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(5)ゴミとの遭遇

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「え、ちょっと、は?」
「…………」
 すっかり寒くなってコートの出番も増えてきた冬の入り口、深夜の土砂降りのゴミ捨て場に全裸でぶっ倒れてる男の人が居る。これはゴミなんだろうか。
「あの」
「…………」
「あの、大丈夫じゃないと思いますけど、大丈夫ですかお兄さん」
「…………」
 動転してしまって変な言葉しか出てこない私に対し、微動だにしない全裸の彼は、勇気を出してちょっと触れてみてもやっぱり反応がない。
「うそ、これまさか死んでんの、ヤバいでしょ。救急車、いや警察に」
「……待っ、て」
「うわあっ!」
 咄嗟に腕を掴まれて、持っていた傘を放り投げる形になってしまって雨に濡れる。
「ケーサツもビョーインもダメ。俺、保険証とか身分証ないから」
 弱々しい声は、思ったより綺麗で低い。
 体は鳥肌が立つのを通り越して寒さで固くなってるし、雨に濡れた髪がべったり顔に張り付いて、少し伸びた無精髭が悲しいくらいゴミ捨て場と馴染んでる。
「……寒い」
「は?」
「凍えそう、かも」
 そりゃそうだろう。11月のしかもこんな土砂降りの中で全裸なんだから。
 だけど冷え切ってずぶ濡れの彼は大事な部分を隠すこともせずに、自力で立ち上がる余裕がないのか私の腕を掴んだまま震えている。
 こんな時にこんな状態で、ゴミ捨て場に捨てられてるなんて常軌を逸してる。なにかしらの犯罪に巻き込まれたヤバい人の可能性が高いじゃないか。
 なのにこの時の私の脳内に浮かんだのは、とりあえずこのゴミ扱いされた彼を、どうやってこの場から救出するかだ。見捨てるなんて思い付きもしなかった。
(よし、とりあえず肩で支えて歩かせよう)
 どうしてそうしてしまったかは分からない。いや、むしろ誰もが目も合わせないような状況で、私はこんなモノを拾う選択をした。
 人にされて嫌なことはしないのが私の座右の銘だけど、これはもしかすると放っておいて欲しい人にとっては嫌なことに入るんじゃないだろうか。
 だけど目の前のショッキングな出来事を、やっぱり人として見過ごすことは出来ない。
 雨で冷え切った相手は朦朧としていて、声を掛けるとなんとか応答は返ってくるけど、やはりこの寒さでぼんやりしてるらしいし、おまけにかなりお酒臭い。
 肩を貸してなんとか歩くように促すけれど、思った以上に背が高くてガタイが良くて、体を支えるのも一苦労だ。
 その上素足でアスファルトを歩くのはかなり足の裏に負担が掛かるらしくて、うっ、とか、あっ、とか痛ましげな声を漏らす。
「大丈夫ですか、もう少し頑張ってくださいね」
「…………」
 視点が定まらない男性に語り掛けると、時間を掛けてゆっくりと歩き、目と鼻ほどの距離を15分以上歩いてようやくマンションの前にたどり着く。
 こんな時、セキュリティ万全のマンションに住んでなかった自分に感謝する。監視カメラにこんな映像が残ったら堪ったもんじゃない。
 なんせ相手は全裸だし、雨に打たれて冷え切ってガクガク震えてる。犯罪臭がプンプンするじゃないか。
 住人と遭遇することなくエレベーターに乗り込んで、なんとかして家に連れ帰ると、ガクガク震えてるのも心配だし、その身体に染み付いた異臭を洗い流すように風呂を勧める。
「とりあえずお風呂、私は大丈夫なんで、あったまってください」
「……風呂」
「そう、お風呂入って」
 元から全裸なので服を脱がせる必要はない。浴槽に湯を張りながらシャワーのレバーを上げると、手で温度を確認して彼をバスチェアに座らせる。
 念のために足の裏を確認してみたけど、足を怪我した様子がなくてホッとする。
「お湯かけますよ」
 体が冷え切って悴んだ手先が動かない様子なので、最初だけはシャワーを浴びせながら髪を洗うのを手伝った。
 シャンプーの泡を洗い流した頃には、彼もシャワーの温度に慣れてきて、自分で体を洗い始めたのを確認すると、ようやく私はバスルームを後にした。
「あ、着替えが要るか」
 びしょ濡れになった上着を脱いでから寝室に移動して、捨て損ねたメンズのスウェットとボクサーパンツを手にバスルームに戻ると、シャワーの音が止んでてとても静かなのが不安になる。
「あの、大丈夫ですか、倒れてないですか」
 ドア越しに浴室の様子を伺って声を掛けると、一拍間を置いて返事がしてホッとする。
「……湯船、凄いあったまる」
「良かったです。着替えとタオル置いておくので、髪はドライヤーで乾かしてくださいね」
「ありがと」
 さて。困った状況になりましたね?
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