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6.①

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 あれから十日ほどが経った。
 凌さんとのことは、あの日傷付いた者同士の一夜の過ちということで、私はいつも通りの日常を過ごしている。
 小ざっぱりとしたオフィスは人の数も少なく、パソコンの画面を見過ぎて凝った肩をグッと回すと小さく息を吐いた。
 私が勤めるふろしきや染一は、都内でも下町と呼ばれる街にあって、風呂敷と手拭いをメインに、革製品も扱う会社だ。
 社員は十人程度の小さな会社で、私はそこで商品企画とデザインを担当している。
「どうしたの、ぼんやりして」
「新しい商品の企画なんだけどね、傘なんかどうかなって」
「確かに。お客様からも時々聞かれるわ」
 同僚で営業担当の内野うちの美鳥みどりが私に向かってニヤッと笑って、上の空かと思ったら企画を考えてたのかとパソコンに視線を戻す。
 美鳥が言うように、私は確かに上の空だ。
 なぜなら割り切ったつもりでも、不意に凌さんのことを考えてしまうからだ。
 そんな考えが顔に出ていたのだろう、美鳥が改めて私の顔を覗き込む。
「本当は別のこと考えてたんでしょ」
「え?」
「秋菜は顔に出るからなあ」
「そうかな」
「出てる出てる。なんか予定でもあるの? ソワソワしてるの伝わってくるよ」
「いや、別になんの予定もないよ」
「本当に?」
「本当だよ。クリスマスも近いっていうのに、本当になんにも予定がないの。それが悩みなくらいだよ」
「秋菜から恋愛の話あんまり聞かないと思ってたけど、とうとう春が来たのかと思った」
「全然違うから」
 思わず鼻を鳴らして否定すると、それでもニヤニヤする美鳥に、揶揄ってないで仕事しなよと肩を叩き、あの日の凌さんの姿を思い浮かべた。
 あんなに素敵な人が、付き合ってると思ってた彼女に財布扱いされていたと、なんとも切ない話を聞かされて、自分だけが辛い訳じゃないと随分救われた。
 あの後、大輔から居心地が悪くて帰ったのかと無神経なメッセージが届いたけど、まともに取り合うのもバカらしくて返事はしていない。
 そんな風に思えるのも返事をしないのも、凌さんと話が出来たおかげで、自分の気持ちに整理がついたからだと思う。
 それに、私の思い込みだったとしても、あの夜のあの瞬間だけは、私は凌さんのものだったと信じたい。
「林原、ちょっといいかな」
「はい」
 社長に呼ばれて席を立つと、次にコラボ予定の企業の担当を、私がやってみないかという打診をされる。
「細かいことは、内野と一緒に詰めてもらって構わないけど、営業のヒヤリングを挟むより、林原が直接担当した方が融通が利くだろ」
「ターコイズウィングさんって、確か、二、三十代をメインターゲットにしたメンズ向けのアパレルブランドですよね」
「そうそう。あそこはかなり面白い企画が多くてね。これまでにも大小拘らず色んな企業とコラボを成功させてるよ」
 社長は美鳥がまとめた資料を差し出すと、あとはそっちで擦り合わせてくれと話を切り上げた。
 今抱えている業務との調整を考えながらデスクに戻ると、忙しなく電話応対をする美鳥に資料を見せ、打ち合わせしようと口パクで伝える。
 そして彼女の仕事に区切りがつくまでは、私も別の仕事に取り掛かり、デザインを描き上げる。
 美鳥の手が空いたのはそれから二時間ほど経ってからで、打ち合わせブースに移動すると、資料を見ながら引き継ぎを受ける。
「とりあえず、明日の打ち合わせの時に担当者としてご挨拶からだね。私も同席するけど、先方もデザイナーと直接やり取りしたいって話だから」
「でもメンズ向けのアパレルなのに、なんでまたうちとコラボを?」
「それはほら。ちょっと前に、女優の三笠みかさ悠菜ゆうなのSNSでうちの商品がプチバズりしたでしょ」
「ああ。でも女優さんだしレディースのイメージじゃないの?」
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