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3.①
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しばらく無言のまま通りを足早に歩き、賑わう歓楽街から外れた場所にあるファッションホテルに足を踏み入れた。
いわゆるラブホテルという感じではなくて、リゾートをイメージしたような広いロビー、そしてフロントには女子会プランのPOPが大々的に貼り出されている。
私が辺りを見回してる間に、鈴浦さんはフロントで部屋を選びルームキーを受け取ったようだ。
「行こう」
「あ、はい」
エレベーターに乗り込んで部屋に移動すると、ずぶ濡れになったねと、鈴浦さんがコートを脱ぐのを手伝ってくれる。
「風邪引いちゃうといけないから、お風呂入ろっか」
「そうですね」
「先に入っておいで。俺は後で大丈夫だから」
おでこにチュッとキスをされて、きっとメイクだって崩れているだろうことが急に恥ずかしくなる。
「秋菜ちゃん?」
「や、なんでもないです。じゃあお先に失礼しますね」
いつの間にか下の名前で呼ばれるのが当たり前になっていて、そんな些細な変化にもドキドキしてしまう。
バスルームに逃げ込むとすぐにドアを閉め、鏡に映った自分の不格好さに泣きたくなった。
「やっぱり、雨でメイクぐちゃぐちゃだ……」
ロマンティックとは程遠い現実を突きつけられ、情けなさで泣きそうになると、メソメソしながらピアスを外す。
黒いフロントレースのドレスは、年齢相応に華美でなく上品さを重視して選んだものだ。
背中のホックを外してジッパーを下ろし、ドレスをゆっくりと脱ぐと、裾の方がやはり雨で濡れてしまっている。
ストッキングは洗って乾かせば、なんとかなるだろうか。
洗面台で脱いだばかりのストッキングを洗ってギュッと絞ると、そのままタオルフックにそれを掛けた。
それにしてもアメニティが揃っていて驚いてしまう。
「メイク落としに、フェイスパックまであるんだ」
感心してキョロキョロしてるうちに、そんなことしてる場合じゃないとハッとする。
あんまり時間を掛けると、鈴浦さんも体が冷えてしまう。
急いで浴室に入ると、少し熱いくらいのシャワーを浴びてメイクを落とし、髪と体をしっかりと洗う。
雨に濡れて冷え切っていた体がじんわりと温まるのを感じながら、この後やっぱりそういうことをするんだろうかと、現実に引き戻されてドキドキしてきた。
(ヤバい。どうしよう)
シャワーを止めて浴室を出ると、バスタオルで髪や体を拭いてからハッと気付く。うっかりいつもの癖でショーツを洗ってしまったので履くものがない。
「……どうせ脱ぐから、素肌でいいか」
時間が経てば経つほど決心が鈍りそうで、ブラをつけずにサッと用意されたガウンを羽織ると、スキンケアだけを済ませ、大きく深呼吸してドライヤーを手に取った。
「ごめんなさい。体冷えてませんか」
バスルームを出ると、鈴浦さんはベッドから立ち上がって、すぐに私の元に近付いてくる。
「もっとゆっくり温まれば良かったのに」
私の濡れ髪に触れ、今から乾かすのかと手にしたドライヤーに視線を落とす。
「鈴浦さんこそ。ちゃんと温まってきてくださいね」
「ありがと。じゃあシャワー浴びてくるね」
鈴浦さんは握った私の手の甲にチュッとキスを落とすと、そのままバスルームに向かった。
(髪、乾かさないと)
コンセントを探してドライヤーで髪を乾かすと、いつもとは違うシャンプーの香りに、妙に気持ちが浮き足立つ。
今まで恋人が居なかった訳じゃないけど、今日みたいに勢い任せでこんなところに来るなんて初めてのことだ。
無音の室内にシャワーを浴びる音が響くと、必然的に彼の裸体を想像してしまい、心臓の音が徐々に跳ね上がっていく。
「鈴浦さんと……するのか」
口に出してカッと熱くなる頬を叩くと、乾かし終えた髪を手櫛で整え、すっかり忘れていたドレスをハンガーにかけて、ベッドの隅に座り直した。
それからどれくらい経ったのか。十分か、あるいは五分も経っていないのかも知れない。
バスルームのドアが開いて、ガウン姿の鈴浦さんが濡れ髪をバスタオルで拭きながら、こちらに向かって歩いてくる。
「俺もドライヤー借りて良い?」
「私が乾かしましょうか」
「なにそれ。至れり尽くせりだね。じゃあ、せっかくだからお願いします」
「はい」
ベッドに腰掛けた鈴浦さんの背後に回ると、ドライヤーの風を当てる。
他人の髪を乾かしたことなんかないので、記憶を頼りにヘアサロンで整えてもらった時を思い出しながら、手櫛を通して髪を乾かしていく。
艶々した髪は思っていたよりもすぐに乾いたらしく、ドライヤーを止めると鈴浦さんが振り返ってニコリと笑う。
「これ、癖になっちゃいそう」
「本当ですか」
「うん。ありがとうね」
「いいえ」
ベッドから降りてドライヤーをコンセントから抜き取り、コードをまとめてテーブルの上に置く。
そのまま振り返ってベッドに戻ろうとした瞬間、不意に立ち上がった鈴浦さんに抱きしめられた。
「緊張してる?」
「……かなり」
「俺も」
そう答えて困ったように笑うと、そのままベッドの上に誘われて向かい合うように座り込む。
「勢いで来ちゃったけど。本当に良いの?」
「正直ちょっと、逃げ出したいです」
「うん。でもごめん、逃すつもりないよ」
それまでどこか遠慮がちに握られていた手は、不意に指を絡めて握り直され、言葉通り離しては貰えない空気が漂う。
だから私は無言のまま小さく頷いて、緊張で感覚の鈍い指先に力を込めて彼の手をしっかりと握る。
そうだ。後戻りなんて出来なくて良い。
いわゆるラブホテルという感じではなくて、リゾートをイメージしたような広いロビー、そしてフロントには女子会プランのPOPが大々的に貼り出されている。
私が辺りを見回してる間に、鈴浦さんはフロントで部屋を選びルームキーを受け取ったようだ。
「行こう」
「あ、はい」
エレベーターに乗り込んで部屋に移動すると、ずぶ濡れになったねと、鈴浦さんがコートを脱ぐのを手伝ってくれる。
「風邪引いちゃうといけないから、お風呂入ろっか」
「そうですね」
「先に入っておいで。俺は後で大丈夫だから」
おでこにチュッとキスをされて、きっとメイクだって崩れているだろうことが急に恥ずかしくなる。
「秋菜ちゃん?」
「や、なんでもないです。じゃあお先に失礼しますね」
いつの間にか下の名前で呼ばれるのが当たり前になっていて、そんな些細な変化にもドキドキしてしまう。
バスルームに逃げ込むとすぐにドアを閉め、鏡に映った自分の不格好さに泣きたくなった。
「やっぱり、雨でメイクぐちゃぐちゃだ……」
ロマンティックとは程遠い現実を突きつけられ、情けなさで泣きそうになると、メソメソしながらピアスを外す。
黒いフロントレースのドレスは、年齢相応に華美でなく上品さを重視して選んだものだ。
背中のホックを外してジッパーを下ろし、ドレスをゆっくりと脱ぐと、裾の方がやはり雨で濡れてしまっている。
ストッキングは洗って乾かせば、なんとかなるだろうか。
洗面台で脱いだばかりのストッキングを洗ってギュッと絞ると、そのままタオルフックにそれを掛けた。
それにしてもアメニティが揃っていて驚いてしまう。
「メイク落としに、フェイスパックまであるんだ」
感心してキョロキョロしてるうちに、そんなことしてる場合じゃないとハッとする。
あんまり時間を掛けると、鈴浦さんも体が冷えてしまう。
急いで浴室に入ると、少し熱いくらいのシャワーを浴びてメイクを落とし、髪と体をしっかりと洗う。
雨に濡れて冷え切っていた体がじんわりと温まるのを感じながら、この後やっぱりそういうことをするんだろうかと、現実に引き戻されてドキドキしてきた。
(ヤバい。どうしよう)
シャワーを止めて浴室を出ると、バスタオルで髪や体を拭いてからハッと気付く。うっかりいつもの癖でショーツを洗ってしまったので履くものがない。
「……どうせ脱ぐから、素肌でいいか」
時間が経てば経つほど決心が鈍りそうで、ブラをつけずにサッと用意されたガウンを羽織ると、スキンケアだけを済ませ、大きく深呼吸してドライヤーを手に取った。
「ごめんなさい。体冷えてませんか」
バスルームを出ると、鈴浦さんはベッドから立ち上がって、すぐに私の元に近付いてくる。
「もっとゆっくり温まれば良かったのに」
私の濡れ髪に触れ、今から乾かすのかと手にしたドライヤーに視線を落とす。
「鈴浦さんこそ。ちゃんと温まってきてくださいね」
「ありがと。じゃあシャワー浴びてくるね」
鈴浦さんは握った私の手の甲にチュッとキスを落とすと、そのままバスルームに向かった。
(髪、乾かさないと)
コンセントを探してドライヤーで髪を乾かすと、いつもとは違うシャンプーの香りに、妙に気持ちが浮き足立つ。
今まで恋人が居なかった訳じゃないけど、今日みたいに勢い任せでこんなところに来るなんて初めてのことだ。
無音の室内にシャワーを浴びる音が響くと、必然的に彼の裸体を想像してしまい、心臓の音が徐々に跳ね上がっていく。
「鈴浦さんと……するのか」
口に出してカッと熱くなる頬を叩くと、乾かし終えた髪を手櫛で整え、すっかり忘れていたドレスをハンガーにかけて、ベッドの隅に座り直した。
それからどれくらい経ったのか。十分か、あるいは五分も経っていないのかも知れない。
バスルームのドアが開いて、ガウン姿の鈴浦さんが濡れ髪をバスタオルで拭きながら、こちらに向かって歩いてくる。
「俺もドライヤー借りて良い?」
「私が乾かしましょうか」
「なにそれ。至れり尽くせりだね。じゃあ、せっかくだからお願いします」
「はい」
ベッドに腰掛けた鈴浦さんの背後に回ると、ドライヤーの風を当てる。
他人の髪を乾かしたことなんかないので、記憶を頼りにヘアサロンで整えてもらった時を思い出しながら、手櫛を通して髪を乾かしていく。
艶々した髪は思っていたよりもすぐに乾いたらしく、ドライヤーを止めると鈴浦さんが振り返ってニコリと笑う。
「これ、癖になっちゃいそう」
「本当ですか」
「うん。ありがとうね」
「いいえ」
ベッドから降りてドライヤーをコンセントから抜き取り、コードをまとめてテーブルの上に置く。
そのまま振り返ってベッドに戻ろうとした瞬間、不意に立ち上がった鈴浦さんに抱きしめられた。
「緊張してる?」
「……かなり」
「俺も」
そう答えて困ったように笑うと、そのままベッドの上に誘われて向かい合うように座り込む。
「勢いで来ちゃったけど。本当に良いの?」
「正直ちょっと、逃げ出したいです」
「うん。でもごめん、逃すつもりないよ」
それまでどこか遠慮がちに握られていた手は、不意に指を絡めて握り直され、言葉通り離しては貰えない空気が漂う。
だから私は無言のまま小さく頷いて、緊張で感覚の鈍い指先に力を込めて彼の手をしっかりと握る。
そうだ。後戻りなんて出来なくて良い。
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