことをようやく自覚して、その傷を一稀さんにどうにかして欲しいとか思ってしまったんだろうか。
「利口なヒモはね、そんなこと聞いたり言ったりしなくても、自然とこっちがそうするしかないように仕向けるの。そういうのをサラッとやってのけるもんだと思うよ」
「ふふ、なーたん辛口だね」
「分かったら邪魔だから腕離して」
「俺顔洗ってくる」
「はいはい」
 うなじに唇を押し当てられた気がするけど、禁則事項だとか騒ぐのもバカらしくなった。一稀さんは仕事として今ここに居る。ただそれだけなんだから。
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