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9.①
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世間はすっかり年末ムードで、仕事納めを控えたクリスマス当日。
予定通り定時に仕事を終えた私は、休憩室の鏡で自分の全身に、どこか変なところがないか確認するのに余念がない。
メイクはあくまでもいつも通り、だけど今日はワントーン明るい眉マスカラで目元の印象を変えてある。
肩甲骨あたりまで伸びた髪は、ヘアアレンジが苦手なのでサイドをゆるく三つ編みしてハーフアップにしてから毛束をほぐしてみた。
服装はマンダリンオレンジのハイネックに、マーメイドラインの黒いロングスカートと厚底のサイドゴアブーツ。
その上にチャコールのチェスターコートを羽織って、寒さ対策に首元に臙脂色のストールを巻いている。
「カジュアルすぎず、張り切りすぎず……こんなもんだよね」
鏡に顔を寄せてメイクのよれをチェックして、サッとメイクを直して髪を整え、ヨシッと自分に気合を入れると、雪の結晶がモチーフのチェーンピアスがゆらゆら揺れた。
今日がクリスマスだからって特別な意味なんてない。何度もそう自分に言い聞かせると、バッグから取り出したスマホをチェックする。
少し遅れて会社を出たので、安全のために会社で待ってて欲しいと凌さんからメッセージが届いていた。
安全のためというのは、蔵本さんの件だろう。
実はあの後も何度か会社の前で待ち伏せされて、先日社長を通して賀茂屋百貨店へクレームを入れてもらったばかりだ。
それが功を奏したのか、一昨日辺りから見かけていないけれど、仕事帰りは誰かしらと一緒に行動することになっているので、みんなの協力が心強い。
そんなことがあったので、凌さんにはどの段階で遅れるという話なのかも確認せずに、すぐに構わないと返信する。
するとすぐに既読がついて、まだ少しかかりそうというメッセージが届き、ごめんと謝るクマのスタンプが送られてきた。
「別に迎えがなくても大丈夫なんだけどな」
仕方がないので、凌さんが到着するまで休憩室でコーヒーを飲んで時間を潰す。読み掛けの文庫本をバッグから取り出し、ゆっくりと読書でもしながら待てば良い。
しばらくすると、そろそろみんなが帰るらしく、オフィスにセキュリティロックを掛けるからと社長が声を掛けにきた。
「林原、なんだまだ居たのか。待ちぼうけか」
「会社の前まで迎えに来てくれるらしいので、念のためここで待ってるところです」
「そうか」
ちょうどそのタイミングでテーブルに置いたスマホが震え、凌さんから今着いたとメッセージが送られてきた。
「すみません社長。今ちょうど着いたみたいです」
「おお。良かったな。じゃあ施錠するから一緒に出るか」
「はい」
凌さんに今出ますとメッセージを返し、社長と一緒にフロアを出ると、雑談をしながらビルを出てその場で解散する。
これから凌さんに会うのかと思うと急に心臓がドキドキし始め、クリスマスに乗じてギフトを兼ねたプレゼントを用意してきたことを後悔し始める。
(でも一応、今日は蔵本さんの件のお礼だし。これくらい構わないよね)
私はどうも今朝からソワソワしていたらしく、美鳥には揶揄われたけど、私と凌さんの関係はまだ微妙に曖昧なままだ。
それに今日はあくまでも、お礼をするために年末の忙しい中、時間を作って私に会おうとしてくれただけ。
そうやって自分に言い聞かせて心を落ち着かせていると、突如現れた人影に腕を掴まれた。
「やあ、林原さん」
「……蔵本さん?」
いつもの印象と違う少しだらしない雰囲気の蔵本さんは、掴んだ私の腕を一気に捻り上げた。
「いっ」
「お前さあ、何様のつもりだよ」
「ちょっ、痛いです! 放してくださいッ」
「若作りの年増のくせに、ちょっと相手してやろうって親切で声かけてやったのに、なに調子乗って本社にクレーム入れてんだよ!」
「やめてください」
予定通り定時に仕事を終えた私は、休憩室の鏡で自分の全身に、どこか変なところがないか確認するのに余念がない。
メイクはあくまでもいつも通り、だけど今日はワントーン明るい眉マスカラで目元の印象を変えてある。
肩甲骨あたりまで伸びた髪は、ヘアアレンジが苦手なのでサイドをゆるく三つ編みしてハーフアップにしてから毛束をほぐしてみた。
服装はマンダリンオレンジのハイネックに、マーメイドラインの黒いロングスカートと厚底のサイドゴアブーツ。
その上にチャコールのチェスターコートを羽織って、寒さ対策に首元に臙脂色のストールを巻いている。
「カジュアルすぎず、張り切りすぎず……こんなもんだよね」
鏡に顔を寄せてメイクのよれをチェックして、サッとメイクを直して髪を整え、ヨシッと自分に気合を入れると、雪の結晶がモチーフのチェーンピアスがゆらゆら揺れた。
今日がクリスマスだからって特別な意味なんてない。何度もそう自分に言い聞かせると、バッグから取り出したスマホをチェックする。
少し遅れて会社を出たので、安全のために会社で待ってて欲しいと凌さんからメッセージが届いていた。
安全のためというのは、蔵本さんの件だろう。
実はあの後も何度か会社の前で待ち伏せされて、先日社長を通して賀茂屋百貨店へクレームを入れてもらったばかりだ。
それが功を奏したのか、一昨日辺りから見かけていないけれど、仕事帰りは誰かしらと一緒に行動することになっているので、みんなの協力が心強い。
そんなことがあったので、凌さんにはどの段階で遅れるという話なのかも確認せずに、すぐに構わないと返信する。
するとすぐに既読がついて、まだ少しかかりそうというメッセージが届き、ごめんと謝るクマのスタンプが送られてきた。
「別に迎えがなくても大丈夫なんだけどな」
仕方がないので、凌さんが到着するまで休憩室でコーヒーを飲んで時間を潰す。読み掛けの文庫本をバッグから取り出し、ゆっくりと読書でもしながら待てば良い。
しばらくすると、そろそろみんなが帰るらしく、オフィスにセキュリティロックを掛けるからと社長が声を掛けにきた。
「林原、なんだまだ居たのか。待ちぼうけか」
「会社の前まで迎えに来てくれるらしいので、念のためここで待ってるところです」
「そうか」
ちょうどそのタイミングでテーブルに置いたスマホが震え、凌さんから今着いたとメッセージが送られてきた。
「すみません社長。今ちょうど着いたみたいです」
「おお。良かったな。じゃあ施錠するから一緒に出るか」
「はい」
凌さんに今出ますとメッセージを返し、社長と一緒にフロアを出ると、雑談をしながらビルを出てその場で解散する。
これから凌さんに会うのかと思うと急に心臓がドキドキし始め、クリスマスに乗じてギフトを兼ねたプレゼントを用意してきたことを後悔し始める。
(でも一応、今日は蔵本さんの件のお礼だし。これくらい構わないよね)
私はどうも今朝からソワソワしていたらしく、美鳥には揶揄われたけど、私と凌さんの関係はまだ微妙に曖昧なままだ。
それに今日はあくまでも、お礼をするために年末の忙しい中、時間を作って私に会おうとしてくれただけ。
そうやって自分に言い聞かせて心を落ち着かせていると、突如現れた人影に腕を掴まれた。
「やあ、林原さん」
「……蔵本さん?」
いつもの印象と違う少しだらしない雰囲気の蔵本さんは、掴んだ私の腕を一気に捻り上げた。
「いっ」
「お前さあ、何様のつもりだよ」
「ちょっ、痛いです! 放してくださいッ」
「若作りの年増のくせに、ちょっと相手してやろうって親切で声かけてやったのに、なに調子乗って本社にクレーム入れてんだよ!」
「やめてください」
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