上 下
20 / 65

6-4

しおりを挟む
 変な空気が流れていて冷や汗が滲んでくるけど、友梨さんはそれを違う緊張だと受け止めてくれたらしく、お兄さんがここには住んでないことを強調する。
「お兄ちゃん、なんで今日に限ってここに居るのよ」
「別に、うちの家なんだし、いつ来ようが勝手だろう」
「そうもいかないのよ」
 友梨さんは掻い摘んで私の事情を説明すると、この家の一部屋を私に貸し出す話が出てること、それはご両親にも許可を得てることをお兄さんに説明する。
「嫁入り前のお嬢さんなのよ、分かるでしょ。それにお兄ちゃんは自分のマンションがあるでしょ」
「それはそっちが勝手に決めたことだろ」
 目の前で兄妹ゲンカが始まってしまった。
 いたたまれなくて口を挟もうとするけど、バチバチと火花を散らすような大人気ない兄妹ゲンカに、なかなか入り込むことが出来ない。
「香澄ちゃんって言ったっけ」
 突然声を掛けられて、慌てて彼の顔を見る。
「は、はい」
「部屋を貸すのは別に俺も反対はしないけど、言ってもここは俺の実家だからさ、仕事の都合でここに寝泊まりするのが便利な時もあるんだよね」
「それは、はい。こちらが無理を言ってるだけなので。私は自分で部屋を探しますので」
「いやいや、住むのは構わないんだって。だけど、俺がたまに泊まるのを了承してくれないかな」
「ちょっと、お兄ちゃん!」
 友梨さんが間に割って入ろうとするのを、静かにしててとお兄さんが黙らせる。
「だってこんなだだっ広い家に、嫁入り前のお嬢さんが一人も不用心だろ。セキュリティ会社に登録してるとはいえ、お預かりするなら様子見も必要じゃないか」
「いえ、本当にお気遣いいただいて申し訳ないんですが、私やっぱり自分で部屋を探しますので」
 なんだか話が大事になってきたので、いくら菜穂ちゃんの紹介で、よく見知った友梨さんの実家とはいえ、やっぱり部屋を間借りするのは諦めた方が良さそうだ。
「そうは言うけど香澄ちゃん、部屋が見つからなかったら大変じゃない。良いのよ、うちに住んでからゆっくり探せば」
「俺もそれが良いと思うよ」
「いえ、そういう訳には」
 友梨さんとお兄さんにこの家に住めば良いと言われて言葉に詰まる。
 お兄さんとも知らない間柄ではない、非常に気まずい立場の私としては、ここは引き止めずに追い出すくらいのことを言って欲しかったのに。
「ねえ香澄ちゃん。兄のことはちょっと想定外だったけど、本当に、遠慮してるだけなら気遣い無用だから」
「でも、友梨さん」
「本当に、遠慮ならしないでね。とりあえず事情が事情だし、今の部屋に住み続けるのも大変でしょ」
 確かに新しい部屋が決まらないことには、美咲や旦那さんの家賃負担が続いてしまうし、私が一人で払うからと簡単に切り出せるような額じゃない。
 色んなことが頭をよぎって悩んでいると、友梨さんのお兄さんが難しく考えなくて良いと口を開いた。
「俺のことは、この家の管理人みたいなものだと思ったらいいよ。二週に一回か月イチ程度、寝に帰ってくるだけだから。多分すれ違うこともないだろうし。友梨もそれなら良いだろ」
「そうね、家の管理で言えば武田さんも出入りするし。香澄ちゃん、兄のことはちょっと想定外だけど、それでどうかしら」
 二人に見つめられて、ここに住めば良いと言い切られると、断る理由も咄嗟には思い付かなくて、押し切られる形で頷くしかなかった。
「じゃあ、お世話になります」
「ああ、良かった。菜穂子に頼まれてたから、これで追い出すみたいになったら嫌だったのよ」
 友梨さんは安堵したようにそう答えると、二階を案内する前に換気を済ませてくると言ってリビングを出て行ってしまい、リビングには私と友梨さんのお兄さんが残された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
2021 宝島社 この文庫がすごい大賞 優秀作品🎊 24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月
恋愛
 第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。 ――珈琲が織りなす、家族の物語  バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。  ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。   亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。   旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

処理中です...