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2.①
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駅を挟んで反対側の歓楽街に移動すると、大通りを抜けて横道に入り、裏通りを更に奥に進むにつれて人通りが少なくなっていく。
「不安そうな顔してる」
「え」
「怖い?」
「いえ。さっきまでの喧騒が嘘みたいだと思って」
「そうだね。一歩裏手に入るだけで結構静かだから」
そう答えると、彼はさりげなく私の手を掴んだ。
「あの……」
「ところで涙はもう止まったみたいだね」
「お騒がせしてすみません」
「全然。俺なんか、あの場で騒ぎ起こしたし」
「そうでしたね」
「そうなんです」
クスッと笑うこの人にどんな事情があるのか気になりつつも、どうしても踏み込んだ質問をすることは出来ない。
そして会話もないまましばらく歩いたところで、看板もなにもない一軒家の前に到着した。
「ここです。随分歩かせちゃってごめんね」
「大丈夫ですよ。それよりここ、どなたかのお宅じゃなくてカフェなんですか」
「そう。かなり隠れ家っぽいよね」
開け放たれた門を通り抜け、カフェだという店のドアを開けてから私を振り返って、彼は玄関を指差して土足で大丈夫だからとニッコリ笑った。
「俺最初に来た時、普通に靴脱ごうとして止められたんだよね」
「そうなんですか」
「そう。あ、黙ってれば良かったか」
そうすれば私が靴を脱いだかも知れないと楽しそうに笑って、ここじゃ冷えるから中に入ろうと私を気遣いながら、彼が店の中に入っていく。
見た目のせいかドキドキしてしまうけれど、悪い人とは思えなくて、今なら理由をつけて引き返すことも出来るのに、雰囲気のいいカフェの様子も気になって彼の後を追う。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
店員の声に顔を下げると、入り口からは想像もつかないほど広い空間が広がっている。
見上げた高い天井には大きな梁が見えて、古民家を思わせる造りになっていることに驚きを隠せず、思わず声を漏らしてしまった。
「わあ」
「ね、いい感じでしょ」
「素敵ですね」
「あそこの席が空いてるみたいだし、そこにしようか」
「はい。お任せします」
中庭が見える座席へ移動すると、マットレスを重ねたような変わったデザインの低めのソファーに戸惑いつつ、さっさとコートを脱いで座ってしまった彼に促され、私も慌ててコートを脱いで空いている隣に腰を下ろす。
「ご注文がお決まりの頃にまた伺いますね」
店員は温かいおしぼりを持ってくると、絵本のような冊子を置いて行った。
「これメニュー表なんだよ。かなり可愛らしいよね」
「そうなんですね。店内の雰囲気もですけど、こういう小物も素敵なデザインでワクワクします」
「良かった」
「え?」
「やっとちゃんと笑ってくれた」
「あ……の」
不意に微笑まれて僅かに動揺する。
彼との間に微妙な距離があるとはいえ、初対面の男性と隣同士、並んでソファーに座ってることを意識してしまう。
「ごめん、緊張させたかな」
「い、いえ。大丈夫です」
「そう? それなら良かった」
そう答えてようやく私から視線を外すと、彼はおしぼりで手を拭き、メニューを手に取ってなににしようかなとお腹をさすっている。
「あの。さっきのパーティーですけど、本当に抜けてきて良かったんですか」
温かいおしぼりで手を拭きながら、気を遣わせてしまったのではないかと隣の彼の顔を覗き込む。
「不安そうな顔してる」
「え」
「怖い?」
「いえ。さっきまでの喧騒が嘘みたいだと思って」
「そうだね。一歩裏手に入るだけで結構静かだから」
そう答えると、彼はさりげなく私の手を掴んだ。
「あの……」
「ところで涙はもう止まったみたいだね」
「お騒がせしてすみません」
「全然。俺なんか、あの場で騒ぎ起こしたし」
「そうでしたね」
「そうなんです」
クスッと笑うこの人にどんな事情があるのか気になりつつも、どうしても踏み込んだ質問をすることは出来ない。
そして会話もないまましばらく歩いたところで、看板もなにもない一軒家の前に到着した。
「ここです。随分歩かせちゃってごめんね」
「大丈夫ですよ。それよりここ、どなたかのお宅じゃなくてカフェなんですか」
「そう。かなり隠れ家っぽいよね」
開け放たれた門を通り抜け、カフェだという店のドアを開けてから私を振り返って、彼は玄関を指差して土足で大丈夫だからとニッコリ笑った。
「俺最初に来た時、普通に靴脱ごうとして止められたんだよね」
「そうなんですか」
「そう。あ、黙ってれば良かったか」
そうすれば私が靴を脱いだかも知れないと楽しそうに笑って、ここじゃ冷えるから中に入ろうと私を気遣いながら、彼が店の中に入っていく。
見た目のせいかドキドキしてしまうけれど、悪い人とは思えなくて、今なら理由をつけて引き返すことも出来るのに、雰囲気のいいカフェの様子も気になって彼の後を追う。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
店員の声に顔を下げると、入り口からは想像もつかないほど広い空間が広がっている。
見上げた高い天井には大きな梁が見えて、古民家を思わせる造りになっていることに驚きを隠せず、思わず声を漏らしてしまった。
「わあ」
「ね、いい感じでしょ」
「素敵ですね」
「あそこの席が空いてるみたいだし、そこにしようか」
「はい。お任せします」
中庭が見える座席へ移動すると、マットレスを重ねたような変わったデザインの低めのソファーに戸惑いつつ、さっさとコートを脱いで座ってしまった彼に促され、私も慌ててコートを脱いで空いている隣に腰を下ろす。
「ご注文がお決まりの頃にまた伺いますね」
店員は温かいおしぼりを持ってくると、絵本のような冊子を置いて行った。
「これメニュー表なんだよ。かなり可愛らしいよね」
「そうなんですね。店内の雰囲気もですけど、こういう小物も素敵なデザインでワクワクします」
「良かった」
「え?」
「やっとちゃんと笑ってくれた」
「あ……の」
不意に微笑まれて僅かに動揺する。
彼との間に微妙な距離があるとはいえ、初対面の男性と隣同士、並んでソファーに座ってることを意識してしまう。
「ごめん、緊張させたかな」
「い、いえ。大丈夫です」
「そう? それなら良かった」
そう答えてようやく私から視線を外すと、彼はおしぼりで手を拭き、メニューを手に取ってなににしようかなとお腹をさすっている。
「あの。さっきのパーティーですけど、本当に抜けてきて良かったんですか」
温かいおしぼりで手を拭きながら、気を遣わせてしまったのではないかと隣の彼の顔を覗き込む。
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