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13.①

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 年が明けると実家に顔も出さず寝正月を決め込み、年明けからバタバタと忙しく過ごしてるうちに一月ももう終わりが見えて来た。
「秋菜、今ちょっと良いかな」
「ごめん。リテイク分、今日中に直さないといけないの。すぐ済む話?」
 もうそろそろ定時になろうとしてる小さなオフィスは、みんなも帰り支度でバタバタしてる。
「じゃあとりあえず報告だけ」
「報告?」
 画面から美鳥に視線を移すと、美鳥は黙ったまま椅子を近付け、耳打ちするように顔を寄せて、まだ誰にも話してないと切り出した。
「婚約したの、私」
「えっ」
 思わず驚いて体を引くと、驚きすぎだと美鳥が笑う。
「だよね、普通驚くよね。それでこれからバタバタするから、時間のあるうちにと思って。今日ご飯でも食べながら話そうと思ったんだけど、また別の日に行こうか」
「待って待って。そんな大事な話をさらっと言わないでよ。待たせちゃうけど今日話したい、めちゃくちゃ話聞きたい」
「食い付くねぇ」
「当たり前でしょ。ああ、でも一時間以上待たせちゃうかも」
「じゃあさ、久々にうちにおいでよ」
「え、良いの?」
「うん。そしたら時間気にせず飲んで話も出来るし」
「分かった。とにかくおめでとう。色々聞きたいことあるけど、早く仕事終わらせるよ」
「うん。じゃあまたあとでね」
「お疲れ様」
 にこやかに笑って手を振ると、幸せいっぱいで自信に満ち溢れた美鳥の後ろ姿が羨ましくなる。
 結局あの後、凌さんからは一切連絡がない。
 もしかしたら仕事で会ってしまうかもと思ったけれど、ターコイズウィングのオフィスに顔を出す機会があっても、当然ながら担当の北原さんとしかやり取りはなかった。
 逆に大輔からは実家を通じてクレームみたいな連絡が何度か来たけど、そちらに取り合うつもりはないし、親には正直に事情を話したので今後は向こうで処理してくれるだろう。
 偶然なのか必然なのか、大輔と果穂乃さんの不仲を耳にした途端、果穂乃さんの元カレでもある凌さんからの連絡が途絶え、綺麗さっぱり線を引かれたみたいな状況には精神的にくるものがある。
 だけど冷静に考えると、凌さんたちはあるべき姿に戻るだけのことで、果穂乃さんが大輔と縁を切るのかどうなのかまでは分からないけど、私は大輔側の人間なのだ。
「ダメだ。集中力が落ちて来た」
 邪念を払うように頭を振って、すっかり冷めてしまったコーヒーを流し込んだ。
 色んなことが頭をよぎり、結局一時間以上かかってデザインの細部の修正をなんとか完了させると、データを送信してようやくパソコンの電源を落とす。
 そして帰り支度を整え、まだオフィスに残っていた社長に挨拶を済ませて会社を出た。
「寒っ」
 昼過ぎから降り始めた雨は雪に変わったらしく、ぼた雪が大きな水たまりで跳ねて、足元のコンディションは最悪に近い。
 美鳥に今から向かうとメッセージを送り、傘を広げて駅までの道を早足に歩くと、黒だから目立たないけど、ロングスカートの裾に泥が跳ねてしまった。
 なにもかも上手くいかなくて、挫けそうになりながら地下鉄に揺られ、窓に映る覇気のない自分に溜め息が漏れる。
(なんでこんなに、上手くいかないんだろう)
 結婚願望がそこまで強い訳じゃないけど、出来れば結婚したら子どもは欲しいし、三十になった今、心を占めるのは焦りに似た思いだったりする。
 大輔と結婚しなくて済んだことは、キツい経験だったけど、結果として現実を見る良い機会になったと思うし、結婚したとしても上手くなんて行かなかった気がする。
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