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9.④

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 そんな気まずい空気の中、私たちの元にワインが運ばれてきて、とりあえず乾杯しようかと凌さんがグラスを持った。
「今日は俺の都合に付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ、こちらこそ」
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
 静かにグラスを掲げて乾杯すると、芳醇な香りが際立つ赤ワインが、緊張で乾いていた喉の奥に染み渡っていく。
 これなら飲みやすいとか無難な会話をして、気まずさを払拭しようと話題を変えたいのに、凌さんは気まずそうな顔をして私を見る。
「あのさ、秋菜ちゃん」
「はい」
 私がさっき何気なく言った言葉には思うところがあったのか、凌さんは急に元気のない様子になって、呟くような小さな声でごめんねと口を開いた。
「年末でバタバタしてるからって、クリスマスに俺なんかと食事になって迷惑だったよね」
 やはり逆に気を遣わせてしまったかと後悔しつつ、この食事はあくまでもお礼のために設けられた場なのだと再確認すると、少しだけ胸の奥が痛んだ。
 そんな沈んだ気持ちを気付かれたくなくて、私は咄嗟に目一杯笑って笑顔を作ると、年末はどこも忙しいですからねと切り出した。
「迷惑だなんて、そんなことはないですよ。凌さんもお忙しいのに、本当に大丈夫だったんですか。今日もお仕事大変だったみたいですけど」
「ちょっとね。生産を任せてる工場の一部でトラブルがあって、商品の入荷予定が狂っちゃって。代わりの商品を回すにしても、人員の問題とか色々出てきちゃって」
「それは大変ですね。今日の予定、優先してもらったみたいですけど良かったんですか」
「うん。さっきも言ったけど、今日の予定があるから仕事もなんとかこなせたのは本当なんだ」
「そうですか」
 そうなると、約束したから無理に時間を作ってくれたのではないかと胃がキリキリするけど、目の前の凌さんは微笑みながらお腹空いたねって、ウキウキした様子なのでその言葉を信じたい。
 早速運ばれてきた料理はどれも美味しくて、特に魚料理の真鯛のポワレはカリッとして香ばしく、白ワインで煮立てたムール貝も旨味が詰まっていて美味しかった。
 その後にいただいた牛フィレ肉のソテーも、それまで食べたことがなかったポルチーニ茸の濃厚なクリームソースがアクセントになっていて、舌が肥えてしまったかも知れない。
 そして食事はデザートに移り、パリパリの生地に甘みを抑えたクリームと酸味の強いイチゴが相性抜群のミルフィーユを、ポロポロとこぼさないように食べるのに必死になってしまう。
「秋菜ちゃん、いちいち可愛らしいよね」
「はい?」
「いや、こういうパイ生地ってポロポロ落ちちゃうよね」
「ごめんなさい。私こういう素敵なお店は馴染みがなくて、お行儀悪かったでしょうか」
「大丈夫だよ。美味しく食べればそれが正解だと思うし、実際凄く美味しそうに食べてるよ」
 まるで私が食いしん坊みたいな口ぶりに、ちょっと言い返したくなるけど、凌さんが豪快にミルフィーユを口に運ぶのを見たらどうでもよくなった。
 そして食後のコーヒーを飲み始めると、彼は思い出したように手荷物を探って、気に入ってくれると良いんだけどと言いながら紙袋を私に手渡した。
「お礼っていうかプレゼント。ほら、今日はクリスマスだし、オマケも入れておきました」
「え、オマケですか」
「うん」
 開けてみて欲しいと言われてその場で中身を広げてみると、アーガイル柄のブラウンを基調にしたブランケットが入っていた。
「わあ! ありがとうございます。これ凄く手触りが良いです」
「気に入ってくれたかな」
「はい。これくらいの大きさの物は持っていないので、重宝しそうです」
「良かった」
「あ、下に箱が入ってます」
「うん。それもこの時期使いやすいんじゃないかと思って」
 ブランケットを畳んでから、下に入っていた小ぶりな箱を開けると、ボトルに入った液体が現れたけど、これはフレグランスの類いだろうか。
 なんの商品なのか分からなくてキョトンとしていると、凌さんがこれはバスオイルなんだと教えてくれた。
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