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8.②
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誰に言うでもなく呟き、その場に立ち止まって折り畳み傘を取り出そうとバッグの中を探っていると、突然ヌッと人影が目の前に現れた。
「あれぇ、林原さん。今お帰りですか」
「……え」
そこには既に帰ったはずの蔵本さん姿があって、言いようのない恐怖で体が硬直する。
「いや、外回りで今日はこの近くを行き来してたんですよ。まさかこんな遅い時間に会えるなんて偶然だなあ」
「そ、そうですね」
「どうですか。せっかくだから、この後お食事でも。ほら、俺たち付き合い長いですけど、飲みとか行ったことないじゃないですか」
「申し訳ありません。この後予定がありますので」
「えー。つれないなぁ」
蔵本さんは引く気がないのか、ニヤニヤしながら私の行く手を阻んでその場から移動させてくれない。
「あの、本当にすみません。私行かないと」
「またまた、本当は約束なんかないんでしょ」
「いえ……その」
「良いじゃないですか、ちょっと食事するだけですって」
「ちょっ、やめてくださいッ」
急に手を掴まれて引き寄せられてしまい、あまりにも身勝手な振る舞いに、ついに目一杯突き放して大声が出てしまう。
「あれ? 俺にそんな態度取って大丈夫ですか。林原さんはうちとの取引がポシャっても良いのかな」
「それは脅しですか」
「脅しだなんて。ちょっと付き合ってくれたら俺だって考えを変えなくもないですよ」
「個人的なお誘いはお受けできません」
「そんな固いこと言わないで、ちょっとメシ食べるだけじゃないですか」
「それでも困ります」
「頑固だなあ。そんなに断られると、こっちは火がついちゃうのに」
ニタッと笑うと、蔵本さんは再び私の腕を掴む。
「やめてください」
「そんな怯えた顔して。カマトトぶらなくて良いじゃないですか。食事してもっとお互いを知れば良い関係が築けますって」
ダメだ。なにを言っても通じる気配がない。
会社は既にみんな帰ってしまっているし、スマホで誰かに助けを求めるにしても、ここでスマホを取り出したら蔵本さんにそれを取り上げられる可能性がある。
(ヤダもう……どうしたら良いの)
苛立ちと同時に込み上げる恐怖に歯を食いしばると、不意に現れた人影が、私の腕を掴む蔵本さんの手を振り払った。
「彼女が嫌がってるのが分からないんですか」
「な、なんだよ突然」
「秋菜。大丈夫?」
そう言って私を傘の中に入れ、顔を覗き込んだのは凌さんだった。
「……凌さん」
「あんまり遅いから迎えに来たよ」
その場を切り抜けるための嘘だと分かっていても、心の底から安堵してしまう。
「ちょっと、さっきからアンタなんなんだよ」
急に蚊帳の外の扱いになったのが不服なのだろう。蔵本さんが声を荒げて凌さんを睨む。
「貴方こそ、取引を餌に個人的な誘いを強要するのはルール違反じゃないですか」
「アンタに関係ないだろ」
「ありますよ。彼女は私の恋人ですから」
答えてすぐに凌さんは私を抱き寄せると、大丈夫だからと小さな声で囁いて安心させようとしてくれる。
「おいおい、冗談だろ。お前みたいな野暮ったい男が、彼女の恋人な訳ないだろう」
蔵本さんは鼻で笑うと、お前が付き合えるなら俺の方がよっぽど良いだろと更に暴言吐く。
「嘘でもなんでもありませんよ。彼女が私の恋人なのは事実です。これ以上彼女に付きまとうのはやめてください。もしもまだ問題行動が続くなら、貴方の会社に報告しますよ」
凌さんは迫力のある視線で蔵本さんを見下ろし睨み付けると、蔵本さんは気圧されたのか苛立ったように舌打ちする。
さすがに会社に報告されるのは良くないと気が付いたのか、そのまま踵を返してその場を去っていった。
「あの人は、いつもあんな風に言い寄ってくるの?」
「いえ。あんなに強引なのは今日が初めてです」
「腕、大丈夫だったかな」
「はい。平気です」
「そっか。良かった」
ニッコリ笑う凌さんの顔を見ていると、一気に緊張がほぐれて体の力が抜けて足が震えてきた。
「とりあえずここじゃなんだから、どこかに移動しようか」
「……はい」
今この場で解散してしまっては、どこに潜んでるとも分からない蔵本さんにまた捕まる可能性がある。
そう思うと怖くて、凌さんにしがみつくように寄り添うと、彼が差す傘に二人で入ってその場から移動した。
「あれぇ、林原さん。今お帰りですか」
「……え」
そこには既に帰ったはずの蔵本さん姿があって、言いようのない恐怖で体が硬直する。
「いや、外回りで今日はこの近くを行き来してたんですよ。まさかこんな遅い時間に会えるなんて偶然だなあ」
「そ、そうですね」
「どうですか。せっかくだから、この後お食事でも。ほら、俺たち付き合い長いですけど、飲みとか行ったことないじゃないですか」
「申し訳ありません。この後予定がありますので」
「えー。つれないなぁ」
蔵本さんは引く気がないのか、ニヤニヤしながら私の行く手を阻んでその場から移動させてくれない。
「あの、本当にすみません。私行かないと」
「またまた、本当は約束なんかないんでしょ」
「いえ……その」
「良いじゃないですか、ちょっと食事するだけですって」
「ちょっ、やめてくださいッ」
急に手を掴まれて引き寄せられてしまい、あまりにも身勝手な振る舞いに、ついに目一杯突き放して大声が出てしまう。
「あれ? 俺にそんな態度取って大丈夫ですか。林原さんはうちとの取引がポシャっても良いのかな」
「それは脅しですか」
「脅しだなんて。ちょっと付き合ってくれたら俺だって考えを変えなくもないですよ」
「個人的なお誘いはお受けできません」
「そんな固いこと言わないで、ちょっとメシ食べるだけじゃないですか」
「それでも困ります」
「頑固だなあ。そんなに断られると、こっちは火がついちゃうのに」
ニタッと笑うと、蔵本さんは再び私の腕を掴む。
「やめてください」
「そんな怯えた顔して。カマトトぶらなくて良いじゃないですか。食事してもっとお互いを知れば良い関係が築けますって」
ダメだ。なにを言っても通じる気配がない。
会社は既にみんな帰ってしまっているし、スマホで誰かに助けを求めるにしても、ここでスマホを取り出したら蔵本さんにそれを取り上げられる可能性がある。
(ヤダもう……どうしたら良いの)
苛立ちと同時に込み上げる恐怖に歯を食いしばると、不意に現れた人影が、私の腕を掴む蔵本さんの手を振り払った。
「彼女が嫌がってるのが分からないんですか」
「な、なんだよ突然」
「秋菜。大丈夫?」
そう言って私を傘の中に入れ、顔を覗き込んだのは凌さんだった。
「……凌さん」
「あんまり遅いから迎えに来たよ」
その場を切り抜けるための嘘だと分かっていても、心の底から安堵してしまう。
「ちょっと、さっきからアンタなんなんだよ」
急に蚊帳の外の扱いになったのが不服なのだろう。蔵本さんが声を荒げて凌さんを睨む。
「貴方こそ、取引を餌に個人的な誘いを強要するのはルール違反じゃないですか」
「アンタに関係ないだろ」
「ありますよ。彼女は私の恋人ですから」
答えてすぐに凌さんは私を抱き寄せると、大丈夫だからと小さな声で囁いて安心させようとしてくれる。
「おいおい、冗談だろ。お前みたいな野暮ったい男が、彼女の恋人な訳ないだろう」
蔵本さんは鼻で笑うと、お前が付き合えるなら俺の方がよっぽど良いだろと更に暴言吐く。
「嘘でもなんでもありませんよ。彼女が私の恋人なのは事実です。これ以上彼女に付きまとうのはやめてください。もしもまだ問題行動が続くなら、貴方の会社に報告しますよ」
凌さんは迫力のある視線で蔵本さんを見下ろし睨み付けると、蔵本さんは気圧されたのか苛立ったように舌打ちする。
さすがに会社に報告されるのは良くないと気が付いたのか、そのまま踵を返してその場を去っていった。
「あの人は、いつもあんな風に言い寄ってくるの?」
「いえ。あんなに強引なのは今日が初めてです」
「腕、大丈夫だったかな」
「はい。平気です」
「そっか。良かった」
ニッコリ笑う凌さんの顔を見ていると、一気に緊張がほぐれて体の力が抜けて足が震えてきた。
「とりあえずここじゃなんだから、どこかに移動しようか」
「……はい」
今この場で解散してしまっては、どこに潜んでるとも分からない蔵本さんにまた捕まる可能性がある。
そう思うと怖くて、凌さんにしがみつくように寄り添うと、彼が差す傘に二人で入ってその場から移動した。
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