その溺愛も仕事のうちでしょ?〜拾ったワケありお兄さんをヒモとして飼うことにしました〜

濘-NEI-

文字の大きさ
上 下
2 / 67

(2)ある日の日常

しおりを挟む
 孤独なバースデーを終えて、11月になってしばらく経った金曜日。
「え、なに。今日残業すんの」
 定時退社でパラパラと人影が減っていく中、隣の席で帰り支度を進める村尾愛花むらおまなかは、数少ない中途採用で入社した同僚だ。そんな彼女が困惑した顔をしている。
「そうだよ。どうしても質感確かめときたい商品があるんだけど、営業の今村さんがサンプル持ち出してるらしくて、受け取り待ちなの」
「え、今村って大丈夫なの、約束忘れられてない?」
 今村さんは人当たりは良いけど、口が上手くて適当なところがあるのは周知の事実。
 営業マンとしての実力はあるものの、事務仕事は手抜きが多くて、事務方の社員から不満が上がることもしょっちゅうある。だから愛花が顔を歪めるのも理解はできる。
「大丈夫。これから戻って高嶋部長と出るらしいから、戻ってこないハズはない」
「ああ。新規オープンのショットバーか」
「そうそう」
 ボードを振り返って打ち合わせの文字を確認すると、私はパソコンに向き直ってキーボードを叩く。
 私が勤める株式会社ロケパッケージは、家具とインテリア、海外製品の企画販売を始めとした店舗のプロデュースや、ホテルやオフィス、個人の部屋に至るまでのあらゆる空間デザインを提案、提供する企業だ。
 そして私は、この会社にインテリアコーディネーターとして在籍して4年になる。
「残業になるのは仕方ないけどさ、久々に飲みたいし金曜なら良いって言うから、もうお店予約しちゃってるよ」
「あれ、今日だったっけ」
「大丈夫そう?なんなら別の人に声掛けるし、今日はやめとこうか」
「大丈夫。遅れるけどちゃんと行くよ。久々にゆっくり話もしたいし」
「じゃあ予約の時間もあるから、先に行くね」
 店の場所はメッセージで送ると手を振って、フロアを出ていく愛花を見送ってから企画書の残りを詰める。
 私が今手掛けてるのは、個人宅のプロデュース。お子さんが産まれて新築した家に配置する家具やカーテン、照明に至るまで一式の手配を任されている。
 各部屋ごとに細かい拘りはあるものの、家としての統一感も求められるので、なかなかこれが骨の折れる作業だ。それは同時に力の見せ所でもある。
 家具は出来るだけ同じメーカーで統一することで、とりあえずはご納得をいただいているけど、できる限り要望は叶えたいので、色んなデータをもとに奔走する日が続いてる。
 画面と睨めっこしながら、そろそろ休憩がてら飲み物でも欲しくなったタイミングで、聞き覚えのある声が耳に届いて顔を上げる。
「ういーす、戻りました。あれ、梅原さん残業?」
 人気がなくなってきたフロアに、ようやく営業部の今村さんが戻ってきてボードのスケジュールを書き換えている。
「お疲れ様です。いや、今村さん待ってたんですよ。ナリックのカーテンサンプルお持ちだって、今朝仰ってたんで」
「ああ!ごめんごめん、そうだったね。ちょっと待って、すぐ渡すから」
 やっぱり忘れられていたようだけど、合流できてホッとする。うっかり席を外したタイミングと被らなくて良かった。
 今村さんは今日の新規顧客との打ち合わせでサンプルを使ったらしく、慌ただしくカバンを漁ると新作の生地の束をそのまま渡される。
「評判良いよ。今日もナリックのご希望があったからね。保管はA-2の棚になってるから、ファイルベースの物とは分けてボックスに戻しといてくれるかな」
「じゃあ台帳も戻しでいいんですよね」
「助かる。頼むわ」
「了解です」
 短いやり取りの後、慌ただしく営業の高嶋部長の元へ急ぐ今村さんの後ろ姿を見送ると、カタログとサンプルを照らし合わせて商品を確認する。
 やはりデータで見るのとは光沢の出方が違う。家庭用の部屋で顧客が希望してる照明となると、この生地のカーテンでは要望よりも存在感が強くて重たい印象になるだろう。
 サンプルの質感を確認したところでデータを入力すると、作業台に移動してライトを切り替えて何パターンか写真に納め、すぐに企画書に写真データを取り込む。
「よし。とりあえず今日はここまでかな」
 指示通りサンプルを棚に片付けて帰り支度を始めると、覗き込んだ腕時計は19時半を指していた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

処理中です...