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(10)お願い聞いてもらいます
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ソファーに座った私に甘えるように、ラグの上に座った彼が膝に頭を乗せようとしてくる。
「躾から必要ですか」
「言うね」
「そりゃ大事なことなんで」
ゴミ捨て場で拾った彼の名前は本条一稀さん。本名かどうかまでは分からない。
歳は私より六つ上の36歳。身分証どころか財布もスマホもなくて、その上定職もなくて住所も不定。色んな情報が渋滞してる。彼の言い分を証明するものも何もない。
話を聞いてみると案の定、火遊びなのか相手の怒りを買ったとかで、お酒に酔ってたことも手伝って気が付いたら全裸にされてゴミ捨て場に捨てられたらしい。
そんなことが起こり得るのか、にわかには信じられないけど、実際にゴミ捨て場から拾ってきたので、その話を聞き入れるしかない。
「その人のところに帰れないんですか」
「ムリだし、嫌かな」
ヨリを戻してもらうよう頭を下げてみることを提案したが、どこの誰だか分からない上に、本当にゴミ同然に捨てられたから無理だと可笑しそうに笑うから話が進まない。
ここで世話をするにしても着替えに困ると言い出した本条さんは、とりあえず脱がされた服を探すと言って、土砂降りの中ゴミ捨て場に向かった。
そして生ゴミにまみれた靴と私服をうちに運んできて、ずぶ濡れになった体を温めるために2度目の入浴を終えたところだ。
服はお風呂に入るついでに、風呂場で手洗いしてから洗濯機に放り込んでもらった。
靴は、新しい物を手配した方が早いかも知れない。
本条さんが持ち込んだゴミまみれの服のせいで悪臭が充満し、匂いを消すために消臭スプレーをまき散らしたから、家中フローラルな香りに包まれいて気分が悪いくらいだ。
「寒いけどやっぱり換気しましょう。この臭さは拷問です」
立ち上がって窓を開けると、底冷えするような冷たい空気が流れ込んでくる。
「寒っ」
思わず声が出て身を震わせると、寝室に移動してクローゼットから厚手のニットカーディガンを取り出して、もう一つ手に取った半纏を本条さんに手渡す。
「お兄さん」
「一稀だってば」
「……本条さん。雇用契約を締結しませんか」
「ん?」
物珍しそうに半纏を羽織りながらキョトンとする本条さんに、簡単な話ですと切り出した。
「私もう30なんですけど、結婚の話もしてた恋人とお別れしてしまって、それを両親に言えてないんです。私、両親に遅くに出来た子どもで、もう二人とも70過ぎてて……その」
婚約とか具体的に決まっていたわけじゃないし、彼と結婚する気があったのかも、今となってはよく分からない。
だけど実家に住む両親には、2年以上も付き合った彼氏の話を幾度となくしている。
「親御さんに心配掛けたくないんだね」
「はい。それに対外的に、本条さんを飼ってるだなんて外聞も悪いですし、恋人という形を取らせてください。それに、そうすれば本条さんもうちに住民票を置けるはずです」
「なるほど?」
「仕事するにもまずは住所がないと駄目でしょ。もちろん謝礼も支払います」
ちょっとした小銭ならありますからと、別れた彼氏と貯めた結婚資金を思い浮かべる。
「それって要は、ヒモになれってことだよね」
本条さんは楽しそうに笑って、面白いね良いよと肩を揺らす。
「いやいや、あくまでも恋人のフリをしてもらう契約です」
「ふふ、そうかな。恋人なのに謝礼でも対価貰ったらヒモだよね。うわぁ、可愛い顔してエグいんだから」
「いや、だから雇用契約ですってば」
見捨てられずに自己満足で拾ってしまったんだから、本条さんが飽きるまで、この家で私が面倒を見るならこういう形がベストなはずだ。
「かなたん」
「は?」
「それとも、なーたんが良いかな」
「なんでも良いですけど、もしかしてそれ私のことですか」
「恋人ならカナちゃんか奏多ちゃんでも良いね。それよりさ、難しく考え過ぎじゃない。要は家に置いてくれる代わりにちょっと力貸してってことでしょ」
「はあ、まあそうですね」
「いいよ。なんか楽しそうだし、面白いからキミのヒモになってあげる」
にっこり笑ってヒモと言われて、そうじゃないと言いたかったけど、現状提案してるのはそれに限りなく近いことなのでグッと言葉を飲み込んだ。
「あと飼われる立場だけど、お願いしても良い?」
「なんですか」
「せっかくだから、家の中でも恋人っぽくさせて」
そう言って急に手を掴まれると、素早く指を絡められて、本条さんの親指が私の手を撫でる。
「いや、フリをお願いするんであって、そんなことまでは」
振り払おうとする指先から迫り上がる熱に、心臓はドキドキと跳ねる。この整った顔はやっぱり狡い。
「ダメダメ。いきなり外だけで恋人っぽくなんて出来ないと思うよ。だから家の中でもよろしくね」
「分かりました。でもあくまでもフリですから、スキンシップは手を繋ぐまでで」
「えー、恋人のフリなんでしょ。それじゃ足りないよ」
手を掴んだまま私の頬を手の甲で撫でると、猫撫で声で甘えてくる。
「フリだから要らないんです」
「ダメ。恋人っぽく振る舞うのにハグが出来ないとか耐えらんない」
「……分かりました。ならハグまでは許します。でも、それ以上は絶対禁止です」
「へえ、禁止ね。ま、今はそれで良いんじゃない?」
含み笑いを浮かべる本条さんの手を振り払うと、お願いしますねと言って私はキッチンに移動してタバコに火をつけた。
「躾から必要ですか」
「言うね」
「そりゃ大事なことなんで」
ゴミ捨て場で拾った彼の名前は本条一稀さん。本名かどうかまでは分からない。
歳は私より六つ上の36歳。身分証どころか財布もスマホもなくて、その上定職もなくて住所も不定。色んな情報が渋滞してる。彼の言い分を証明するものも何もない。
話を聞いてみると案の定、火遊びなのか相手の怒りを買ったとかで、お酒に酔ってたことも手伝って気が付いたら全裸にされてゴミ捨て場に捨てられたらしい。
そんなことが起こり得るのか、にわかには信じられないけど、実際にゴミ捨て場から拾ってきたので、その話を聞き入れるしかない。
「その人のところに帰れないんですか」
「ムリだし、嫌かな」
ヨリを戻してもらうよう頭を下げてみることを提案したが、どこの誰だか分からない上に、本当にゴミ同然に捨てられたから無理だと可笑しそうに笑うから話が進まない。
ここで世話をするにしても着替えに困ると言い出した本条さんは、とりあえず脱がされた服を探すと言って、土砂降りの中ゴミ捨て場に向かった。
そして生ゴミにまみれた靴と私服をうちに運んできて、ずぶ濡れになった体を温めるために2度目の入浴を終えたところだ。
服はお風呂に入るついでに、風呂場で手洗いしてから洗濯機に放り込んでもらった。
靴は、新しい物を手配した方が早いかも知れない。
本条さんが持ち込んだゴミまみれの服のせいで悪臭が充満し、匂いを消すために消臭スプレーをまき散らしたから、家中フローラルな香りに包まれいて気分が悪いくらいだ。
「寒いけどやっぱり換気しましょう。この臭さは拷問です」
立ち上がって窓を開けると、底冷えするような冷たい空気が流れ込んでくる。
「寒っ」
思わず声が出て身を震わせると、寝室に移動してクローゼットから厚手のニットカーディガンを取り出して、もう一つ手に取った半纏を本条さんに手渡す。
「お兄さん」
「一稀だってば」
「……本条さん。雇用契約を締結しませんか」
「ん?」
物珍しそうに半纏を羽織りながらキョトンとする本条さんに、簡単な話ですと切り出した。
「私もう30なんですけど、結婚の話もしてた恋人とお別れしてしまって、それを両親に言えてないんです。私、両親に遅くに出来た子どもで、もう二人とも70過ぎてて……その」
婚約とか具体的に決まっていたわけじゃないし、彼と結婚する気があったのかも、今となってはよく分からない。
だけど実家に住む両親には、2年以上も付き合った彼氏の話を幾度となくしている。
「親御さんに心配掛けたくないんだね」
「はい。それに対外的に、本条さんを飼ってるだなんて外聞も悪いですし、恋人という形を取らせてください。それに、そうすれば本条さんもうちに住民票を置けるはずです」
「なるほど?」
「仕事するにもまずは住所がないと駄目でしょ。もちろん謝礼も支払います」
ちょっとした小銭ならありますからと、別れた彼氏と貯めた結婚資金を思い浮かべる。
「それって要は、ヒモになれってことだよね」
本条さんは楽しそうに笑って、面白いね良いよと肩を揺らす。
「いやいや、あくまでも恋人のフリをしてもらう契約です」
「ふふ、そうかな。恋人なのに謝礼でも対価貰ったらヒモだよね。うわぁ、可愛い顔してエグいんだから」
「いや、だから雇用契約ですってば」
見捨てられずに自己満足で拾ってしまったんだから、本条さんが飽きるまで、この家で私が面倒を見るならこういう形がベストなはずだ。
「かなたん」
「は?」
「それとも、なーたんが良いかな」
「なんでも良いですけど、もしかしてそれ私のことですか」
「恋人ならカナちゃんか奏多ちゃんでも良いね。それよりさ、難しく考え過ぎじゃない。要は家に置いてくれる代わりにちょっと力貸してってことでしょ」
「はあ、まあそうですね」
「いいよ。なんか楽しそうだし、面白いからキミのヒモになってあげる」
にっこり笑ってヒモと言われて、そうじゃないと言いたかったけど、現状提案してるのはそれに限りなく近いことなのでグッと言葉を飲み込んだ。
「あと飼われる立場だけど、お願いしても良い?」
「なんですか」
「せっかくだから、家の中でも恋人っぽくさせて」
そう言って急に手を掴まれると、素早く指を絡められて、本条さんの親指が私の手を撫でる。
「いや、フリをお願いするんであって、そんなことまでは」
振り払おうとする指先から迫り上がる熱に、心臓はドキドキと跳ねる。この整った顔はやっぱり狡い。
「ダメダメ。いきなり外だけで恋人っぽくなんて出来ないと思うよ。だから家の中でもよろしくね」
「分かりました。でもあくまでもフリですから、スキンシップは手を繋ぐまでで」
「えー、恋人のフリなんでしょ。それじゃ足りないよ」
手を掴んだまま私の頬を手の甲で撫でると、猫撫で声で甘えてくる。
「フリだから要らないんです」
「ダメ。恋人っぽく振る舞うのにハグが出来ないとか耐えらんない」
「……分かりました。ならハグまでは許します。でも、それ以上は絶対禁止です」
「へえ、禁止ね。ま、今はそれで良いんじゃない?」
含み笑いを浮かべる本条さんの手を振り払うと、お願いしますねと言って私はキッチンに移動してタバコに火をつけた。
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