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 続きがしたくならないのかなんて、この人は一体私をどうしたいんだろうか。
「どうかした、そんな顔して」
「いや、だってあの晩のことは忘れるって」
「置いて行かれた気持ちを、根に持って覚えてて欲しいの?」
「それは」
「とりあえず、ここじゃ話もろくに出来ないからさ、香澄ちゃんの部屋に行っても良いかな」
「え、うちですか」
「話しながらドライブして、どこか行っても良いけど」
 その言い分だと、どのみち私を解放はしてくれないのか。
 彼の言いたいことの半分も分からないけど、せっかく再会したのに、また突き放してしまえば、本当にこの繋がりは切れてしまうんだろう。
 そしていつ遭遇するかとハラハラする、家主と居候としての微妙な関係が始まってしまう。
「分かりました。ちょっと散らかってますけど、うちに来てください」
「良かった、行っても良いんだね。断りそうな顔してたから半分諦めてた」
 破顔するほど嬉しそうな彼に何も言い返すことなんか出来なくて、曖昧に笑って頷くと、ようやく車を降りてマンションに向かう。
 さりげなく隣を歩くだけじゃなく、しっかりと手を繋がれてどうしたものかと思いながらも、ご近所付き合いがあるわけでもないし、彼が好意的なのはなんとなく嬉しい。
 私も現金なもので、少しでも好かれているような空気を肌で感じると、すぐにコロッと転がされてしまう。
 こんなことでは、曖昧に終わったあの夜と何が違うのか分からない。
「ここの三階です」
「へえ、おしゃれなマンションだね」
 十階建てのマンションの三階に決めたのは、防犯対策で簡単には登れない階層なのと、災害時に停電した場合に階段で降りられる場所がいいと思ったから。
 そんな思い入れのある部屋とも、もうそろそろお別れなんだけど。
 エレベーターに乗り込んで三階に移動すると、302号室の前に立ってバッグの中から鍵を取り出す。
「本当に散らかってるので、玄関に入ってから少しだけ待ってもらって良いですか」
「俺あんまり気にしないよ」
「私は気になるので」
 短いやり取りをして玄関の鍵を開けると、冷房を切り忘れていたらしく、部屋の中はひんやりと冷えていて涼しく心地がいい。
 彼にも玄関に入ってもらって鍵を閉めると、約束通りリビングにフロアモップをかける間、その場で待っててもらう。
「本当に申し訳ないですけど、一、二分でさっと済ませますので」
「分かったよ」
 狭い玄関で言い訳のように待っててくださいと、彼の顔を見上げると、柔らかく微笑んだ彼の顔が近付いてまたキスされてしまった。
「ちょっ、あの、困ります」
「本当に? 恥ずかしいだけでしょ。顔が真っ赤なの可愛いね」
「うぅ」
「ほら、待ってるから。片付けするんでしょ」
 彼に背中を押されて部屋に入ると、急いでフロアモップを取り出して、リビングとダイニングキッチンの床を掃除して回る。
 冷房はつけっぱなしだったので部屋の中は涼しいけど、空気の入れ替えはしていなかったので、窓を大きく開けると、むっとした湿度の高い外の空気が流れ込んできた。
「それにしても暑いな」
 サーキュレーターのスイッチを入れると、部屋の空気を循環させて、最後に消臭スプレーを手当たり次第に吹き掛けて、簡単な掃除を終わらせる。
 そこまで換気出来なかったけど、この暑さでは仕方がないので、窓を閉めてサーキュレーターの位置を変えると、冷房が部屋中に行き渡るように気を配る。
「すみません、お待たせしました。あ、ごめんなさい。お客様用のスリッパの用意がなくて」
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