初恋は溺愛で。〈一夜だけのはずが、遊び人を卒業して平凡な私と恋をするそうです〉

濘-NEI-

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 空港に向かう途中、樹貴さんからメッセージが届いたけれど、仕事であんなミスをしたにも拘らず、どうしてもメッセージを開いて向き合うことが出来ない自分が情けなくなる。
 立て続けに電話もかかって来たけど、電車の中で応対出来る訳もなく、留守電を設定してない着信はしばらく鳴り続けてからピタリと止まった。
 空港に着くとすぐにチェックインを済ませて荷物を預け、検査場を通り抜けて搭乗口近くの売店でサンドイッチと水を買う。
 ショルダーバッグからワイヤレスイヤホンを取り出して音楽を聴くと、樹貴さんからまたメッセージが届いた。
 さすがにここまで来れば、いくら樹貴さんでも鉢合わせすることはないだろう。
 決意を固めて何件も通知が溜まったメッセージを開くと、耳が覚えてる樹貴さんの声が頭の中に響くように、長く書き込まれたメッセージが再生される。
 忙しくて会いに行けないのが寂しいとか、声だけ聞きたいけど、夜中だから寝てるかなとか、ありふれた日常の気遣いと何気ない言葉。
 一切メッセージを見なかった私に、スマホが壊れたのかと心配する内容も届いてる。
 そしてさっき来たメッセージには、今夜ようやく家に行けるので話したいことがあると書かれている。
 これはもしかしなくても、友梨さんと口論になっていた話が絡んでいるんじゃないだろうか。
 そう思うと、今から引き返して樹貴さんと向き合いたいと思う反面、やっぱり良くない結果に繋がる気がして、どうしてもそれが嫌でその場から動くことは出来なかった。
 そうして結局返事もしないまま、サンドイッチを平らげて水を飲むと、スマホを機内モードに切り替えて福岡に向かう飛行機に乗り込んだ。
 チケットを見ながら指定の席に座ると、イヤホンの音量を上げて腕を組み、俯いて寝る姿勢をとる。
 今はあまり考え事をしたくない。
 樹貴さんには彼なりの考えがあるのかも知れないけど、私は嘘や隠し事をして欲しくなかった。
 それが子どもじみた考えだと分かってはいても、これから先も一緒に過ごすというなら、打ち明ける必要がないなんて理由で、蚊帳の外に置かれるのは辛すぎる。
 そう思っていることを、樹貴さんに伝えるべきなのは分かってる。
 だから福岡に着いたらきちんと電話して話し合おうと決心すると、今は何も考えたくなくて、静かに目を閉じてイヤホンで雑音を遮断した。
 羽田空港を飛び立ってどれくらい経ったのか、緊張して張り詰めていた糸が切れたらしく、目が覚めると、着陸のためにシートベルトの着用を促すアナウンスが流れ始めた。
 一時間半くらい、ぐっすりと眠っていたということだろうか。
 ぼんやりと窓の外に見え始めた夜景を見下ろすと、ペットボトルの水を飲んで口の渇きを癒す。
 仕事のミスを反省しなければいけないのに、真っ先に樹貴さんのことを考えてしまうことが情けなくて、恥ずかしさから泣きそうになるのを必死で堪えて上を向く。
 程なくして福岡空港に飛行機が着陸すると、預けた荷物を回収してから地下鉄に乗り込み、祖母が暮らす街の最寄り駅まで電車に揺られる。
「あ、おばあちゃんにお土産買い忘れた」
 駅前の商店街のスーパーに立ち寄って、祖母が好きな塩豆大福と、家にはないだろうビールとワインを買い込むと、いつも持ち歩く癖がついたエコバッグに詰め込んで店を出た。
 陽が落ちた裏通りを、コロコロとトランクケースを引きずる音が響いて、時折晩ご飯の匂いだろう、住宅街を抜けると良い匂いがして来て、ひどく人恋しい気持ちになる。
 十分ほど歩いて祖母の家に到着すると、おばあちゃんの匂いがして、それほどまで遠くに来たのだと実感した。
「まあまあ、よく来たね」
「ごめんね。急に休みが取れたから来ちゃった」
 言いながら買って来た塩豆大福を手渡すと、仏前に備えてからいただくわと、祖母がにっこり笑う。
「お腹は空いてないの? おばあちゃんの手料理で良かったら、煮物とコロッケがあるし、お好み焼いても良いよ」
「じゃあ、もらおうかな。手を洗ってくるね」
 洗面所で手を洗うと、鏡に映った自分の顔が、思っていたよりもげっそりしたように見えて、これじゃ休めと言われる訳だなと苦笑する。
 台所に戻ると、何も聞かずに私の料理の支度をしてくれる祖母の背中を見つめて、ポケットに入れたままだったスマホの機内モードを解除をした。
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