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7.④
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本人が言っていた通り、髪はボサボサで重たい前髪が降り、度のキツそうな黒縁メガネをかけ、ダークグレーのVネックニットにネイビーのカーゴパンツ。そして足元はアーミーブーツ。
あの日見た出立ちとは随分印象の違う様子に驚かされる。
しかも凌さんは周りに関心がないのか、テーブルの上に置かれたタブレットをすぐに覗き込み、デザインの方を先に確認していて私に気付く様子がない。
(……本当に、あの晩限りの女だったってことか)
記憶にすら残ってないのかと悲しい気持ちになるけれど、グッと堪えて踏ん切りをつけると、小さく咳払いをして改めて挨拶をする。
「この度はお世話になります。てぬぐいや染一より参りました。商品企画とデザインを担当します林原です。どうぞ宜しくお願いいたします」
頭を下げて名刺を差し出すと、凌さんはようやくハッとした様子で私を見た。
「秋……林原、さん」
名刺を受け取った凌さんが、突然私の名前を呼んだのを不審に思ったのか、北原さんは不思議そうな顔をしてどうかしたのかと彼を見ている。
「失礼しました。ターコイズウィングの鈴浦です。宜しくお願いします」
お掛けくださいと続けて腰を下ろしたのを確認すると、私も再び椅子に腰を下ろし、北原さんに提案した内容を確認してもらう。
「商品としましては、傘に取り付けられるチャームやタグ、革ハンドルが付いたエコバッグ、そしてコインケースをご提案させていただきます」
「なるほど。で、これがデザインですね」
タブレットを見つめて顎に手を添えると、凌さんは興味深げに画像を拡大させてデザインの細部を確認している。
「はい。取り急ぎのラフになりますので、ご意見を頂戴しまして調整いたします。他にもご要望があれば、臨機応変に対応させていただきます」
「分かりました。これだけのデザインなら、長財布なんかも良いですね。サンプルはありますか」
「既存の物ですと、ジッパーの有無で、この二パターンご用意があります」
「こちらからサイズの規格など、細かい指定をすることも可能ですか」
「問題ありません」
北原さんはその間ずっと黙っていて、静かにこの様子を見守っている。
「例えば長財布にした場合、遊び心があるデザインが良いんですが、今パッとデザインを起こしてもらえますか」
「遊び心ですか……失礼しますね」
タブレットを回収して思い付いたデザインを何パターンか描き出すと、ターコイズウィングのロゴを上手く取り込んで、うちの会社のロゴと調和させる。
「取り急ぎですのであくまでラフですが、こういった感じではいかがでしょうか」
描き上げたデザインを見せると、凌さんは再び顎に手を添え、静かに口角を上げる。
「うん、良いですね。北原はどう思う? 俺はかなり良いと思う」
「そうですね、僕としてはロゴのサイズ感はもう少し抑えめでも問題ないと思います。それこそ型押しでも良いのかな」
三人で意見を出し合って更に話を煮詰めると、最終的には長財布を含んだ四種類の商品ラインナップで、ノベルティを作成する話がまとまる。
気が付くと、打ち合わせに来てから二時間近くが経っていて、今日だけでここまで話がまとまるとは思っていなかったので、ホッとしてつい気が緩んでしまう。
「お疲れ様でした。北原、林原さんに温かい飲み物持ってきて差し上げて」
「分かりました。紅茶とコーヒー、どちらが良いですか? 林原さん」
「ではコーヒーでお願いします。あ、ブラックで大丈夫です」
「了解です。鈴浦さんもコーヒーで良いですか」
「ん。頼む」
「はい。じゃあ失礼します」
北原さんがにこやかな笑顔を残して退室すると、ドッと緊張感が押し寄せる。
(気まずいな……)
お互いに無言のまま変にピリついた空気は息苦しく、手持ち無沙汰になってしまった私は、無駄にサンプル品をバッグの中から取り出したりしてその場をなんとか乗り切ろうとする。
「……秋菜ちゃん」
けれど凌さんに名前を呼ばれて、飛び上がるほどドキッとしてしまう。
「は、はい!」
「怒ってるよね」
「え?」
掛けられた言葉に驚いて凌さんの顔を見ると、彼はシュンとした様子で私の目を見た。
「だって俺、連絡先すら伝えもしないで……」
「ああ。そのことですか。大丈夫ですよ、バタバタしてましたし」
あの日見た出立ちとは随分印象の違う様子に驚かされる。
しかも凌さんは周りに関心がないのか、テーブルの上に置かれたタブレットをすぐに覗き込み、デザインの方を先に確認していて私に気付く様子がない。
(……本当に、あの晩限りの女だったってことか)
記憶にすら残ってないのかと悲しい気持ちになるけれど、グッと堪えて踏ん切りをつけると、小さく咳払いをして改めて挨拶をする。
「この度はお世話になります。てぬぐいや染一より参りました。商品企画とデザインを担当します林原です。どうぞ宜しくお願いいたします」
頭を下げて名刺を差し出すと、凌さんはようやくハッとした様子で私を見た。
「秋……林原、さん」
名刺を受け取った凌さんが、突然私の名前を呼んだのを不審に思ったのか、北原さんは不思議そうな顔をしてどうかしたのかと彼を見ている。
「失礼しました。ターコイズウィングの鈴浦です。宜しくお願いします」
お掛けくださいと続けて腰を下ろしたのを確認すると、私も再び椅子に腰を下ろし、北原さんに提案した内容を確認してもらう。
「商品としましては、傘に取り付けられるチャームやタグ、革ハンドルが付いたエコバッグ、そしてコインケースをご提案させていただきます」
「なるほど。で、これがデザインですね」
タブレットを見つめて顎に手を添えると、凌さんは興味深げに画像を拡大させてデザインの細部を確認している。
「はい。取り急ぎのラフになりますので、ご意見を頂戴しまして調整いたします。他にもご要望があれば、臨機応変に対応させていただきます」
「分かりました。これだけのデザインなら、長財布なんかも良いですね。サンプルはありますか」
「既存の物ですと、ジッパーの有無で、この二パターンご用意があります」
「こちらからサイズの規格など、細かい指定をすることも可能ですか」
「問題ありません」
北原さんはその間ずっと黙っていて、静かにこの様子を見守っている。
「例えば長財布にした場合、遊び心があるデザインが良いんですが、今パッとデザインを起こしてもらえますか」
「遊び心ですか……失礼しますね」
タブレットを回収して思い付いたデザインを何パターンか描き出すと、ターコイズウィングのロゴを上手く取り込んで、うちの会社のロゴと調和させる。
「取り急ぎですのであくまでラフですが、こういった感じではいかがでしょうか」
描き上げたデザインを見せると、凌さんは再び顎に手を添え、静かに口角を上げる。
「うん、良いですね。北原はどう思う? 俺はかなり良いと思う」
「そうですね、僕としてはロゴのサイズ感はもう少し抑えめでも問題ないと思います。それこそ型押しでも良いのかな」
三人で意見を出し合って更に話を煮詰めると、最終的には長財布を含んだ四種類の商品ラインナップで、ノベルティを作成する話がまとまる。
気が付くと、打ち合わせに来てから二時間近くが経っていて、今日だけでここまで話がまとまるとは思っていなかったので、ホッとしてつい気が緩んでしまう。
「お疲れ様でした。北原、林原さんに温かい飲み物持ってきて差し上げて」
「分かりました。紅茶とコーヒー、どちらが良いですか? 林原さん」
「ではコーヒーでお願いします。あ、ブラックで大丈夫です」
「了解です。鈴浦さんもコーヒーで良いですか」
「ん。頼む」
「はい。じゃあ失礼します」
北原さんがにこやかな笑顔を残して退室すると、ドッと緊張感が押し寄せる。
(気まずいな……)
お互いに無言のまま変にピリついた空気は息苦しく、手持ち無沙汰になってしまった私は、無駄にサンプル品をバッグの中から取り出したりしてその場をなんとか乗り切ろうとする。
「……秋菜ちゃん」
けれど凌さんに名前を呼ばれて、飛び上がるほどドキッとしてしまう。
「は、はい!」
「怒ってるよね」
「え?」
掛けられた言葉に驚いて凌さんの顔を見ると、彼はシュンとした様子で私の目を見た。
「だって俺、連絡先すら伝えもしないで……」
「ああ。そのことですか。大丈夫ですよ、バタバタしてましたし」
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