76 / 84
21.②
しおりを挟む
「こういうのやめてくれない? 迷惑なの分からないの」
「カリカリすんなよ。長い間構ってやってないから怒ってるんだろ。悪かったよ、俺もバタバタしててさ」
「はあ? なに言ってんの」
大輔のあまりにも馴れ馴れしい態度のせいで、周りから視線を集めてしまうことも、私たちの会話が痴話喧嘩のように見られることにも耐えられない。
「素直になれよ秋菜。お前、今でも俺のこと好きなんだろ」
「……なにをどうしたらそんな考えになるの。頭どうかしてるんじゃないの」
「お前なあ、さっきから人が下手に出てやってんのに、何様のつもりで話してんだよ」
「本当に頭おかしいんじゃないの? どうしたの」
「うるせえな、お前は黙って俺の言うこと聞いてれば良いんだよ! 良いから来い」
また腕を掴まれて無理やり引っ張られてしまう。
「痛い! やめてって。一緒に行く義理ないでしょ」
咄嗟に大きな声で反論して腕を引き剥がすと、傍観を決め込んでいた周りもだんだん騒がしくなってくる。
そして野次馬が増えてきた瞬間、今度は別のどよめきのような声があがった。
「秋菜!」
助けて欲しくて堪らなかった声が私を呼ぶ。
ダークグレーのスリーピーススーツを着こなし、人混みを掻き分けて颯爽と現れた凌さんが、周りの視線を集める。
「凌さんッ」
すぐに彼に駆け寄って、大輔から身を隠すように背後に回り、僅かに震える指先で必死に彼の背中にしがみつく。
「ごめん、遅くなった。彼は?」
「偶然会って、絡まれちゃって」
凌さんは大輔のことを覚えてはいないのか、ナンパかなにかだと思ったようだ。
「彼女が嫌がってるの分からないんですか」
「なんなんだよお前は。……あ? お前、あの時の!」
パーティーに水をさされたからか、大輔の方は凌さんを覚えていたらしく、怒りの形相になって殴り掛からんばかりの勢いで彼に詰め寄った。
その瞬間、面白がって様子を見ている周りからどよめきが起こる。
けれど凌さんは私を庇いながら咄嗟に身を躱わすと、よろけて転びそうになる大輔を一瞥して、どこかでお会いしましたかと首を捻る。
「凌さん、これ果穂乃さんの……」
背伸びして耳打ちすると、凌さんはようやく合点がいったように、ああ、と呟いてスッと真顔になった。
「奥様はその後ご健勝ですか」
「お前に関係ないだろ!」
周りの視線に気が立っているのか、大輔は怒りを隠そうともせずに大声を出す。
「そうですね。でもそれとこれとは別です。私の恋人になんの用ですか」
「は? 恋人だと」
大輔は驚いた様子で凌さんと私を交互に見ると、けれどすぐにニヤッと笑うと仁王立ちして鼻を鳴らす。
「ハッ。なんだよ。お前らあぶれ者同士、傷の舐め合いでもしてんのか」
「ちょっと!」
「秋菜、ここは任せて」
咄嗟に反論しようとした私を小声で制すると、凌さんは毅然とした態度で大輔と向かい合った。
「ありがたいことに、あなた方のようなクズのおかげで良縁に恵まれました」
「なんだと⁉︎」
「聞こえませんでしたか。どうせあの女に振り回された腹いせに秋菜に絡んだんでしょう? あの女の本当の妊娠相手が上司じゃ、あなたの栄転も頓挫しますよね。心中お察しします」
凌さんは少しだけ身を屈めて大輔に顔を寄せると、恐ろしく冷酷な顔をしながら耳元で毒のこもった言葉を吐き捨てる。
「ふしだらな奥様に、どうぞよろしくお伝えください」
怒りでわなわな震える大輔に冷淡な笑顔を向けると、行こうと言って凌さんは私の手を取り、騒然とするその場から離れて歩き出した。
「ねえ……さっきのって」
「うん。まあ、後で話すよ」
事態が飲み込めずに後ろを振り返ると、顔を真っ赤にしながら、見せ物じゃないと声を荒げてその場から退散する大輔の姿が見えた。
「カリカリすんなよ。長い間構ってやってないから怒ってるんだろ。悪かったよ、俺もバタバタしててさ」
「はあ? なに言ってんの」
大輔のあまりにも馴れ馴れしい態度のせいで、周りから視線を集めてしまうことも、私たちの会話が痴話喧嘩のように見られることにも耐えられない。
「素直になれよ秋菜。お前、今でも俺のこと好きなんだろ」
「……なにをどうしたらそんな考えになるの。頭どうかしてるんじゃないの」
「お前なあ、さっきから人が下手に出てやってんのに、何様のつもりで話してんだよ」
「本当に頭おかしいんじゃないの? どうしたの」
「うるせえな、お前は黙って俺の言うこと聞いてれば良いんだよ! 良いから来い」
また腕を掴まれて無理やり引っ張られてしまう。
「痛い! やめてって。一緒に行く義理ないでしょ」
咄嗟に大きな声で反論して腕を引き剥がすと、傍観を決め込んでいた周りもだんだん騒がしくなってくる。
そして野次馬が増えてきた瞬間、今度は別のどよめきのような声があがった。
「秋菜!」
助けて欲しくて堪らなかった声が私を呼ぶ。
ダークグレーのスリーピーススーツを着こなし、人混みを掻き分けて颯爽と現れた凌さんが、周りの視線を集める。
「凌さんッ」
すぐに彼に駆け寄って、大輔から身を隠すように背後に回り、僅かに震える指先で必死に彼の背中にしがみつく。
「ごめん、遅くなった。彼は?」
「偶然会って、絡まれちゃって」
凌さんは大輔のことを覚えてはいないのか、ナンパかなにかだと思ったようだ。
「彼女が嫌がってるの分からないんですか」
「なんなんだよお前は。……あ? お前、あの時の!」
パーティーに水をさされたからか、大輔の方は凌さんを覚えていたらしく、怒りの形相になって殴り掛からんばかりの勢いで彼に詰め寄った。
その瞬間、面白がって様子を見ている周りからどよめきが起こる。
けれど凌さんは私を庇いながら咄嗟に身を躱わすと、よろけて転びそうになる大輔を一瞥して、どこかでお会いしましたかと首を捻る。
「凌さん、これ果穂乃さんの……」
背伸びして耳打ちすると、凌さんはようやく合点がいったように、ああ、と呟いてスッと真顔になった。
「奥様はその後ご健勝ですか」
「お前に関係ないだろ!」
周りの視線に気が立っているのか、大輔は怒りを隠そうともせずに大声を出す。
「そうですね。でもそれとこれとは別です。私の恋人になんの用ですか」
「は? 恋人だと」
大輔は驚いた様子で凌さんと私を交互に見ると、けれどすぐにニヤッと笑うと仁王立ちして鼻を鳴らす。
「ハッ。なんだよ。お前らあぶれ者同士、傷の舐め合いでもしてんのか」
「ちょっと!」
「秋菜、ここは任せて」
咄嗟に反論しようとした私を小声で制すると、凌さんは毅然とした態度で大輔と向かい合った。
「ありがたいことに、あなた方のようなクズのおかげで良縁に恵まれました」
「なんだと⁉︎」
「聞こえませんでしたか。どうせあの女に振り回された腹いせに秋菜に絡んだんでしょう? あの女の本当の妊娠相手が上司じゃ、あなたの栄転も頓挫しますよね。心中お察しします」
凌さんは少しだけ身を屈めて大輔に顔を寄せると、恐ろしく冷酷な顔をしながら耳元で毒のこもった言葉を吐き捨てる。
「ふしだらな奥様に、どうぞよろしくお伝えください」
怒りでわなわな震える大輔に冷淡な笑顔を向けると、行こうと言って凌さんは私の手を取り、騒然とするその場から離れて歩き出した。
「ねえ……さっきのって」
「うん。まあ、後で話すよ」
事態が飲み込めずに後ろを振り返ると、顔を真っ赤にしながら、見せ物じゃないと声を荒げてその場から退散する大輔の姿が見えた。
50
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです
坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」
祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。
こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。
あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。
※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる