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7.②

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 連絡先すら知らない。あれが本名だったのかも分からない。今となってはどうしょうもないことだ。
「見えてきたよ」
 美鳥の声で我に返ると、開けた広場のある真新しい雰囲気の大きなオフィスビルを見上げた。
「凄い。こんなところに入ってるんだ」
「ね。凄いよね。中も綺麗でオシャレだよ」
 オフィスビルのエントランスを抜けると、無人のカウンターに置かれた内線電話の受話器を上げ、慣れた様子で美鳥が番号をプッシュする。
「お世話になっております。本日十四時から商品企画の北原様とお約束をしております、てぬぐいや染一の内野です」
 美鳥がやり取りするのを見ながら辺りを見回すと、もう一つ別のカウンターがあって、そこには受付らしい人がついているので、一人で来たら訳が分からず混乱してしまいそうだ。
「秋菜、行くよ」
「あ、はい」
 美鳥を追ってエレベーターホールに向かうと、低層階専用らしいエレベーターに乗り込んで五階まで移動する。
「このビルはテラードホールディングスの持ち物で、六階から上は関連企業のオフィスが入ってるんだよ」
「そうなんだ」
 私でも聞いたことのある大手不動産会社の持ちビルらしく、一階の有人受付はどうやらテラードホールディングスのスタッフらしい。
 そんな話をしているうちにエレベーターが五階に到着し、長い廊下を抜けた先に大きなガラス扉が現れた。
「内野さん。お世話になります」
 扉の前で私たちを待っていたのが、ターコイズウィングの北原さんらしく、美鳥はサッと挨拶を交わし、私の紹介はまた後でと、北原さんの案内でオフィスの中に入っていく。
 白と黒のモノトーンで構成された内装は、ターコイズウィングのオフィスだからなのか、オシャレで洗練されている。
 オープンフロアに視線を向けると、中央にはドリンクカウンターがあり、群島になったデスクとは別に、丸テーブルや窓際のカウンター席、さまざまなレイアウトが組まれている。
 感心して辺りを見回す私を気遣ってか、オフィスの玄関同様にガラスで仕切られた小部屋の前で立ち止まると、それが会議や打ち合わせのスペースなのだと北原さんが笑顔で説明してくれた。
「では、改めまして。本日はご足労をいただきまして、ありがとうございます。商品企画の北原です」
「こちらが本件を引き継ぎます林原です」
「林原です。商品企画とデザインを担当をしております。どうぞ宜しくお願いいたします」
 名刺交換を済ませると、お掛けくださいという北原さんの声を切っ掛けにようやく椅子に腰を下ろす。
 そして打ち合わせに入ると、事前に用意した資料を元に、北原さんたちターコイズウィングが求める商品像を細かく掘り下げていく。
 三十分ほど経過した頃、美鳥に他の取引先から急な呼び出しがあり、北原さんに断りを入れて彼女は先にその場を後にした。
 会議室に残された私と北原さんは、引き続きその場で出た案をメモに書き留め、タブレットに直接描き込む形で、ノベルティとなる商品イメージを固め、何パターンも具体案を出して話を煮詰める。
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