上 下
22 / 65

7-1

しおりを挟む
 しばらくの間、友梨さんとお兄さん、そして私の三人でたわいない世間話をして過ごしていると、友梨さんのスマホにお母様から連絡が入って、そろそろお暇することになった。
「ごめんなさいね、バタバタしちゃって」
「いえ、私こそ。今日は本当にありがとうございました。これから宜しくお願いします」
「いいのよ」
 答えながら、友梨さんはそろそろ出ましょうかとソファーから立ち上がる。
 だけどそんな友梨さんを制すように、お兄さんが突然口を開いた。
「友梨、香澄ちゃんは俺が送っていくから」
「あれ、お兄ちゃん車で来てたの。なら私も送ってよ」
「お前ね」
 また兄妹ゲンカか勃発しそうな空気に、私は咄嗟に電車で帰りますと答えるものの、お兄さんがそれは許さないと強い視線を向けてくる。
「駅までの道をおさらいしたいですし、私は地下鉄で帰りますから」
「ダメだよ。今日も暑いし、車で送っていくから。仕方ないから友梨も乗せてってやるよ」
「やった。ありがとう。香澄ちゃんも遠慮することないわよ。送ってもらって」
「すみません、お気遣いいただいて」
 友梨さんとお兄さんに頭を下げると、先に車の冷房をつけてくるからと、お兄さんが部屋から出て行った。
「業者の都合もあるだろうから、引っ越しの時期が決まればまた連絡して。とはいえ部屋のベッドは好きに使ってもらって良いし、クローゼットもあるから家具は心配要らないわよ」
「キッチンも、本当に好きに使って大丈夫なんですか」
「もちろん」
 美咲が置いていってくれたテレビや冷蔵庫を思い浮かべて、ここでお世話になる間は要らないけど、この先一人暮らしの部屋を探すならトランクルームにでも借りるべきかと思案する。
 生活家電は買い直すとなると結構お金も掛かるし、本音を言えばどこかに保管しておくべきなんだろう。
 家に帰ってから色々調べてみようと思いながら、友梨さんについて家を出ると、お兄さんが玄関に回した車の後部座席に乗り込む。
「お兄ちゃん、悪いけどお母さん腰痛めたみたいだから、私の方先でも良いかな」
「了解」
「ごめんね香澄ちゃん。私は先にお暇するけど、ちゃんと家まで送ってもらってね。遠慮なく」
「何から何まですみません。ありがとうございます」
「いいのよ」
 それから話題は友梨さんの子どもたちのことになり、伯父であるお兄さんに懐いていて、一番上のお兄ちゃんが美容師になりたがってるらしい。
 友梨さんのお兄さんも甥っ子や姪っ子が可愛いのか、家族の話は途切れることなく、帰路のドライブは賑やかな雰囲気でひとしきり盛り上がった。
 そして友梨さんが住むマンションに到着すると、お母さんの帰宅を待っていた子どもたちと挨拶をして、お兄さんに言われるがまま助手席に移動して、今度は私の家に向かう。
 さっきまでの空気とは打って変わって、緊張感すら走る気まずい空気に、どうして良いのか分からなくて、顔を背けるように窓の外を流れていく景色を眺めて無言を貫く。
 そしてここでも、やはり沈黙を破ったのは友梨さんのお兄さんだった。
「ねえ」
「は、はい」
「俺がなんで君に怒ってるか分かってる?」
「あの、結果的にですけど、ストーカーみたいに付き纏ってるからですかね」
「違うよ」
「ごめんなさい」
 呆れた声に胸が苦しくなって俯くと、あのさと彼が切り出す。
「俺、君の名前も知らなかったんだけど」
「それは、その、すみません」
 私も知らなかったんだけど。
「起きたら君は隣に居なくなってて、俺、ホテルに置き去りにされたんだけど」
「あの、それは」
「君からしたら、こんなオッサンはポイ捨てしたい相手だったのかも知れないけどさ。オッサンでも傷付く訳ですよ」
「いや、そんなつもりは」
「でも君、俺が寝てる間にさっさと帰っちゃったよね」
 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
「ごめんなさい」
「俺、あの後ずっとあの中華屋さんに通ったんだよね」
「え」
「だって他に君に会う手段なかったし。そもそも俺が行ってるジムには君、居ないよね」
「ごめんなさい。所属は別の店舗なので、ヘルプでしか顔を出さないので」
「だろうね。君の特徴で探してみたけど、同じようなこと言われた」
 私を探したということは、つまりあの晩のことは、もしかしてあの晩限りじゃなくて、続きをお望みだったということだろうか。
 彼みたいに大人でカッコいい素敵な人が、私とまた会うつもりで居たということは、そういう意味かも知れない。
 そう考えてから、いやいや、それはないだろうと頭の中で大きく首を振る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか
恋愛
旧題:あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。 ※現在公開の後半部分は、書籍化前のサイト連載版となっております。 書籍とは設定が異なる部分がありますので、あらかじめご了承ください。 ――――――――――――――――――― ひょんなことから旅行中の学生くんと知り合ったわたし。全然そんなつもりじゃなかったのに、なぜだか一夜を共に……。 傷心中の年下を喰っちゃうなんていい大人のすることじゃない。せめてもの罪滅ぼしと、三日間限定で家に置いてあげた。 ―――なのに! その正体は、ななな、なんと!グループ親会社の役員!しかも御曹司だと!? 恋を諦めたアラサーモブ子と、あふれる愛を注ぎたくて堪らない年下御曹司の溺愛攻防戦☆ 「馬鹿だと思うよ自分でも。―――それでもあなたが欲しいんだ」 *・゚♡★♡゚・*:.。奨励賞ありがとうございます 。.:*・゚♡★♡゚・* ▶Attention ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します

佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。 何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。 十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。 未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

最高ランクの御曹司との甘い生活にすっかりハマってます

けいこ
恋愛
ホテルマンとして、大好きなあなたと毎日一緒に仕事が出来ることに幸せを感じていた。 あなたは、グレースホテル東京の総支配人。 今や、世界中に点在する最高級ホテルの創始者の孫。 つまりは、最高ランクの御曹司。 おまけに、容姿端麗、頭脳明晰。 総支配人と、同じホテルで働く地味で大人しめのコンシェルジュの私とは、明らかに身分違い。 私は、ただ、あなたを遠くから見つめているだけで良かったのに… それなのに、突然、あなたから頼まれた偽装結婚の相手役。 こんな私に、どうしてそんなことを? 『なぜ普通以下なんて自分をさげすむんだ。一花は…そんなに可愛いのに…』 そう言って、私を抱きしめるのはなぜ? 告白されたわけじゃないのに、気がづけば一緒に住むことになって… 仕事では見ることが出来ない、私だけに向けられるその笑顔と優しさ、そして、あなたの甘い囁きに、毎日胸がキュンキュンしてしまう。 親友からのキツイ言葉に深く傷ついたり、ホテルに長期滞在しているお客様や、同僚からのアプローチにも翻弄されて… 私、一体、この先どうなっていくのかな?

処理中です...