49 / 65
17-1
しおりを挟む
ビールを飲みながら手料理を食べて、何も聞かないで居てくれる祖母とたわいない話をすると、そろそろ寝るからとあくびをした祖母は、客間に布団を支度して台所を離れた。
分かっていても、あえて聞かない優しさもあるのかと、こんな時に祖母の愛情に触れて、自分はどうするべきなのか、樹貴さんとの向き合い方を教えてみる。
本当のことを知りたいクセに、樹貴さんを避けてばかりで、信じたい気持ちよりも猜疑心が大きくなっていては、冷静に話が出来るとも思えない。
食事の後片付けを済ませてからお風呂に入って、客間に敷かれた布団に寝転がる。
「ふふ、おばあちゃんちの匂いがする」
場所が離れていることもあるし、忙しさにかまけていつも電話で挨拶を済ませていたけど、こんな風に急に訪ねて来ても文句一つ言われないことが純粋に嬉しかった。
きっと樹貴さんだってそうだ。
付き合った期間は確かに短いけど、いつだって私を気に掛けて、私に合わせようとして、あんなに忙しい人なのに、時間を割いて私に会う時間を作ってくれていた。
ショルダーバッグから取り出したスマホで時間を確認すると、もう日付を跨いで夜中になっている。
だけど身勝手にも声が聞きたくなって、電話のマークのアイコンをタップして、リダイアルで樹貴さんに電話をかける。
1コール、2コール。
呼び出し音が鳴る度に緊張でドキドキと心臓がうるさくなる。
そして4コールほど鳴ったところで、ようやく電話が繋がった。
『はいもしもし』
「…………」
スピーカーの向こうから聞こえる大好きな声に、色んな感情が暴れ出して言葉に詰まる。
『もしもし、香澄ちゃん? 』
「……」
『電話くれてありがとう。元気にしてるのかな』
「あの、私」
『良かった。大好きな君の声だ。間違い電話じゃなかったんだね』
「すみません、こんな真夜中に」
『香澄ちゃんからの電話なら、何時だって大歓迎だよ』
優しい声から、スマホの向こうで彼がどんな顔をしているのか手に取るように伝わってくる。
「あの、樹貴さん。私、樹貴さんに聞きた……」
聞きたいことがある。単純だけど言い出せなかった言葉をようやく吐き出したのに、それが遮られる。
『樹貴くん! 急にお腹が……』
スピーカー越しに、樹貴さんのそばで彼を親しげに呼ぶ女性の声がすると、なんの説明もなくマイクが切られて放置され、通話中なのに向こうの様子が一切分からなくなる。
その人は誰ですか。お腹って、前に友梨さんと話してた赤ちゃんのことですか。
簡単なことなのに、切り出すのは容易じゃない。
不安と不満が掻き立てられて、僅か一、二分ほどの出来事が十分や二十分に感じられて、私が貴方の彼女じゃなかったんですか。そんな気持ちにどんどん心の中がどす黒く侵食されていく。
『突然マイクオフにしてごめんね。ちょっと立て込んでて、今からすぐに病院に行かないといけなくなっちゃったんだ』
「……そんなにその 女性が大事ですか」
『え?』
「樹貴さんが忙しいのは分かってるし理解してます。だけど隠し事されて、無条件に信じろなんて虫が良すぎると思います」
『香澄ちゃん、違うんだ。待ってくれないか』
「私と話してるより、その女性と赤ちゃんを大事にした方が良いんじゃないですか」
『香澄ちゃん、遥香のことは本当に誤解なんだ』
否定するどころか親しげに名前を呼んで、あまつさえ誤解だとか、何が誤解だって言うんだろう。まるで私が悪者みたいじゃないか。
『ねえ香澄ちゃん、頼むから』
『ううっ、樹貴くん、お腹がっ』
『おい、大丈夫か遥香』
言いすがる樹貴さんの向こうから、切羽詰まった女性の悲鳴が聞こえて、それを必死になって心配する樹貴さんの声に、私の気持ちは完全に萎えてしまった。
分かっていても、あえて聞かない優しさもあるのかと、こんな時に祖母の愛情に触れて、自分はどうするべきなのか、樹貴さんとの向き合い方を教えてみる。
本当のことを知りたいクセに、樹貴さんを避けてばかりで、信じたい気持ちよりも猜疑心が大きくなっていては、冷静に話が出来るとも思えない。
食事の後片付けを済ませてからお風呂に入って、客間に敷かれた布団に寝転がる。
「ふふ、おばあちゃんちの匂いがする」
場所が離れていることもあるし、忙しさにかまけていつも電話で挨拶を済ませていたけど、こんな風に急に訪ねて来ても文句一つ言われないことが純粋に嬉しかった。
きっと樹貴さんだってそうだ。
付き合った期間は確かに短いけど、いつだって私を気に掛けて、私に合わせようとして、あんなに忙しい人なのに、時間を割いて私に会う時間を作ってくれていた。
ショルダーバッグから取り出したスマホで時間を確認すると、もう日付を跨いで夜中になっている。
だけど身勝手にも声が聞きたくなって、電話のマークのアイコンをタップして、リダイアルで樹貴さんに電話をかける。
1コール、2コール。
呼び出し音が鳴る度に緊張でドキドキと心臓がうるさくなる。
そして4コールほど鳴ったところで、ようやく電話が繋がった。
『はいもしもし』
「…………」
スピーカーの向こうから聞こえる大好きな声に、色んな感情が暴れ出して言葉に詰まる。
『もしもし、香澄ちゃん? 』
「……」
『電話くれてありがとう。元気にしてるのかな』
「あの、私」
『良かった。大好きな君の声だ。間違い電話じゃなかったんだね』
「すみません、こんな真夜中に」
『香澄ちゃんからの電話なら、何時だって大歓迎だよ』
優しい声から、スマホの向こうで彼がどんな顔をしているのか手に取るように伝わってくる。
「あの、樹貴さん。私、樹貴さんに聞きた……」
聞きたいことがある。単純だけど言い出せなかった言葉をようやく吐き出したのに、それが遮られる。
『樹貴くん! 急にお腹が……』
スピーカー越しに、樹貴さんのそばで彼を親しげに呼ぶ女性の声がすると、なんの説明もなくマイクが切られて放置され、通話中なのに向こうの様子が一切分からなくなる。
その人は誰ですか。お腹って、前に友梨さんと話してた赤ちゃんのことですか。
簡単なことなのに、切り出すのは容易じゃない。
不安と不満が掻き立てられて、僅か一、二分ほどの出来事が十分や二十分に感じられて、私が貴方の彼女じゃなかったんですか。そんな気持ちにどんどん心の中がどす黒く侵食されていく。
『突然マイクオフにしてごめんね。ちょっと立て込んでて、今からすぐに病院に行かないといけなくなっちゃったんだ』
「……そんなにその 女性が大事ですか」
『え?』
「樹貴さんが忙しいのは分かってるし理解してます。だけど隠し事されて、無条件に信じろなんて虫が良すぎると思います」
『香澄ちゃん、違うんだ。待ってくれないか』
「私と話してるより、その女性と赤ちゃんを大事にした方が良いんじゃないですか」
『香澄ちゃん、遥香のことは本当に誤解なんだ』
否定するどころか親しげに名前を呼んで、あまつさえ誤解だとか、何が誤解だって言うんだろう。まるで私が悪者みたいじゃないか。
『ねえ香澄ちゃん、頼むから』
『ううっ、樹貴くん、お腹がっ』
『おい、大丈夫か遥香』
言いすがる樹貴さんの向こうから、切羽詰まった女性の悲鳴が聞こえて、それを必死になって心配する樹貴さんの声に、私の気持ちは完全に萎えてしまった。
0
お気に入りに追加
210
あなたにおすすめの小説
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
泉南佳那
恋愛
イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!
どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。
人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。
一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。
玲伊は優紀より4歳年上の29歳。
優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。
店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。
子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。
その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。
そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
契約結婚のはずが、幼馴染の御曹司は溺愛婚をお望みです
紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
旧題:幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。
夢破れて帰ってきた故郷で、再会した彼との契約婚の日々。
★第17回恋愛小説大賞(2024年)にて、奨励賞を受賞いたしました!★
☆改題&加筆修正ののち、単行本として刊行されることになりました!☆
※作品のレンタル開始に伴い、旧題で掲載していた本文は2025年2月13日に非公開となりました。
お楽しみくださっていた方々には申し訳ありませんが、何卒ご了承くださいませ。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛
玖羽 望月
恋愛
雪代 恵舞(ゆきしろ えま)28歳は、ある日祖父から婚約者候補を紹介される。
アメリカの企業で部長職に就いているという彼は、竹篠 依澄(たけしの いずみ)32歳だった。
恵舞は依澄の顔を見て驚く。10年以上前に別れたきりの、初恋の人にそっくりだったからだ。けれど名前すら違う別人。
戸惑いながらも、祖父の顔を立てるためお試し交際からスタートという条件で受け入れる恵舞。結婚願望などなく、そのうち断るつもりだった。
一方依澄は、早く婚約者として受け入れてもらいたいと、まずお互いを知るために簡単なゲームをしようと言い出す。
「俺が勝ったら唇をもらおうか」
――この駆け引きの勝者はどちら?
*付きはR描写ありです。
エブリスタにも投稿しています。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる